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39 そういうのに弱い自覚がある。
しおりを挟むそんなモダモダした遣り取りを暫くした後。よくわからない羞恥で辛抱たまらなくなった俺は、いい加減帰ろうとベッド横から立ち上がりかけた。俺の動きを目で追い、三田が言う。
「玄関まで送る。」
「寝てろってば。」
「どうせ鍵閉めなきゃなんないし、ゆっくんのお陰で体だいぶラクだし。」
「そっか。ならよかったけど。」
そうか、施錠しなきゃいけないもんな。つーかまさか三田は、大学生にもなって俺をまたゆっくん呼びで定着させるつもりなんだろうか?…まさかな…。(不安)
三田が俺の手を離さないまま、ベッドから降りる。
目の前に立った三田は、やっぱり俺よりずっと背が高い。…つくづく羨ましい。
「箕田が色々してくれたから、だいぶ良い。」
「油断大敵だぞ。水分補給して、ちゃんと腋とか冷やしとけよ。」
「うん。」
手を繋ぎながら階段を降りる俺と三田。胸にしまっていたものをぶちまけたからか、すっかり素直になってしまった三田は、犬のようにぴっとりくっついてくる。
昨日迄なら、仕事でもないのに何で男と…なんて思ってた筈なんだけど、全てを知って自分でもあらかた思い出してしまった今では、拒否する気も起きなくて複雑な気持ちだ。
俺は反省した。他人に興味が無い割りに、一旦距離詰められると途端に絆される所が俺の弱点だわ。
先週から一気に来た怒涛の告白ラッシュでも、相手を無下に出来なくなってしまったのはそれが一因だと思う。例え店のお客でも、一定期間信頼を築いて来たっていう関係性があったから、自分でも思ってた以上にお客さん達に情を移してたんだろう。
わかってる。俺って実はああいう商売、向いてないんだ。
危険を回避する為に他人から距離を取ってる癖に、一旦テリトリーに入られるとガードが甘くなるから。
そうこう考えている間に降りた階段の先には広い玄関が見えた。
「…今日はほんと…迷惑かけてごめん。」
土間で靴を履いた俺に、三田はしおらしく頭を下げてきた。俺は慌てて答える。
「いや、平気。バイトの日じゃなかったし。」
「でも、午後の講義もさ…。」
「1回くらい大丈夫だって。」
そんな遣り取りでまたモダモダと。これじゃ良い加減キリがないと思った俺が、
「じゃあ、お大事にな。安静にしとけよ。」
と玄関ドアを開けようとすると、
「…うん。」
と頼りない顔で寂しそうに頷く三田。
何故だかぐっと胸が詰まった。俺が帰ったら、三田はこの広い家にひとりぼっちなのか…。
けれど直ぐに正気に返った。
…いや。いやいやいや。何考えてんだ。一人暮らしの人間なんか、世の中にはたくさんいるし、普通に暮らしてたって体調を崩す事はあるだろ。仮に家族と住んでたって、小さな子供じゃない限りは一から十まで看病してもらえる訳でもないだろうに。
それに三田は立派な成人男性だ。なのに何で必要以上に同情的になってんだ。
三田は犬や猫じゃないんだぞ…。
「じ、じゃあ。」
情に流されない内にとドアを開けて、表に出る。ドアが閉まる間際に手を降った。未だ少し熱の残っている三田は、ぽやっと潤んだ目をして胸の前で小さく手を振り返していた。
小さく胸が痛んだのは、弱ってる人間相手だからだと思いたい。
門扉を出て数歩進んでから、三田家を振り返ってみる。やはり馴染みのある、記憶の中と殆ど印象の変わらない建物。来た事があるのかと思ったのは、毎日のように前を通って見てたからだったようだ。
あの頃のあっくんは、毎朝あの窓から俺が来るのを見ていたんだろうか、と思いながら2階を見上げる。
1階のリビングは大きな掃き出し窓だったけれど、家を囲っている塀の高さを考えると、当時幼稚園児だったあっくんの視界の高さ的に通りを確認するのは無理そうだ。なら、見通しを考えたら通りに面した2階の自分の部屋の窓から、椅子か何かに上って見てたと考えるのが妥当だ。
母親にも相手にしてもらえず、多忙な父親にも構ってもらえなかったあっくんが、毎朝その窓から祖父に連れられた俺が通るのを待っていたのかと思うと、いじらしさに涙が出そうになった。
もっと、話しかけてみれば良かった。
強引で、自信家で、引く手あまたのイケてる男子大学生。三田が一人で戦って作り上げたピカピカの鎧の中には、未だに純粋で稚いあっくんがいる。
そう思ってしまうと、気になって気になって仕方なくなってしまう悪癖が、本格的に顔を出す。
(…放っとけない。)
こういうとこが、本当に俺はダメだ。
子供の頃には10分程だった三田家から俺の家迄は、今の俺の足では徒歩5分程度だった。余りに近くて改めてビックリする。
時刻はそろそろ8時を過ぎた頃だ。
それにしても、大学入ってから直ぐに俺に気づいた癖によく今迄黙ってたな、三田。
小学校に上がってからは通学ルートも変わって殆ど通る事のなくなった道だったから、今日三田家を見たのも10数年振りだ。
にゃあ、と玄関先で迎えてくれたのは、3番目と末っ子の猫だった。
「ただいま。遅くなってごめんな。」
言いながら屈んで、足に纏わりつく2匹の頭を撫でると、ゴロゴロと顔を擦り付けてきて、さっきの三田を思い出してしまう。
ちゃんと寝てるんだろうか。
古参の猫2匹は10歳を過ぎてるからか、そんな可愛い事はしてくれない。面倒なのか、単なる性格なのか。もしかすると、大学生になってから触れ合う時間が減ったから拗ねてるのかもしれないな…。もしかして、全然気にしてなかったりしてという可能性は、悲し過ぎるので打ち消す。
休みの日にはできるだけ構い倒すようにしてるけど、今日はアクシデントで遅くなってしまった。ご飯もオヤツも済んでいるであろうこの時間からのご機嫌取りはなかなか難しそうだ。
出迎え猫達を引き連れてリビングのドアを開けると、母さんと祖父ちゃんがテレビを観ていた。父さんは未だらしい。祖父ちゃんの膝には1番年嵩のおばあちゃん猫が乗って気持ち良さそうにしていた。年寄り同士相性が良いのか?俺が『ただいま』と声を掛けても耳だけを向けて知らんぷりなので、やっぱり拗ねてるのかもしれない。2番目の古参である長男猫は何処だろうかと探すと、リビングの隅っこに置いてあるクッションの上でヘソ天で寝ていた。
…お前だけは何時も平和だな。
「お友達、大丈夫だった?」
母さんがテレビから目を離して俺を見た。
「あー、うん。大丈夫だった。」
たぶん。というニュアンスで俺が答えると、母さんはそう、と答えてテレビに目を戻した。
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