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64 心はとっくに決まってた

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待ってても良いか、なんて…。

「…そっ…、」

そんなの…困る…。

言いかけて、でも出来なくて、俺は俯いた。何だこれ。自分が自分じゃないみたいだ。
困る。そんなの。俺を待ってくれてる三田を意識しながら仕事?いや、仕事は多分出来る。でも、出来る事の幅はぐっと狭まる。俺は三田を今以上に好きになるだろうから、例えば添い寝するとか膝枕なんかは保育士か介護士になったつもりでこなせるにしても、一ノ谷さんにしてるみたいなサービスは出来なくなる。体を洗わせたり、触らせたり、そんな事は…。

それに、例え三田が構わないと言っても、俺が無理だ。

でも、でも…。

駄目だと言って、三田がほんとに俺を諦めたら?諦めて、他の誰かを見つけたら?三田が、今みたいな取り巻きや浅く広い交友関係以上の、特別な人間を連れ歩くようになったら?
それを見て、俺は何を思うんだろう。仕方無い事だって割り切れるだろうか。
金を得る為に俺は、とんでもないものを切り捨てようとしてるんじゃないだろうか。

何も言えなくなってしまった俺は俯いて立ち尽くすしかできない。優柔不断、意志薄弱。ブレッブレだ、ブレッブレ。

「ゆっくん。」

俯いた視界にサンダルを履いた三田の足が入ってくる。は、と顔を上げる。三田の、困ったような、寂しそうな顔。
それで気づいた。子供の頃、辛くてもあんなに意地っ張りだった三田がそんな表情を見せるのは、きっと昔も今も俺にだけなのかもしれないって。


「困らせてるんだよね。ごめん。ずっと好きで、ごめんね。忘れてあげられなくて、ごめん。
戻って来ちゃって、ごめんね。」

「み、」

「帰るね。また、学校で。」

三田はゆっくりと向こうを向いて歩き出した。
街路灯が点った住宅街の道の端を行く後ろ姿。後ろ姿迄整ってるって、やっぱり神様は不公平だ。

「み、た…。」

今呼び止めないと、お前は離れていくのかな。
でも、呼び止めて、俺はどうしたら良いんだろう。

「三田!」

答えが出ないのに呼んでしまった。振り返る長身の人影。

「あの、さ…。」

三田は戻ってきて、俺の前に立った。

「うん。何?ゆっくん。」

声は穏やかだった。

「俺、お前の事、好きだよ。」

「ゆ、」

俺の言葉に目を見開いて笑顔になりかける三田を手で制した。笑顔になったらその後は抱きついてくるんだろ。未だ19時過ぎの往来で。
郊外と言っても、帰宅していく通行人は何時通ってもおかしくない。
それを憚りながら、俺は小声で言った。

「でも、迷ってる。
お前を選んだら、俺は店を辞める事を選ばなきゃならない。」

「…俺、大丈夫だよ。待って良いって言ってくれたら、我慢できるよ。」

「俺が駄目なんだ。」

「何で…?」

「俺がお客と居る間、お前は嫉妬とか、辛い気持ちに耐えなきゃならないんだろ。俺がそうさせるって事になるんだろ、あと2年半も。」

「……。」

「俺が耐えられない。お前が…、」

「ゆっくん…。」

「…あー、もうっ!!!」

俺は屈んで頭を掻きむしった。
突然の俺の乱心に慌てて三田も屈み込んで俺の右手首を掴んだ。左手首にはコンビニの袋が通されてたけど、そこもやんわり掴まれた。

「何してんの、そんな事しちゃ髪が傷む。」

「うう~。」

俺を心配する、三田の焦ったような声。
わかっちゃってるんだ、俺。
自分がとっくに此奴を選んでるって。
仕事を辞めなきゃいけないって胸算用して最短でどれくらいで辞められるのか段取りしてる。
目標が遠のくのを承知で、そんな事考え始めてる。

三田は俺の肩を抱き込んで言った。

「嬉しい。好きって聞けただけで。だから無理しないで。ほんとに、大丈夫だよ。待てる。」

「だって、」

「俺を好きだから迷ってくれてるんだよね。仕事を大事にして頑張ってるゆっくんが、そんなになるくらい。それだけで俺、信じられるから。」

「三田…。」

「それって俺がゆっくんの大事なものに入れたって事だよね。」

思わず見上げた三田の表情は、柔らかかった。さっき迄の苦しそうな顔からは比べ物にならないくらい、穏やかで。
そっか、俺、三田が大事なんだな。仕事と金を諦める事も考えるくらい。

あんなに苦手だと思っていた奴なのに。あっくんだって知って、此奴の一途さを知ってから急速に惹かれた。あんだけ他人に興味なんか無いって思い込みながら生きてきた癖に。
わかってる。俺のそれは寂しさの裏返しだ。
俺は5歳のあの頃から全く成長してない。多分俺は寂しいんだ、平気な素振りが板についてしまっただけで。

俺は三田の手を強く握った。三田は直ぐに握り返してくれて、俺はそれに安心した。外じゃなければ、抱きついていたかもしれない。

「そうかもな…。」

へにょり、と三田目が蕩けるように細められ、笑顔が深くなった。


寂しさは寂しさに引かれるものなのかもしれない。
俺は俺のお客には癖が強くて変な人が多いと思ってたけど、そうじゃないのかも。一ノ谷さんも、黒川さんも、天堂さんや他のお客さん達も、奇妙な性癖や言動を別にすれば、皆何処か孤独を抱えた人達だった。
俺が寂しかったから、それを感じ取れる同じような人達が、指名として定着してくれてただけなんじゃないだろうか。

1年半近くこの仕事をしてきて感じたのは、ウチみたいな人間のレンタルクラブの利用客ってのは、皆何かしらの癒しを求めてる場合が多いって事だ。純粋に希少な"普通"の若者を連れ歩いて虚栄心を満たしたいってお客もいるだろう。でも俺の指名客達に至っては、支えになってくれる誰かを欲してる人ばかりに思える。食事デートだけで良かったり、何かを作って欲しがったり、満たされる度合いは人によって様々だけど、金でレンタルしてる俺なんかに一生の契約を申し込む程に飢えてる人達も居る。

だから、急には放り出せない。今迄みたいな営業は出来ないけど、辞めるにしてもあの人達の心に傷を残すような、突然消えるみたいな辞め方だけはできない。

三田が信じてくれると言うなら、俺も世話になったお客や店に筋を通そう。

三田の熱い手を握りながら、そう思った。








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