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41 猫より俺がフレーメン
しおりを挟む母さんは壁掛け時計に目をやって、少し何か考えている様子。こんな時の母さんは大体面倒な事を言い出すので、俺としては嫌な予感しかしない。で、案の定。
「具合い悪くして救急車に乗った当日に家に帰ったら一人って…。あっくん心細いんじゃないの?アンタ、戻って泊まってあげたら?」
ほらな。
「は…?」
そりゃ三田を一人で置いてきた事は気になるけど、俺だって貴重なバイトのオフ日で明日からはまた学校の後連勤なんだぞ。そして相手は、一の谷さん。今迄なら、プロポーズしてくるだけの行き過ぎた新興宗教信者キャラだけど、それ以外は気心知れた無害な極太客ってだけだった。でも前回、ある意味その位置付けに少し動きがあった。この先は少し気を張ってなきゃならないお客になってしまったかもしれないんだ。それが2連勤なんだぞ。冷たいと言われても、今夜くらいゆっくり休みたい…。
俺は無表情で首を横に振った。
「無理。」
「何でよ。」
「俺だって色々都合があんの。」
そう答えると、母はちょっと肩を竦めた。
俺だって正直、だいぶ絆されてる自覚はあるから気にはなるけど、やっぱ無理だ。いや、別に弱った三田が変な真似をしてくると思ってる訳じゃなくて、意識したてで俺が緊張しそうなんだよ。さっきみたいに。
三田が居る空間では、ちょっと心身が休まりそうにない。
でも単に幼馴染みと再会したくらいに思っているであろう母さんにはそんな事を言えないから、言葉を濁すしかない。
「だいぶ落ち着いてたから大丈夫だよ。何なら明日、出かける前に寄るし。」
「そう?本当に大丈夫かしら。」
「俺がまた戻ったら、玄関開けるのにせっかく休ませたのを起こしちゃうだろ。逆にありがた迷惑だって。」
「…ま、それもそうかもね。」
それだけ言ってやっと、母さんは諦めたようだった。
マジで自分は動かない前提での余計な提案ばっかしてくるのやめて欲しい。(切実)
自室に戻って机の上にリュックを下ろした俺は、溜息を吐いて首を左右に動かした。コキコキと音が鳴る。あ~、疲れた。体重いわ。
体力温存の為のオフ日だったのに、色んな事あり過ぎて疲れた。
ミズキと外で昼食を食べようとした迄は良かったが、ミズキの暴露話を聞いてしまってから風向きが変わってきた。どう取って良いのかわからない告白に、乱入してきた挙句、熱中症で倒れた三田。その後判明した三田の正体と現在の状況。母さんから聞いた事。
「……一日に詰め込むにはちょっと濃過ぎじゃね?」
脳の処理が追いつかないんだけど。
ベッドに座ってしまったら、再び階下に降りて食事をしようという気が失せてしまった。そのまま後ろへ倒れたら、今度は起き上がるのが億劫になった。
普段なら、汗臭いままや着替えもしないまま寝るなんて事は無いのに、どうやら俺、自分でも思いの外、疲労困憊らしい。
(ヤバい、今目を閉じたら…。)
そう思ってたのに、一度閉じた瞼は重くて。
結局、俺はそのまま朝の6時迄爆睡してしまったのだった。
「…連絡は…無いか。」
スマホのアラームで起きて、霞んだままの目で通知を確認したけれど三田からの連絡は入ってなかった。
良かった。急変は無かったって事で良いんだよな?もし夜中に連絡入っても気づかなかったような気がするから、マジで連絡無くてホッとした。
身を起こそうとすると、昨日帰って着替えもせずに寝てしまっていた腹の上に、タオルケットが掛けられていた。俺が食事をしに降りて行かなかったから、母さんか祖父ちゃんが様子を見に来てくれたんだろう。そして足元には猫が2匹丸まっている。昨日は帰ってきた俺に知らんぷりをして祖父ちゃんの膝にいた長女猫と、ヘソ天で寝てた長男猫だった。母さんか祖父ちゃんについて夜中の内に入って来たのか。
俺の動きに目を覚まして首を上げたり伸びをする2匹の頭を撫でてやりながら言う。
「…なかなか相手してやれなくてごめんな。」
何やかや、一番付き合いが長い2匹だ。一緒に成長してきたつもりなのに、2匹はとうに俺よりずっと歳上になってしまっていて、それが少し切ない。
そして、俺が忙しくて構ってやれない事に拗ねたり、無視してるように見えても、ちゃんとこうして構いに来てくれる所が愛しい。
起き上がるのをやめて、真っ白な長女猫の背中からそっと抱きしめた。
「リン…ごめんな。寂しいか?」
長女猫は大人しく腕の中から動かずに首だけを動かして、俺を見た。小学校からの帰り道、小さな鳴き声に惹かれて祖父ちゃんと覗いた路地裏の段ボール箱の中に居たこの子と目が合った時から、知っている誰かに良く似ていると思っていた。何故だか、今度は放っておいちゃ駄目だと思った。
どうして今度は、なんて思ったのかと思ってたけど、今ならわかる。
俺はきっと、子猫だったリンにあっくんを重ねていた。今にも物言いたげな、大きく綺麗な吊り目。その青く澄んだ瞳に、寝癖のついた俺の顔が映った。濡れた鼻先で俺の鼻を突ついてくる。親愛。
猫達は素っ気ないようでいて、その実、俺に無償の愛情を事ある毎に示してくれる。それは、孤独を意識せずにいたようで、実際にはずっと孤独を拗らせ続けていた俺の心をずっと支え続けてくれたものだ。だから幼く単純だった俺の心は、この優しい温もりに簡単に傾倒した。下心で近寄って来た人間達より、ずっとずっと信じられた。
「リン。もうちょい頑張らせてくれな。」
白いふわふわした柔らかい毛並みに鼻を埋めると、何時も通りのあたたかな匂いがした。
そしてそんな俺の肩口に来た長男猫のロンは、その位置で欠伸をした。
そのクアッと開けた大口からは、相変わらずめっちゃ生臭い匂いがして、俺のしんみり感を瞬時に吹き飛ばした。
…お前は俺が出かける前に歯磨きな。
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