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7 揺れる19歳

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ゆっくりと、噛んで含むように告げる俺の言葉にキョトンとする一ノ谷さん。
いやちょっと可愛いな。

「え…あ、うん。それはわかってるけど…。」

「あ、よかった。そこはちゃんと…、」

「でも別に日本で結婚しなきゃいいだけじゃない?」

「…え?」

張り付けた笑顔が固まる俺と、不思議そうに首を傾げながら事も無げに言う一ノ谷さん。

「出来る国に行けば良いだけだよ。幸い認可されてる内の数カ国には別邸もあるし、暫く暮らすには困らないし。」

「……。」

…まあ、はい。そうですね。それはそうなんだろうけど。つか、言う事がいちいちセレブリティ。
 
「それに、日本でもあと数年内には可能になると思うんだよね。もしかすると、早ければユイ君が卒業する頃には…なんてね。あはは。」

「…なるほど、あははっ…。」

ついお客に合わせて笑う癖発動しちゃったけど、笑い事じゃねえ。これ、俺が弾みで一度でも頷こうものならマジで嫁にされる流れ。
下手打ったァ…。

「い、いや~…でも…俺、卒業したらやりたい事あるし…。」

「知ってるよ。保護猫のお店やりたいんだよね?」

俺は頷いた。 普通は大学卒業後はどこぞに就職というのが一般的なのだろうが、俺は一般企業への就職は考えていない。

小さい頃から動物が好きで、中でも猫には縁がある。だから最初は単純に、助けを求めてくる猫を何とかしてやりたいなって思ってただけだった。だけど成長と共に色んな事を知ってく度に、その思いが強くなってった感じだ。
その事を以前に少しだけ話した事はあったんだけど、まさか一ノ谷さんが覚えていたとは。

「その為の開業資金とか運営資金がたくさん必要だからこの仕事してるんだ、って言ってたもんね。」

「はい。」

実際、保護猫カフェと言っても、利益が上がる事は期待してない。只、猫達に食事や寝床や医療を提供できて、新しい家族に繋いであげられたらそれで良い。
だから俺には、店の収益をアテにしなくても食べていけるだけの金が要るのだ。
その為には、稼げるだけ稼いでおかなきゃならないし、店を始めたら始めたで店の管理や猫達の世話に追われるだろう。
ぶっちゃけ、結婚してるどころじゃない。現在は現在で学校とこのバイトに忙しいから恋人だってままならない。いや、同年代にはモテないけどさ。(2回目)

そんな事を考えていたら、俺の目をじっと見ながら一ノ谷さんが言った。

「その夢、僕なら一生応援してあげられるんだけどな。」

俺はすごくびっくりした。びっくりして、思わず間の抜けた返しをしてしまった。

「え、だって…すごくお金かかるし…。」

「でも僕と結婚したら僕のお金はユイ君の自由だよ?」

「…はっ…!」

何故気づかなかったのか。一ノ谷さんは一回のデートで数百万をポンと出せる超セレブ。俺の夢込みで納得して結婚したなら、運営資金程度の金なんか一生困らんがな!!だがしかし男!!

俺は一瞬血が沸き立って、更に瞬時にスンッと現実に引き戻された。
そーだよ。男なんだよ。どんだけ超優良物件でも、一ノ谷さんは男なんだよ…。
男の一ノ谷さんと結婚するって事は、つまり体格差からしても絶対に俺がズコズコされる側…。
女の子とすら未経験の俺が、女を知らないままでそんな事に?でもでもでもでも、それさえクリア出来たらたくさんの猫や、もしかしたら保護犬だって助けてやれるかも…。

俺は夢と貞操と打算の狭間で葛藤して目を閉じて唸った。そして…。

「…す、少し考えさせてください…。」

絞り出すようにそう言うと、一ノ谷さんは微笑んだ。

「わ、初めてだね。」

「え?」

「だって今迄は、未だ結婚なんて考えられません、って返されるばかりだったのに、初めてだよ。そんな前向きな返事。」

「…あは。」

確かに。いやだって、将来の夢って結婚相手の経済力ありきで考えないじゃん。
特に店の同性のお客相手なんて最初から除外してたし、何なら保護猫カフェなんて夢、理解されないとも思ってた。でも…協力、してくれるのか…。
決して財力に屈するつもりは無いんだけど、ちょっと特殊な将来設計だから、男女関係無く理解してくれた上でそれでも良いって受け入れてくれる人なんて、そう居ないんじゃないかと思って揺れてしまった。

それだけ、なんだけど。

「嬉しいよ。少しは本気に取ってくれてるのが。」

一ノ谷さんは優しい笑顔で俺を見つめてくる。
慈愛に溢れた微笑みだ。
俺は一ノ谷さんの顔は好きだ。声も良い。性格だって穏やかで優しいし、俺に触れてくる手は何時だって優しい。

(あれ?俺、何で一ノ谷さんとはナシだと思ってたんだっけ…?)
※男だからです。


「ユイ君、キスして良い?」

「うん。」

ぼんやりしてたから、普通に反射で答えてしまってから、あれ?と気づく。でも気づいた時にはもう遅かった。
至近距離には一ノ谷さんの綺麗な顔があったし、唇には柔らかな熱が押し付けられていた。長い睫毛だ、と伏せられた一ノ谷さんの目を見て思った瞬間、キスされてるんだとやっとわかった。
でも、思っていたより全然嫌じゃない事に気づいて、そのまま俺も目を閉じた。


それが、俺の初めてのキスだった。



















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