超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

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45 所詮、庶民。

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「送ってってみたら、幼稚園の頃の知り合いだったのが判明して…それだけ。」

「幼稚園の?え、それが昨日わかったって事?」

「ああ。」

メガネのレンズ奥で目を丸くするミズキ。

「気づかなかったの?名前とかで…。」

「いや、呼び名しか覚えてなかったし…。それに全然変わってたし。」

「あー、そんな小さい時とじゃ、お互いわかんないかあ。」

ミズキは、なるほどね~、といった様子で納得したようだった。そうなんだよ。15年も離れてれば成長過程も見てないんだし、お互いわかる筈がないよな、普通。と言っても実際には全然お互い様じゃなくて、三田の方は俺の事を直ぐわかったみたいだが。何だ?俺が幼稚園から現在に至る迄、変わりばえのないモブフェイスだって事か?ああん??(被害妄想)

「そっかあ。幼馴染みねえ。良いなぁ。」

ミズキがそう言ったところで4限目の講義が行なわれる教室の前に着いて、その話は打ち切られた。

講義後、帰りはそれぞれバラバラで、ミズキは事務所に向かうらしく迎えに来た車に乗り去って行き、俺は大学付近のカフェへ向かった。三田には俺はそのままバイトに向かうから先に帰れと昼の内に言ってあったけど、体調が心配で歩きながら一言連絡を入れたら、直ぐに『大丈夫、行ってらっしゃい!』と返信が来た。
まあ…もし大丈夫じゃなくても、周りに取り巻きはいるから誰かしらが何とかするだろ…と思ったら、何故だか胸がチリッとした。



出勤迄に少し余裕のある金曜は、少しの間一人で茶を飲みながらのんびりしつつ送迎車が来る5時過ぎ迄を過ごす。それで一の谷さんという長丁場に備えて、リフレッシュというか、気分を切り替える。
気心が知れてて気楽なお客さんだけど、やっぱり長時間をお客と失礼の無いように過ごすのは気を張る。一の谷さんのように『自分の前ではリラックスして欲しい。』なんて言ってくれるお客さんは意外と多いもんだけど、その望み通りに気を抜いているかのように振る舞いながらもギリギリのところを計算するのが俺達キャストだ。
だってな?
美形ならいざ知らず、"普通"の男がだらしなく気を抜いた姿なんて、本来見苦しいだけだろ。幻滅必至で、大事なお客にこそ見せられる訳が無い。その辺の事を推し量れないキャストが、求められている事を見誤って失敗して脱落していく。当たり前だ。金銭発生してんだからな。"普通"はあくまで"普通"として行儀良く振る舞わなきゃならないんだよ。それが出来ないのは"普通"じゃなくて単なる馬鹿だ。



ズズズ、と氷の隙間を縫うように残りのカフェオレをストローで吸ってたら、席の横に影がさして担当マネの川口さんが現れた。何時もながら良いタイミングだ。

「おはようございます。お迎えにあがりました。」

と執事カフェか何かのように馬鹿丁寧に頭を下げられるのは、店で決められている儀式みたいなものだ。男性スタッフは全キャストに対してやる事で、別に俺がナンバーだからじゃない。そしてキャスト側もきちんとそれに返礼する。

「おはようございます。本日もよろしくお願いします。」

その遣り取りが、俺たちの店の仕事の始まりだ。






「ユイ君…今日はちょっと雰囲気違うね。」

人気の新店だというスパニッシュレストランで、差し向かいで食事していたら。一ノ谷さんにまじまじと顔を見られながらそう言われ、俺はドキッとしてしまった。

「え?そうですか?」

取り繕うように平静を装いながら答えたけれど、一ノ谷さんの探るような視線は変わらない。
何だよ、雰囲気がっていう曖昧な表現は…。俺は何か変わったのだろうか。

「う~ん…何だろ。先週迄のユイ君と、何か違うなあ。…会わない内に、何かあった?」

「え、特には…。」

答えながら、この一週間の数々の出来事が走馬灯のように脳裏に展開されていた。主に昨日の事が…。そして、昨日を境に犬コロのようになってしまった三田の様子を思い出した。

「ユイ君?」

少しぼうっとしてしまって、フォークを動かす手が止まってしまっていたのに気づく。

「あ、すいません。」

「謝る事ないよ。ゆっくり食べて。」

一ノ谷さんは優しい声で穏やかにそう言って、シェリー酒のグラスを傾けている。俺は仄かにライムの香りのする炭酸水をふた口飲んでから、サルスエラに入っているイカをモグモグと食した。柔らかくて美味い。俺、フレンチよりこっちの方が好きかも、気取りが無くて。
店内は賑わっていて、俺と一ノ谷さんは仕切りのある奥の広いテーブル席で食事をしている。何時も行く格式高い店と違って、カジュアルスタイルのこの店には個室が無かった。そのお陰で店内の内装がよく見えて、壁の幾つものボードに書かれたメニューを眺めるのも楽しい。やっぱり庶民の俺にはこんくらいの店が合っている。例えば誰か友達と来ても、自分で何とか払えるくらいの店が。

そんな事を考えたら、またしても頭の中浮かんだのは三田だった。つまり俺は、数少ないというか唯一の友人であるミズキよりも三田と一緒にこういう店に来たいと思ってるのか…。

(駄目だ、仕事中だぞ。お客さんに集中しないと。)

俺の頭の中、何時の間にこんなに三田に侵食されてるんだ。

振り払うように頭を振る姿を向かいで見ている一ノ谷さんが居る事を忘れて、俺は必死に三田の事を振り払った。

























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