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22 黒川さん事情 2

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ここで黒川さんについてのざっくり補足。



黒川さんは三歳で子役デビュー。抜群に可愛らしい容姿といじらしい演技で人気を博し、忽ち人気子役になった。
小学生の間は各方面に引っ張りだこだったが中学進学と共に学業に専念する事を理由に引退。
大学進学を機にCM出演で衝撃的なカムバックを飾った。関係者には徹底した箝口令を敷いた上での初オンエアだったので、可愛らしい子役だった美少年から美麗に成長した姿に画面の向こうの視聴者達は呆然、引退後の動向を定期的に追っていた元々のファンも、思わぬ事態に歓喜。
黒川ルイ改め黒川琉生の鮮烈カムバックは瞬時にSNSでトレンド入りし、ファン達の呟きから名前が割れ、瞬く間に一躍若手イケメン俳優のトップに立った。
それからは周囲とは郡を抜く容姿と子役時代に培った卓越した演技力で、ずっと第一線で活躍している…とまあ、俺が知ってる経歴はそんな感じだ。

だが、黒川さんが言うには、小学校卒業迄で引退したのは別の理由があったらしい。

「俺が小五の春頃だったかな。弟が小さい頃からずっと預けてた母方の祖母が、突然病気で亡くなったんだ。」

「お祖母さまが…。」

人気子役として多忙だった黒川さんをつきっきりで支えたお母さまに代わり、弟さんを育てたのはお母さまの母親であるお祖母さまだった。どうやらお母さまはその為に、故郷で一人住まいをしていた自分の母を独断で呼び寄せてしまったらしい。そしてそれが原因で、弟さんが三歳の頃には黒川さんのご両親は離婚。お父さまは家を出て行ってしまった。
余所事ながら、お母さま、何だかな…。

当然ながら弟さんはお祖母さまを母のように思いながら育った訳で、そのお祖母さまを失った事でその幼い心は精神のバランスを崩してしまった。
そうなると今度は、お母さまは未就学児だった弟さんにかかり切りになり、黒川さんは所属事務所のマネージャーに面倒を見られながらの芸能活動になった。
とうに小学校高学年になっていたとはいえ、突然放り出された黒川さんだって未だ子供だった訳で、多忙な仕事とロクに行けなくて親しい友達も出来ない学校生活に、心身をすり減らされるようになった。
徐々に限界を感じた黒川さんは、段々芸能の仕事にやり甲斐を見い出せなくなったようだ。
黒川さんの芸能活動におけるモチベーションは、たくさんのファンを喜ばせる事よりも、お母さま一人に喜んでもらいたいという気持ちから来ていた。
そんな訳で、黒川さんは小学校卒業を目処にして引退すると決めたらしい。
言っちゃ何だがお母さま、極端というか…バランス悪い人だな…。

引退前に中学受験に成功していた黒川さんは、中学からを芸能のゲの字も許されないような私立の厳格なエスカレーター校で過ごしたのだという。
その間もお母さまは弟さんのケアにかかり切りで、黒川さんはそれを横目に孤独感を抱えながら少年期を過ごした。溺愛されていた自分と弟の立場が逆転したように感じたという。しかし幼い頃の弟には祖母がいたのに今の自分には誰も居ない。不公平だ、と胸にモヤモヤを感じながら過ごした黒川さんは、自暴自棄な気持ちを抱えながらも、それを口にする事は出来なかった。
それから数年。弟さんは中学生になり、精神的にはだいぶ落ち着いた。
だが黒川さんとお母さまに対してのよそよそしさは消えず、黒川さんの方も弟さんに対して心の蟠りがあり、わざわざ接触する事も無かった。お母さまは相変わらず弟さんに構いっぱなしだったが、黒川さんは大学受験だった事もあり、勉強の多忙さで気を紛らわせていた。時を同じくして、所属していた事務所の担当マネージャーだった人から、一度会えないかとの連絡が入る。
進路はどうするのか、芸能界に復帰する事は考えていないのか、と。
程なくして数年振りに再会した元マネージャーは、成長した黒川さんの姿を見て熱心に芸能の道に戻るべきだと促した。
黒川さんはその時迄、漠然としか将来を考えていなかった。けれど、心が揺れた。
弟も落ち着いた今、再び芸能界に戻れば、もう一度母が自分に目を向けてくれるのではないか…。
未だ親の手が必要だった多感な時期に放り出され、孤独だった黒川さんは、成長して尚、母親の愛に飢えていたのだった。
そしてその目論見は見事に当たる。弟さんが反抗期に入った事もあり、お母さまは再び黒川さんに関心を寄せるようになった。数年後には弟さんが高校進学で寄宿舎に入り、滅多に家に寄り付かなくなり、お母さまは益々黒川さんの世話を焼くように。黒川さんは嬉しかった。そしてそのまま十年以上の月日が流れた。

だが、3年前。ロクに音沙汰無しだった弟さんが結婚相手を連れて来た事により、またも風向きが変わる。お母さまが婚約者の女性をいたく気に入ってしまったのだ。素朴で素直な性格の彼女は、若くして両親を亡くしていた。そんな彼女の境遇に、お母さまは同情したのだ。
そして弟さんが彼女と結婚して妊娠すると、お母さまはあっさり弟さん夫婦との同居に踏み切ってしまった。
お母さまとの同居を見据えてマンションを購入した黒川さんを放って。

またしても黒川さんはお母さまの関心を失ってしまったのだった…。


…いや、でも長年十分面倒見て来てもらってんじゃん。もう黒川さんのマザコンって、単なる趣味では?と、小鉢の鱧の梅肉和えを口に入れながら訝しむ俺。すっぺ。


「しかもさ、今は甥っ子に夢中でさ。初孫だから仕方ないんだろうけど。」

黒川さんはそう言いながら、悲しげに溜息を吐いた。

…いや。

お母さまも身勝手だけど、精神的に自立する年齢だよなあ…と、他人事の俺なんかは思う訳だが。




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