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3 語源はわかる。
しおりを挟む箱を開けてスーツの上衣を手に取ると、指に触れた生地の心地良さに感嘆が漏れる。やっぱ良い。
一着50万也。
付属品込みで90万超え。
属性・普通、で実家もごく庶民な俺の家では、そこそこ出世してる父さんだってこんなに良いスーツは着てない。
因みに例の感染症流行時に保育園児や幼稚園児だった父さん母さん世代がギリ"普通"世代だ。
父さんは接種組だけど母さんは体の事があり未接種。親の片方が未接種の場合でも、産まれてくる子供が"普通"になる訳ではない。そんな組み合わせでも、8:2の割合で美形出産率の方が圧倒的に高いのだ。だから"普通"は希少な訳で…。
そんな事を考えながら着替えを開始。同梱されていた新しいシャツに袖を通してパンツを引き上げて、新しいベルトを締めて。姿見の前に立ち、ネクタイを締めて上着を着て髪を整えた。
「…ま、俺だとこんなもんか…。」
鏡の中には平凡顔が馬子にも衣装で薄ら笑い。
「このスーツも、皆みたいに背が高くてイケメンならバチッと似合ったんだろうになぁ。」
そう呟くのは毎度の事だ。
皆知らないんだろうな。
周りの同世代皆が綺麗な中で、自分だけが冴えないってのがどんな気持ちか。
希少だから良いって訳でも何か優れてる訳でもなくて、只珍しいだけでチヤホヤされてる。
それが俺の現状だ。
まあ俺も、それを利用して稼いでるんだから文句は言えないけど。俺の夢の為には金は幾らでも必要なんだよ。
「お待たせしました、一ノ谷さん。」
「あ、やっぱりその色にして良かったなあ。ユイくんの健康的な肌の色に良く似合ってる。」
「そうですか?ありがとうございます。」
健康的っつーか、普通肌なんだけど。何なら直射日光の強くなってきた最近は、顔とか腕とか、シャツから露出した部分が日焼けし始めてるし…。
そんな俺の思惑を他所に、一ノ谷さんは近づいて来て目の前で膝を折る。最初は何事かと思って慌てたけど、最近は慣れた。
「ああ…素敵だ…。素敵です、アベレー神。」
そう言って俺の腰に両腕を巻き付けて腹や股間に頬を擦り付けてくる一ノ谷さん。
無の心境でそれを受け止める俺。…ごめん、嘘ついた。慣れたなんて嘘です。
未だに毎回これやられる度、胸の中ザワつく。
アベレー神って何だよ。いやアベレージから来てるんだろうけど。わかってるけど。ふざけてるとしか思えん。
一ノ谷さんは"普通・平凡"崇拝者なのだ。
世の男共の中には処女崇拝とか処女厨っているだろ?でもあれって相手が処女じゃなくなったら興味無くすのかな?まあ普遍性は無いよな、恋人が出来りゃ大抵セックスする事になるだろうし。
その点、"普通・平凡"は裏切らない。だって、どぎつい化粧をしない限り、見た目ってそんなに変わらない…って考え方らしい。
でも俺、爺ちゃんに聞いた事があるんだよな。
今でこそアンチエイジングケアが主流の美容クリニックの前身が、実は整形外科って病院で、爺ちゃんが若い頃は目を二重にしたり鼻を高くしたりする整形手術ってのが流行ってたらしいって事。
なのに現在って、希少種の保護や保存って事なのか、どこのクリニックでも俺らみたいな"普通"には絶対顔にメスを入れないって事になってるらしい。何それ。理不尽過ぎん?俺だって二重になってみたいんだけど?
俺は腰に巻き付いている一ノ谷さんの綺麗な髪の形良い頭を見下ろして、その肩に両手を置いた。
一ノ谷さんはお客の中でも激太客。俺はバイトの身とはと言えど、店のNO.1を張るこの道のプロ。
客の楽しみを阻害したりはしない。実害が無い限りは客の意向に寄り添い、出来るだけ要望を満たしてやるのがプロってものである。
「俺の為にいつもありがとう。圭人は優しいね。」
一ノ谷さんは掛けた俺が言葉に、恍惚とした表情で見上げてくる。うっとりとしたその目は俺の平凡面を映して蕩けている。
俺に王子様のように振舞って欲しいという一ノ谷さんは、入り込んで来ると名前を呼び捨てにして敬語を取っ払うと喜ぶという、なかなかの性癖の持ち主だ。
俺が首の後ろを撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。けれど、その目の奥の光はじっと俺を捉えたままだ。
「ユイ様、貴方の為なら僕はどんな事だって…。」
一ノ谷さんのその言葉が、プレイの一環の戯れではなく本気なのはわかってる。
だって俺は、出会った日からずっと、この人に結婚を申し込まれてるから。
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