超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

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20 顧客・黒川琉生 2

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黒川さんに呼ばれるのは月一ペースだ。
どうやら彼は、お母さまに会えなくなったストレスと仕事で溜まったフラストレーションを俺に甘える事で消化しているようだった。

念の為に言っておくと、お母さまはご健在だそうだ。2年前に弟さん夫婦と同居されるようになり、生まれたお孫さん(一歳半)に夢中なんだとか。

幼い頃に母を亡くしたとか何らかの事情で生き別れたとかとは違って、あんまり共感を得られず同情されないタイプのマザコンである。




1301。


オートロックを解錠してもらった段階で部屋のドアもロックが外されている。
俺はドアノブに手を掛け、ドアを開けた。

「琉生くー…」

「ママぁっ!!」

「ごふっ…。」

玄関に足を踏み入れた途端、待ち構えていた黒川さんに抱き着かれた。苦ッ。
此処でも琉生くん呼びなのは勿論本人の希望によるものだ。

「る、琉生く~ん…ちょっと苦しいかナ~…。」

様々な役柄をこなす為、日頃から家にもジムと同じフィットネスマシンを数台置いて筋トレで体を作っている黒川さん。優男な顔に似合わずバランスの取れた筋肉質の体でギャップ萌えファン多発しまくりの黒川さん。アンニュイな表情に掠れ気味のセクシーボイスに悩殺されるファン続出とネットニュースに書かれる黒川さん。
素材に甘えないその弛まぬ努力もプロ意識も尊敬してるけど、それを一介の擬似ママ(19歳・男子大学生)の俺に向けないで欲しい…。





黒川さんを張り付けたまま、足を進めて何とかリビングへ。
産んだ覚えの無い自分よりだいぶでっかい息子をソファに座らせて、俺は店へ入室のLIMEを打った。入室してLIME打つだけの事がこれだけ重労働なのは黒川さんちに来た時だけである。疲弊。
スマホをバッグに直すと、俺の一挙手一投足をうずうずしながら見ていたらしい黒川さんの目がキラキラしている。

「お電話終わった?ママ、プリン作って。」

「あ、そうだね。はいはい。」

幼い男の子が言ったなら可愛らしいセリフなんだろうが、イケメン三十路男性の甘えた低音で囁かれると、何とも言えない気分になる。俺が女性なら『マザコンでも良い!!』と骨抜きになったのかもしれないが、生憎男子なので尾骶骨に若干悪寒が走るくらいだ。いやまあ流石に慣れたが。
因みにプリンは黒川さんが子供の頃からの好物なのだが、店で売っているものではなくてお母さまがよく作ってくれていたらしい。それを聞いた最初はどうしようかと思った。が、黒川さんとネットでプリンの画像を色々観て、どんなタイプのものだったのかと模索。更に食感などの聞き取り調査の末、何とかそれに近いであろうレシピを突き止めた。と言っても、オーソドックスな、少し固めのプリンだったんだけど。
そしてお客の要望には可能な限り応えるのがモットーの俺は、頑張った。
そして指名3回目には、黒川さんが求める黒川ママプリンとほぼ寸分違わぬらしいプリンを作れるようになったのだった。
だから俺が来た時には、黒川さんは先ずそれを先に作ってくれと強請る。そして食事の後暫くしてからのほっこりした時間にそれを嬉しそうに食べるのだ。
ぶっちゃけ悪い気はしない。
男女問わず、綺麗な人間が自分の作ったものに喜んでくれるのを見るのは嬉しい。て事はやっぱ俺は面食い確定なんだろう。


俺は脱いだ上着をソファの背に掛けてシャツの袖を捲り上げた。それから持って来た薄い水色のマイエプロン(黒川家専用)を着け、ぐるっと回した腰の紐を前で結んだ。

「じゃ、作りますか。」

「わーい!」

…35歳男性の良い声のわーいも可愛く思えてきた今日この頃。まあこれは、マザコンという以外に害が無い人だとわかってるからこそ安心してるってのもある。
変に色気を求められず、全力で母子ごっこに付き合いさえすれば満足してくれるお客様だから。

それに実はこう見えて黒川さんは、俺という人格をちゃんと認識・尊重してくれているらしい。
帰り際になると少しの間、普通の35歳黒川さんに戻って、ありがとうと言いながら話してくれる。
何処に居ても日本中にいるファンの視線に晒され、恋人も作れないという黒川さんは、変態とか性癖というより俺をママと呼んで甘える時間で精神のバランスを取っているのかな、と最近思う。
…いやまあ、やっぱマザコンには違い無いんだけど。




焼き上がったプリンをオーブンから取り出してキッチンに並べていた時にインターホンが鳴った。背後で黒川さんがスッと立ち上がり、オートロックを解除に行った気配がして、俺はそのまま作業を続けた。この時間なら、料理屋さんだろうか。
暫くプリンの粗熱を取って、何時ものように食事が終わる頃に冷蔵庫に入れたらその一時間後には冷えて食べ頃になる筈だ。

数分後、玄関に行っていた黒川さんがリビングに戻ってきた。

「ママ、ごはんきたよ!」

黒川さんは俺が来る日、何時も馴染みの料亭に仕出しを頼んでくれている。
和食好きな俺の為にわざわざだ。黒川さんのお母さまは洋食好きらしいのに、『ママとちが~う!』なんて言わず、違いを普通に認めて気遣ってくれる所が流石に大人だと感心する。

黒川さんちに呼ばれる事は疲れるだけではなく、そういう気遣いや幼琉生くんの言動に癒される事も多い。

タイミングが良いんだか悪いんだかと思ったのは、そういう理由だった。



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