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10 顧客・天堂一臣 1
しおりを挟む今日は火曜日。
大学から帰宅し軽くシャワーを浴びて身だしなみを整えて、バイトに行く用意をする。今日はブランドのテーラードジャケットで敢えて学生っぽさを出していくスタイル。今日のお客がそういうのを好む人だからだ。
実は毎週火曜も、スタートから三時間半は大体同じ人が枠を埋めてくれている。
俺の顧客の中ではまあまあの人。一ノ谷さんが飛び抜け過ぎてるからそんな言い方になっちゃうけど、毎週呼んでくれてる事を考えると、世間的にはかなりのセレブだと思う。
それが天堂 一臣さん。
当然のように高身長、少しガッチリ目の筋肉質、純日本人だって言う割りにはめちゃめちゃラテン系の顔立ち。濃い。とにかく、濃い。焦げ茶のウェーブのかかった髪の、イタリアンブランドのスーツが異様に似合うイケメンなんだけど、なんというか、濃い。年齢は一ノ谷さんより少し歳上の32歳。妻帯者。
天堂さんはもう五年来の店の顧客らしい。
俺指名になった経緯について説明すると、以前呼んでたキャストが大学卒業を機に店を卒業してしまったからという単純な理由だったそうだ。
で、まあ、その時ポンッと新人で入った俺が呼ばれた。タイミングが良かったって事だろうな。以前の指名キャストと同じように大学生バイトってとこも刺さったんだと思う。店のキャストにはバイトは5、6人しか居ないらしいから。
で、指名で呼ばれて話してみたら気も合って、それからずっと毎週火曜の夜は晩飯をご馳走になっているって感じだ。
天堂さんが学生を好むのは理由があるんだと聞いた事がある。自分の、大学生の頃の友人との時間を忘れられないんだそうだ。
残念ながらそのご友人が病気で亡くなってしまってる事も影響してるだろうなぁ。
やっぱり"普通"の、本当に平凡で穏やかな優しい人だったって、俺を見つめながら懐かしそうに言う時、きっと俺にご友人の姿を重ねてるんだろうなと思う。
連れて行かれる場所も店も、友人と行った店が多いんだって言ってた。
何時もは軽快に明るい天堂さんの笑顔が虚ろになって、何処か彼方を見つめながら思い出を語る時。
きっと天堂さんにとってのその友人の彼は、友人以上の存在だったんだろうなと思うんだ。
洗面台の鏡の前で髪の最終チェックをしていたら、背後の洗濯機の上に置いてたスマホが鳴った。表示されたのは川口マネ、の文字。
送迎車がそろそろ到着するという連絡だった。俺は急いで黒の革バッグにスマホを入れ、財布を確認してから玄関に向かった。
出勤時に拾ってもらうのは、家を出て数分の場所にあるコンビニの駐車場だ。帰りは時間的に物騒なので家の真ん前まで送ってもらう。
コンビニが見えてくると、その前には一目で高級車とわかる黒塗りの車が停まっていた。そのリアドアの前に姿勢良く立ち、待機しているマネージャー。俺の姿を確認すると、挨拶をしながらドアを開いて中へと促してくれた。そんな分不相応なくらい丁重なお迎えにも、もう慣れた。最初にそんな事をされた時には凄く戸惑った。わざわざそんな事しなくてもと言った時に、川口マネは店の決まりだからと答えた。慣れて信頼関係を築いた今では車内ではくだけた口調で話すけど、やっぱり要所要所ではしっかり丁寧に接して来るのは流石プロだなと思う。
俺は新人で入店前から何故か既に一ヶ月先迄の出勤予定日が全て指名で埋まるという状況だった為、最初から専用車が付けられていた。新人の入店が決まると、暫く間の開いている顧客やらに簡単なプロフィールと紹介文を画像を付けて回すらしいのだが、それにしても予約競争率と埋まっていくスピードは開店以来前代未聞の速さだったとオーナーにもマネにも笑われたのを未だに思い出す。
きっと他のキャストは普通つってもそれなりに可愛かったりするからじゃないかと思う。業界ド素人の学生だってのもプラスに作用したのかも。
とにかく言えるのは、この仕事を始めるにあたり、俺は最高にラッキーなスタートを切れたという事だ。
後部座席に乗り込んでシートに背中を預けると、運転席に戻った川口マネージャーは簡単に今日の予約スケジュールを告げてくれた。
「今日の一本目は何時ものように天堂様、18時より240分。
待ち合わせ場所はM駅前のKs’カフェ。
二本目は佐川様、港区のご自宅、22時30分より210分。」
「了解です。佐川さん、繁忙期抜けたのかな。」
「二週間くらい開いたよね。お陰で久々に御新規様入れられたけど。」
川口マネはそう言って笑った後、表情を引き締めて言った。
「では、本日も時間厳守でよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
仕事の打ち合わせは確認だけなので、ごく短時間で済む。
店は俺が残業しないのを心得てるし、客もそれを承知してるから無理に延長を言ってきたりもしない。
だからだろうか。先週末の一ノ谷さんの初の5時間延長には、川口マネもオーナーも、聞いた店舗スタッフ達も『とうとうNO.1が落ちたのか?』とザワついたという。ほっとけ。
そんなどうでも良い噂を俺の耳に入れた川口マネは、一旦車を降りてコンビニでドリンクを買ってきてくれた。その後車は駐車場を出てゆっくり走り出した。
M駅迄は車で約10分くらいだ。俺は川口マネに渡された小さな緑茶のボトルを開栓して、少し口に含む。
舌の上に流れ込んできたそれは、仄かな甘みの中に僅かな苦味を残して喉を落ちていく。
さて、今夜も長い夜が始まる。
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