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35 幼き砌の記憶を手繰れ

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(え?一軒家...?)

一人暮らしと聞いてたから、てっきりマンションとかに着くのかと思ってた。
だが目の前には少し古いがまあまあ大きな二階建ての一軒家が。
しかも、タクシー乗車中から見える景色に馴染みがあった。周囲を見回して、その感覚が気の所為ではなかった事を確信する。
この辺りって...ウチとそう遠くない。寧ろ...。

(幼稚園迄の道...じゃね?)

俺の平凡さは幼き砌から郡を抜いていた為、誘拐等の有事に備えて幼稚園の行き来は常に祖父が一緒だった。祖父と言ったって、あの頃は未だ警察を退官して間も無い頃だったし、OBとはいえ空手の有段者だから並の若い男が数人束になったくらいでは相手にならない程強かったのだ。今では年相応に普通の猫ジジイだが...。
そんな在りし日の祖父ちゃん(※健在です。)と毎日往復した、幼稚園から自宅迄のコース。
その道の途中に、この家はある。

チカッと、脳裏に過ぎる何か。

(...あれ?今、何か思い出せそうな気が...。)

そのままぼんやり家を見上げていると、「箕田?」と声が掛けられた。

「あ...。」

何時の間にか、家の鍵を開けた三田が門扉の向こうから俺を呼んでいた。
その姿にも、何か妙な既視感。

(俺、この家に来た事がある...?)

曖昧な記憶をそのままに、俺は開かれた門扉に歩を進めた。






「はい、とりまゆるめの白粥にした。」

「ありがと...。」

俺がベッドに寝ている三田の前に持って行ったトレイの上には、梅干しが載った五分粥と病院の自販機で買ったスポーツドリンク。
三田の家のキッチンにはちゃんと米があったし、冷蔵庫には野菜類は無かったが、卵や果物、調味料なんかはあった。野菜や生鮮食品を置いてないのは、多分三田が自炊しないのをわかってるからだろう。その代わりにちゃんと作り置きのおかずの容器も重ねられて入れてあったし、それは冷凍庫にもあった。
そしてその多くが、若い男の好みそうな結構しっかり味の濃い系の料理だった。そりゃ男子大学生の三田用だと思えばそうなるか。
比較的食べ易そうな野菜の煮物なんかもあるにはあるけど、三田がソレ嫌いとか我儘を言って拒否。ハウスキーパーさん、苦労してそうだな...。
しかし、丸一日食事を抜いた挙句、貧血と熱中症で弱った体に何も入れない訳にはいかないので、俺はやはり粥を作る事にした。
卵粥にするか、白粥にして冷蔵庫にあった梅干しをのせるかで迷ったが、塩分摂取させる方が良い気がして梅干しを採用。
家でも米なんか炊かないから、粥の項目があったかと炊飯器を見て初めて思い出して、早速使ってみる事に。胃に優しくする為には柔らかめの方が良いだろうなと思い米を減らし水を大目にして炊いたら、なかなか良い具合いに仕上がった。この絶妙なゆる具合い...もしかして俺、天才では?(※個人の感想です。)

先に着替えさせて寝かせていた三田の部屋に運んだら、三田はベッドに起き上がって嬉しそうな顔をした。

「箕田が作ってくれたの?」

「や、炊飯器が。」

「でも炊飯器に入れる迄の工程も、その後も箕田だろ。」

「まぁ、それはそうだけど。」

そりゃまあ、米を半合研いで?水を注入して?ボタン操作して?炊き上がった粥を器によそって梅干しをのせたのは、確かに俺ですが。

「嬉しい...いただきます。」

「召し上がれぇ~。」

単なる粥にそんなに嬉しそうな顔をされると何だかむず痒い気分になって、何となく照れ臭い。
三田が俺を好きだと言ってたのは本気なんだな...と嫌でもわかるくらいの、良い笑顔だった。何時もの三田の笑う顔とは違う、ほんわかした、眦を下げた笑顔。


「...あっ...。」

俺はこの笑顔を知っている。

「あっくん...?」

口をつい出た名前。
強情で気が荒くて乱暴で、なのに俺の前では借りて来た猫みたいに大人しかったあの子。俺は子供の頃からこうだから、特に仲良くしてた覚えもないのに、その子は気がつくと何時も近くに居た。小学校に上がる前に引っ越してったんだっけか。
ある日の夕方、一人でウチに来たあっくんは、一言も何も言わないまま、俺と俺の家族がドン引くくらいの勢いで泣いた。訳の分からない俺は為す術もなく、背中を撫でてやる事しか出来なくて、翌日になってからあっくんが引越して行った事を知ったのだ。

後から母に聞いた話だと、あの頃、あっくんちはなかなか荒れていたらしい。近距離に住んでいたあっくんの父方の祖父母とあっくんのお母さんが不仲で、それが幼いあっくんにも影響を及ぼしていたんだと思う。
今にして思えば、あっくん一家が引越した一因にはそれも大きかったんじゃないだろうか。
成長してから時たま思い出すあっくんは、周囲の園児達に当たり散らす乱暴な姿より、一人ぼっちで寂しそうに俯いて背中を丸めて座っているか、何気無く目が合った時の嬉しそうな頼りない笑顔だった。
それも、何時しか思い出せなくなって、あっくんの顔も朧気になって。

ここ数年は、思い出す事すらなくなっていたのだ。

もしかして、そのあっくんが...。


「やっと思い出してくれたのかよ。遅い。」

レンゲの先を使って粥の上の梅干しを崩しながら、三田はまた笑った。


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