超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

Q.➽

文字の大きさ
上 下
41 / 101

41 猫より俺がフレーメン

しおりを挟む

母さんは壁掛け時計に目をやって、少し何か考えている様子。こんな時の母さんは大体面倒な事を言い出すので、俺としては嫌な予感しかしない。で、案の定。

「具合い悪くして救急車に乗った当日に家に帰ったら一人って…。あっくん心細いんじゃないの?アンタ、戻って泊まってあげたら?」

ほらな。

「は…?」

そりゃ三田を一人で置いてきた事は気になるけど、俺だって貴重なバイトのオフ日で明日からはまた学校の後連勤なんだぞ。そして相手は、一の谷さん。今迄なら、プロポーズしてくるだけの行き過ぎた新興宗教信者キャラだけど、それ以外は気心知れた無害な極太客ってだけだった。でも前回、ある意味その位置付けに少し動きがあった。この先は少し気を張ってなきゃならないお客になってしまったかもしれないんだ。それが2連勤なんだぞ。冷たいと言われても、今夜くらいゆっくり休みたい…。


俺は無表情で首を横に振った。

「無理。」

「何でよ。」

「俺だって色々都合があんの。」

そう答えると、母はちょっと肩を竦めた。

俺だって正直、だいぶ絆されてる自覚はあるから気にはなるけど、やっぱ無理だ。いや、別に弱った三田が変な真似をしてくると思ってる訳じゃなくて、意識したてで俺が緊張しそうなんだよ。さっきみたいに。
三田が居る空間では、ちょっと心身が休まりそうにない。
でも単に幼馴染みと再会したくらいに思っているであろう母さんにはそんな事を言えないから、言葉を濁すしかない。

「だいぶ落ち着いてたから大丈夫だよ。何なら明日、出かける前に寄るし。」

「そう?本当に大丈夫かしら。」

「俺がまた戻ったら、玄関開けるのにせっかく休ませたのを起こしちゃうだろ。逆にありがた迷惑だって。」

「…ま、それもそうかもね。」

それだけ言ってやっと、母さんは諦めたようだった。
マジで自分は動かない前提での余計な提案ばっかしてくるのやめて欲しい。(切実)




自室に戻って机の上にリュックを下ろした俺は、溜息を吐いて首を左右に動かした。コキコキと音が鳴る。あ~、疲れた。体重いわ。
体力温存の為のオフ日だったのに、色んな事あり過ぎて疲れた。
ミズキと外で昼食を食べようとした迄は良かったが、ミズキの暴露話を聞いてしまってから風向きが変わってきた。どう取って良いのかわからない告白に、乱入してきた挙句、熱中症で倒れた三田。その後判明した三田の正体と現在の状況。母さんから聞いた事。

「……一日に詰め込むにはちょっと濃過ぎじゃね?」

脳の処理が追いつかないんだけど。

ベッドに座ってしまったら、再び階下に降りて食事をしようという気が失せてしまった。そのまま後ろへ倒れたら、今度は起き上がるのが億劫になった。
普段なら、汗臭いままや着替えもしないまま寝るなんて事は無いのに、どうやら俺、自分でも思いの外、疲労困憊らしい。

(ヤバい、今目を閉じたら…。)

そう思ってたのに、一度閉じた瞼は重くて。
結局、俺はそのまま朝の6時迄爆睡してしまったのだった。







「…連絡は…無いか。」

スマホのアラームで起きて、霞んだままの目で通知を確認したけれど三田からの連絡は入ってなかった。
良かった。急変は無かったって事で良いんだよな?もし夜中に連絡入っても気づかなかったような気がするから、マジで連絡無くてホッとした。

身を起こそうとすると、昨日帰って着替えもせずに寝てしまっていた腹の上に、タオルケットが掛けられていた。俺が食事をしに降りて行かなかったから、母さんか祖父ちゃんが様子を見に来てくれたんだろう。そして足元には猫が2匹丸まっている。昨日は帰ってきた俺に知らんぷりをして祖父ちゃんの膝にいた長女猫と、ヘソ天で寝てた長男猫だった。母さんか祖父ちゃんについて夜中の内に入って来たのか。

俺の動きに目を覚まして首を上げたり伸びをする2匹の頭を撫でてやりながら言う。

「…なかなか相手してやれなくてごめんな。」

何やかや、一番付き合いが長い2匹だ。一緒に成長してきたつもりなのに、2匹はとうに俺よりずっと歳上になってしまっていて、それが少し切ない。
そして、俺が忙しくて構ってやれない事に拗ねたり、無視してるように見えても、ちゃんとこうして構いに来てくれる所が愛しい。

起き上がるのをやめて、真っ白な長女猫の背中からそっと抱きしめた。

「リン…ごめんな。寂しいか?」

長女猫は大人しく腕の中から動かずに首だけを動かして、俺を見た。小学校からの帰り道、小さな鳴き声に惹かれて祖父ちゃんと覗いた路地裏の段ボール箱の中に居たこの子と目が合った時から、知っている誰かに良く似ていると思っていた。何故だか、今度は放っておいちゃ駄目だと思った。
どうして今度は、なんて思ったのかと思ってたけど、今ならわかる。
俺はきっと、子猫だったリンにあっくんを重ねていた。今にも物言いたげな、大きく綺麗な吊り目。その青く澄んだ瞳に、寝癖のついた俺の顔が映った。濡れた鼻先で俺の鼻を突ついてくる。親愛。
猫達は素っ気ないようでいて、その実、俺に無償の愛情を事ある毎に示してくれる。それは、孤独を意識せずにいたようで、実際にはずっと孤独を拗らせ続けていた俺の心をずっと支え続けてくれたものだ。だから幼く単純だった俺の心は、この優しい温もりに簡単に傾倒した。下心で近寄って来た人間達より、ずっとずっと信じられた。

「リン。もうちょい頑張らせてくれな。」

白いふわふわした柔らかい毛並みに鼻を埋めると、何時も通りのあたたかな匂いがした。
そしてそんな俺の肩口に来た長男猫のロンは、その位置で欠伸をした。

そのクアッと開けた大口からは、相変わらずめっちゃ生臭い匂いがして、俺のしんみり感を瞬時に吹き飛ばした。

…お前は俺が出かける前に歯磨きな。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...