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12 本能が俺に囁いている

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「好きだ。恋人として付き合ってくれ。」

や、やっぱり来たか~。

普段はそれなりの冷静さを誇る俺だけど、色事に免疫が無さ過ぎてキス如きで一瞬思考停止してしまった。
けれどその後の告白で現実に戻された。

天堂さんが見てるのは、俺じゃなく俺の後ろにいる亡くなった親友だ。天堂さんは亡くなった親友への想いを引きずって俺で昇華しようとしているんじゃないだろうか。
でも、衝動的にそれを口にしてしまうのは憚られた。事実を突き付けて天堂さんが傷付く事を慮ったからじゃない。俺の中の打算がそうさせた。
何はともあれ、天堂さんはお客様なのだ。

けれど、受け入れる事も出来ないし、かと言って拒否して良客が切れてしまうのも店に申し訳ない。
どうして良いものやら、と俺は内心困り果てた。
やんわりいくしかないか…。


「…気持ちは嬉しいけど…オミ、奥さんいるし…。」

拒否するのに当たり障りない理由を述べると、天堂さんは少し苦しそうな顔をした。いける?いけるか?

「でも俺が好きなのはユイだ。ずっと一緒にいたいのは…。
絶対に不自由させないし、大事にする。だから、」

それを聞いて俺は一気に幻滅してしまった。まさか天堂さんがこんな事を言い出す人だとは。
こういう言葉が浮気したい男の常套句だってのは恋愛経験値0の若造の俺だって知ってる。
親友に対する切ない気持ちを抱えている人なんだと、変に美化してしまっていたのかもしれない。
俺は言葉を正して天堂さんに答えた。

「…ごめんなさい。天堂さんの気持ちはありがたいけど、俺は奥さんのいる人とは恋愛としてはつきあえない。」

というか、男と付き合うってのがやっぱり俺にはピンと来ないのだ。一ノ谷さんといい天堂さんといい、他のお客達といい、何でその辺を軽く越えて来れるのかわからない。もしかして元々ゲイなのか。それは別に人それぞれだから良いんだけどその相手に俺を選ぶ辺り、趣味の悪さに心配になる。だってやっぱりアレコレするなら美の欠片も無い珍種より、美形の方が断然楽しい筈だ。

お断り定型文みたいな俺の返答に、天堂さんは物凄く悲しそうな顔をした。
そんな顔は出会って初めて見たので、俺、少し動揺。
何時も明るく笑ってる人が俺のせいでこんなになってるのかと思うと申し訳ない気持ちにもなる。 
あー、しんどいなーと思ってたら、天堂さんがぼそりと言った。

「…別れる。」

「え?」

「別れてからなら考えてくれるのか?」

えええ…。

「確かに、ケジメをつけないままでユイに告白したのは卑怯だった。こんなの、ユイにとっては愛人になれって言われてるのと同じだもんな。」

「いや、あの…えーと…。」

俺は再び困惑した。
え、そのつもりで言ってたんじゃないの?妻帯者と付き合えって、不倫相手になれって意味だよね、普通。

そんな俺の思いを他所に、天堂さんは何かを決意したように続ける。

「わかった、俺、身辺整理してくる。」

ん?

「身辺整理?」

その表現に何故か不穏なニュアンスを感じ取った俺は、思わずオウム返しで聞き返してしまう。
すると天堂さんは神妙な顔をして頷いた。

「先ずは離婚して、それから愛人契約してたコも全部切ってくるよ。」

「…え?愛人契約?」

言われた内容の把握に時間がかかった。ちょっと言ってる事がわからない。
え?愛人契約のコ達、って…複数形?

ドン引きしている俺は多分、無表情だった筈だけど天堂さんは尚も続けます。続けやがります。

「俺、結構性欲強くてね。嫁さん、もう無理って実家帰っちゃって戻って来なくて。だから今、愛人5人囲ってるんだ。」

「…5人…。」

奥さんが逃げ出す程の性欲ってアンタ…。俺は天堂さんに絶句した。
それなのに天堂さんは溜息を吐きながら未だ続ける。
溜息吐きたいのは俺の方。一瞬でもアンタを傷付けたら可哀想かもと考えてた俺の方。

「そうだよな。ちゃんとしてからにするべきだった。危うくユイを他の人間と同列に扱ってしまう所だったな。あはは。」

「……。」

「よし。全部綺麗に精算して、これからはユイ一筋で…。」

にっこり笑いながらそんな事を言う天堂さんにゾッとした。
いやいやいや、ソレ全部切ってマジで俺一筋になられたら、絶対逃がしてもらえる気がしないし俺、死んじゃう。比喩じゃなくてリアルに死んじゃう。小林一茶が年取ってからもお盛ん過ぎて若い嫁さん過労死させちゃったって話が脳裏を過ぎった。
過労死って言うと未だ聞こえが良いけど、つまりヤり殺されたって事だかんな。

少し息を整えて、気を取り直した俺は、天堂さんの目を見ながらハッキリ告げた。

「謹んでご辞退申し上げます。」


本能的な生命の危機を感じ取った俺に、上客に失礼~とか、引っ張らなきゃ~とか、もう全く頭になかった。
これで指名切れるならどうとでもなれと、そんな気持ちだった。

落胆してしょんぼりした天堂さんを見ても、何のフォローも出来なかった俺はプロ意識に欠けているのかもしれない。


……5人て。









    
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