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5 一年以上で初ですが
しおりを挟むさてその夜も、水分補給の後、素敵な香りのする乳緑色の入浴剤入りの湯に漬けられた俺は、これでもかってくらい念入りにキレイキレイされて、バスタオルに包まれて丁寧に水分を拭われた後、バスローブを着せられてドライヤーで髪を乾かされた。
介護よりペットか…?と、これまた毎度の葛藤が襲い来る中、睡魔に迄襲われる。今となってはしっかり一ノ谷さんの手に馴染んでしまった俺は、危機感ゼロなので大体この辺りで寝てしまうパターンだ。
そうすると一ノ谷さんがベッドに運んでくれて、寝かせてくれる。んで、数時間後に終了時間前のコールで目覚めると、ベッドで一ノ谷さんに添い寝されてるんである。
わかる?
19のガキに飯食わせてモノ買ってやって、風呂や諸々の世話して寝かしつけて、自分が大枚はたくんだぜ?
奇特過ぎるだろ。
あんまり不思議だったから一度、マネージャーに聞いて見た事がある。
そしたら、
「え、でもユイ君だって保護した猫にご飯やってお風呂入れてドライヤーで乾かしてあげて、病院とか連れてって大枚はたくでしょ?似たようなもんじゃない?」
と言われて、なるほどと納得……いや、出来る…か?納得…。猫と人間の男じゃそもそも質量もかかる労力も違うだろーよ。
そう反論してみたけど、
「一ノ谷様とユイ君の体格差や財力差からしたら、猫みたいなものなのでは?」
と言われてしまう。
…そうかもな?一ノ谷さん、185以上はあるし、スラッとして見えて、ひょいっと軽く俺を抱き上げるから、(うわ、腕の筋肉すげえ。)って毎回思うもんな。俺みたいな貧相なガキなんか猫扱いなんだろな。俺だって猫を洗う時、きっちり肛門も洗うもんな。
俺をアベレー神って恭しく扱うくらいだから、きっとやらしい気持ちなんか無いんだよ。変に意識する俺が自意識過剰なんだよ。
そう思うと何だか一ノ谷さんにお世話されるのが気楽になり、今に至っている訳だ。
スマホのアラームで目が覚めた。終了時間の15分前に設定してるやつだ。
目を開けてアラームを止めて横を見ると、俺と目が合った一ノ谷さんが少し寂しげに笑った。
「今夜ももう直ぐお別れなんだね。寂しいな。」
「俺も…。」
…と返すのはこの手の接客業じゃ基本マナーだけど、一ノ谷さんに関しては俺もちょっと名残惜しく感じるんだよな。少し情が移ったのかもしれない。
だって、変な雰囲気になる事もないから色事を躱す必要も無いし、とことん甘やかしてくれるラクなお客だから、そりゃ俺じゃなくてもこうなる。
結婚して欲しい、一生君のお世話がしたい、ってのは、神どうのというより、単に寿命が長いペットの方が都合が良いってだけじゃないかと思いたい。
俺だって、何年も世話して可愛がった猫が虹の橋渡るの辛いし、やっぱりもっとこいつらの寿命が長ければなあと思う。病気とかだと仕方ないとは思うけどさ。
だから、そんな感じかと勝手に解釈してる。
だけど、今夜の一ノ谷さんは何時もとは少し違った。
「ユイ君。」
ベッドから起き上がった俺が欠伸をしながら上に両腕を伸ばして伸びをしていると、改まった様子で俺を呼ぶ一ノ谷さん。
「はい?」
俺が答えると、一ノ谷さんは少し躊躇いがちに言った。
「…朝まで延長とか、駄目かな…?」
「えっ?」
俺はびっくりした。
だって、一ノ谷さんが延長を言い出すなんてこの一年で初めての事だったからだ。俺が純粋に驚いて黙っていると、一ノ谷さんは俺が困っていると思ったのか、苦笑した。
「ごめんね、言ってみただけ。困らせたね、忘れて。」
「いえ、困ってなんか。只、初めてだなってびっくりして。」
