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2 顧客・一ノ谷 圭人
しおりを挟む「予定通り、今日もオールで一ノ谷さん。何時ものパールパレス2001号室ね。」
出勤時に迎えに来てくれた送迎車の中で、助手席に座っていたマネージャーの川口さんにそう告げられた。
「はいよー。」
「良いね。ナイス平凡。」
「…。」
相変わらず反応し辛い合いの手で、何でも全肯定の川口マネのイケメン振りは今日も健在だ。まあ、世の中九割美形なんだけどな?
少し説明すると、マネージャーってのは店自体のって事じゃなくて、俺個人の担当マネージャーだ。この店ではナンバー持ちになると個別にマネージャーが付けられて、スケジュール管理をしてくれたり、ボディガードになってくれたりする。
どこに出しても恥ずかしくない平凡普通モブフェイスの俺達キャストは、こう見えて超絶貴重な店の財産なのでどんな子もめちゃくちゃ大切にはしてもらえる。ナンバーに上がらなくても、仕事が入れば出来るだけその時空いているスタッフが着いて行って近隣に停めた車の中で待機する安心のフォロー体制なのだ。
ウチの店は、少し異色だ。
男性客専門に"普通"男子をレンタルしてる店なんだけど、性行為を売りにしてるんでもないから風俗って訳でもないし、ちょっと特殊な人材派遣って感じ。でも実際は性行為が全く禁止という訳でもない。
それはあくまでキャストと客の関係性によるというか…。但し、どんな場合でも無理強いはNG行為だし、入店から退店迄一度も客とそんな関係にならずに卒業式していったキャストもたくさんいる。
何なら俺もそうなるかもしれない。お客さん達は財力もあって良い人ばかりだけど、今の所俺自身の性志向は女の子に向いてるから、幾ら良い人でも恋愛対象にはならない。
じゃあそんな店で、俺がお客と何をしているのかと言えば、外でのデートだったりが殆どだ。ホテルや自宅に呼ばれて、部屋で一緒にまったり過ごす客もいるけど、やっぱり圧倒的に外デートが多い。
金持ち連中の間では、珍しい"普通"を連れ歩くのがステイタスらしかった。
入会金もレンタル料金も他のクラブや風俗店なんかより断然高い。だけど金さえ持ってりゃ誰でも使えるって訳ではなくて、顧客になるにはそれ相応の身分と収入が保証されていなければならない。それが理由なのか、新規客は常連の顧客からの紹介ばかりだ。
ぶっちゃけその方が信頼性も高いから店側としちゃ派遣するリスクも低いしラクなんだろうと思う。
万が一、紹介で入会した客がオイタでもしようものなら、本人だけでなく紹介者もバカ高い違約金を取られた上、連帯責任で除名される。そのお陰か、今迄そこ迄危ない目に遭った事はなかった。なかったが、そこそこ癖が強くてウザい客は何人もいる。
ちょうど、昨日今日と俺の出勤時間を買い占めている、一ノ谷さんのような
…。
一ノ谷さんが俺を呼ぶ時は、先ずパールパレスホテルという超高級ホテルの2001号室という決まりがあった。2001号室はスイートで、どうやら彼はその部屋をペントハウス的に使っているようだった。
ホテルの車寄せで車を降りると、俺は何時ものように真っ直ぐに専用エレベーターへ向かう。
ロビーに居た客達に目で追われるのは慣れっこだ。俺達平凡は世界中の何処へ行こうとこんな視線に晒される。そういう宿命なんだからいちいち気にしてられない。
世の中には俺達みたいな"普通"をペットとか性奴隷にしたいなんて物騒な事を考えてる連中もいるらしいから用心はしなきゃいけないけれど、必要以上に気にしてたら何処にも出かけられない。
エレベーターを降りて足を踏み出した先は臙脂色の絨毯の敷かれた廊下。
このフロアは広い客室が四室のみしかないVIP専用フロアだ。
俺は慣れた足取りで順路を歩く。
指定されたルームナンバーの前に立ち、扉をノックした。チャイムではなくノックをしてくれってのもよくわからない要望だけど、理不尽な事を要求されない限りはお客の望みはある程度叶えてやる事に決めている俺は、毎度大人しくコンコンしてる。
「はい。」
中から穏やかな低い声がして、扉が開いた。声の主はすらりと長身の、笑顔が眩いイケメン。色素の薄い茶色い髪を後ろにゆるく撫で付けて、上質な薄いブルーのシャツと濃紺のスラックス姿。上着を脱いで寛いでいたらしい。
「いらっしゃい、ユイくん。」
「こんばんは、一ノ谷様。今日もご指名ありがとうございます。」
俺は挨拶をしてから軽く頭を下げた。
一ノ谷圭人さんは大体毎週、金土を連日予約してくれている。俺が出勤している八時間丸々だから、時給に指名料と交通費を含むと、土日料金では軽く百万を超える。それを、平均月八日。そんな事が難なく出来る財力を備えているのは、俺が抱えている指名客の中でもほんの数人だ。
正直、セックスしてる訳でもない相手に何故そこ迄金を突っ込めるんだか俺には理解出来ないけどな。
「今日は先週オーダーしたスーツが仕上がってきたから、それを着て食事に出よう。」
「わ、出来てきたんですか。ありがとうございます。でも、今日はゆっくり部屋食かと思ってました。」
「ふふ。ユイくんを見せびらかしたいんだよ。」
「一ノ谷さんってば。」
肩を抱かれて隣の部屋に入ると、大きく重厚なテーブルの上に置かれた見覚えのあるテーラーの納品箱。
本来、オーダースーツって納品迄1ヶ月は待たされる。他の客にスーツを作って貰う事もあるけど、その時はそれくらい掛かってる。それに、納品の時も店に引取りに行くし…。だけど、一ノ谷さんの場合はそれは当てはまらないみたいだ。
一年前に初指名された時を皮切りに、何度も服やら靴やら装飾品をプレゼントしてもらったけれど、フルオーダー品でも毎回一週間くらいで出来上がって届けられて来てる。
「じゃ、着替えて来ますね。」
そう言って俺はスーツの箱を両手で持ち、隣の寝室へ向かった。
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