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88 留守電
しおりを挟む月岡がその着信に気がついたのは、4時間目の授業を終えて職員室に戻ってからの事だった。
授業中はスマホをデスクの鍵付きの小引き出しの中に置いている。しかし戻っても立て続けに授業があり、慌ただしく準備をして追われるように次の教室に向かわなければならない。結果、休み時間毎の確認など出来る訳も無く、大概は昼休みか、全ての授業とSHRを終えた放課後以降の確認となる事もしばしばだ。
今日はついさっき終わった4時間目が自分の受け持っているクラスの授業で、1週間ぶりに登校したと聞いていた夏原の顔も見た。少し痩せたようだったが食事は取れているんだろうかと気を揉みながら職員室に戻ってみれば、スマホには通知が数件。その内2件は定期的に利用している通販の商品広告と、アプリのアップデートのお知らせメール。それから電話とLIMEのアイコンに通知バッジが付いていた。
アプリをタップして開くと、数人の友人からのメッセージ。不在着信の履修を見ると、和久田という名が表示され、月岡は目を瞬いた。和久田とは、十日ばかり前に大学時代の友人伝てに月岡にコンタクトを取って来た探偵だ。斗真が現在付き合っている相手からの依頼を受けての連絡だと説明された。
何でも斗真は、依頼人である同居中の恋人に、「急用が出来たので暫く実家に戻る」とのメッセージを寄越したきり連絡が取れないのだという。それで心配した恋人が、友人である和久田に斗真を捜してくれと依頼したらしい。そのメッセージを受け取る少し前に仲違いをしていて、それが恋人の心配に拍車をかけているのだと和久田は語った。
「実家に戻ると言っていたのなら実家に連絡してみては」と月岡は突っ込んだのだが、聞けば、恋人は斗真の実家を知らないらしい。理由は、聞いてもザックリとしか語りたがらなかったから無理に聞き出すのが躊躇われたからだと。
そう聞いて、斗真の家族の複雑な事情について知っている月岡は何となく納得した。斗真が口を濁す場面が容易に想像出来る。
斗真は、故郷を出てから知り合った人々に、あまり自分の事を語りたがらなかった。それは恋人になった相手に対しても同じだった筈だ。でなければ、恋人が探偵を使わなければならない状況にはならないだろう。
月岡も普通なら、見も知らぬ相手から一方的にそんな話をされても安易に信用したりはしない。本人に了解も取らず個人情報を洩らすのも、有り得ないと思っている。が、今回和久田を繋いで来たのは、今でも月岡が親しく交流を持ち、信頼している友人である。それに…斗真の身を案じて必死に実家の連絡先を知ろうとしているという"恋人"にも、少し同情が湧いていた。
結局、「ただ無事を確認したいだけだ」という和久田の言葉を信じて、月岡は斗真の実家の電話番号を告げた。そして、和久田との会話を終えた後、自身も斗真のスマホを鳴らそうかと考えて、すぐに思いとどまった。
月岡が思うに、おそらく斗真の『急用で実家に帰る』は嘘だ。もし本当に急遽実家に帰らなくてはならないような事態になっていたなら、斗真はその旨を月岡には連絡して来ると思う。何の用だろうが帰省するのなら、親友であり現在は郷里に戻り住んでいる月岡をスルーするとは思えない。
何があったのかは知る由もないが、あの斗真の事だ。その行動には理由があるに違いない。その上で助けが必要な時は、きっと頼ってくれるだろう。よしんば、恋人との行き違いが原因だとしたら、頭を冷やす為に少しの間1人になりたいと思っているだけかもしれない。
(少し時間をあげて様子見する方が良いんじゃないだろうか)
月岡は、斗真という人間に対する信頼感から、そう思ってしまった。ただ、やはり気になって、和久田と会話した翌日に斗真にメッセージを送り、その数日後に『変わりなく元気だよ』との返信があった。実際にはその頃、斗真は鳥谷に傷つけられて雅紀の部屋に匿われたり、再び鳥谷に拉致されたり、庄田と離れて住む為の部屋を探したりと激動の日々を過ごしていた訳だが、それは未だ月岡の知るところではない。
斗真からの『元気だよ』メッセージからして、あの後間も無く恋人の元に戻り、言葉の通り以前と変わりなく暮らしているのだと思っていた。なので、ここに来ての和久田からの連絡に首を傾げてしまう。
もしや律儀にも、斗真が無事戻ったとの報告だろうか?しかしそれにしては、斗真の返信から日が経ち過ぎているような…と思いながら月岡が再び履歴に目を落とすと、2件の内1件が留守電になっていた。
留守電のメッセージを聞いてみると、 聞き覚えのある抑揚を抑えた和久田の声で、忙しいところに何度も電話をした事を詫びるものと、
『至急、コールバックをいただけないでしょうか。ワン切りしていただけましたら掛け直します』
というものだった。
(至急?そんなに急ぎなのか?まさか、斗真に何か…)
急に不安になって、斗真にLIMEを打ってみたが、数分待ってみても既読が付く様子は無い。月岡は時間を確認し、スマホを持って職員室を出ると、静かな場所を探して廊下を奥に進んだ。そして殆ど人の行き来が無い階段の踊り場で和久田に電話を掛けた。掛け直しますと言って切ろうとする和久田を押し止めて、そのまま話を聞く。
至急なんて、一体どんな話があるというのか。
しかし、やや身構えながら聞いた和久田の言葉は意外なものだった。
『庄田…斗真君の恋人なんですが、その庄田が少し前からそちらへ行ってまして、月岡さんにお会いしたいと。お忙しいのは重々承知でお願いします。お仕事が終わってからで構いませんので、お時間いただけませんか』
斗真の恋人。月岡が手に出来ない肩書き。
聞きながら、どうしても眉根が寄ってしまうのは仕方ない。斗真が幸せであれば良いと割り切ったつもりでも、まだ胸の中には消しきれない想いがある。時に、ぶり返してしまう嫉妬がある。
自分をそんな気持ちにさせる人間に会って、果たして平静で居られるだろうか。しかし、斗真に何かあったのかもしれないなら…。
月岡は、スマホを持ったまま暫し沈黙した。
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更新ありがとうございます!
こちらこそ長らくお待ちいただきありがとうございますです!🙇♀️
更新嬉しいです!!楽しみに待ってました!
これからどうなるかハラハラドキドキです🥹
大変!長らくお待たせいたしまして、面目次第もございませーん!!🤦♀️
やっと更新できましたあ!
ご感想ありがとうございます
とても斗真に寄り添いながら読んで下さっていて、本当に嬉しいです。
現在、更新が非常〜にゆっくりになってしまっておりまして面目次第もございません。
ですがお目に留めていただけたのも何かの縁。彼らの行く末を見守っていただけたら幸いです🙇♀️