一ノ谷さんは週末の俺の出勤時間を独占しているからという理由からなのか、単に勤務時間以上の時間拘束を俺が嫌がると思っているのか、申し訳なさそうにしている。
「猫達が待ってるもんね、早く帰ってあげないと…。」
そう言って俺の帰り支度を手伝ってくれるつもりで抱き上げてくれようとする一ノ谷さんの肩に軽く触れた。
「…一晩くらいは大丈夫ですよ。家族もいるからご飯は困りません。」
言ってしまってからハッとする。何でそんな事言っちゃったんだろう。
確かに俺は猫を四匹飼ってるし、基本的には世話の責任は拾ってきた俺にあると思ってるけど、実家住まいで両親も祖父もいる。
俺が不在の時間は、猫達を可愛がってくれている祖父が世話をしてくれてるから、例え一日二日俺が家を空けたって猫達が困る事は無い。只、猫達に会えないと俺が寂しいってだけだ。
だから俺は泊まりはしないって決めてたんだけど…。
さっきの、思い切ったように口に切り出してくれた一ノ谷さんの表情を見てると、どうしても無下には出来なかった。
そして、俺の返事に表情を明るくしていく一ノ谷さんを見てしまうと、もう引っ込みもつかない。
「ほんと?嬉しいな。
ユイ君毎日学校や仕事に頑張ってるから、たまにはゆっくり寝てって欲しいなと思ってたんだ。」
明日は日曜日だしね、と言いながら嬉しそうに微笑む一ノ谷さん。
「そうですね。じゃあ、店に連絡入れます。」
近隣で待機してくれてるマネージャーに悪いな…と思いながら店に連絡を入れようとスマホを手に持つ俺。いやマジでマネージャーどうしよ。世話されてタラタラ寝てるだけの俺と違って、車中待機してくれてるマネージャーはキツイ筈だ。待つのって何気に辛いからな。
「あ、でもユイ君のお店って、送迎の人は近くで待ってくれてるんだっけ。
きっと待つのもキツイよね。
ユイ君さえ良いなら帰りは車で送らせるか、都合が悪ければタクシー手配させるけど…。」
俺の心を読んだように横からそんなフォローを入れてくる一ノ谷さん。つまり、送迎車を帰してやれって事だろうな。
流石というか何と言うか。痒い所に手が届く人だ。まあお客の種類によっては良き悪しき別れるとこだけど、何せ一ノ谷さんだし…。
タクシーにしても、俺が住んでる場所を知られたくないかもと思ってくれてるんだろうな。
「あ、じゃあ、送迎車は帰ってもらいますね。」
一ノ谷さんに延長時間の確認をして、マネージャーに連絡を入れた。
直ぐに既読がついて、オーナーに確認する、と返ってきた3分後、今度は電話が掛かってきた。
『延長おめでとう。引き落とし確認済みです。
あと、一ノ谷様に電話を替わってもらえますか?』
営業モードの川口マネージャーは俺に対しても丁寧な敬語だ。
「了解しました。」
俺は横で見ている一ノ谷さんに目配せしてからマネージャーからの電話を替わる。
「はい、一ノ谷です。
…はは、どういたしまして。…はい、…はい、わかりました。ではお預かりしますね。」
和やかに談笑という感じで会話を終え、俺にスマホを返してくる一ノ谷さん。俺は再度スマホに耳をあてる。
『一ノ谷様なら大丈夫だとは思うんですが、そこ迄していただくのはあまりに申し訳ないという事で、別のスタッフが私と交代でお迎えに伺います。』
あ、まあそうなるか。店側としては、一ノ谷さんが格段に信用度の高いお客様だからといっても、送迎迄甘えるのは流石に…って事だろう。
自由度の高い店とはいえ、なあ。
「わかりました、じゃあまたその時に確認入れます。」
俺はそう言って電話を切り、一ノ谷さんにありがとうございます、と延長の礼を言って、にこりと笑いかけた。
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