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一応の処置を終えて、雅紀はもう一度斗真に聞いた。

「本当に病院には…?」

「…行かない。」

「そう…。」

やはり意思は固いようだ。もっと強く勧めたい気持ちはやまやまだが、あまり執拗くすると出ていくと言い出しそうだ。
雅紀は一旦諦めて、斗真を寝かせたまま布団を掛けた。

「でも、これからどうするつもり?家に帰れば庄田さんには知られるんじゃない?」

使った薬やガーゼをチェストの引き出しに仕舞いながら、雅紀は斗真に問い掛けた。表面的な傷なら転んだで済まされるかもしれないが、夜の営みで体を求められたら…。
斗真の恋人の庄田はアルファだ。突っ込んで聞いた事は無いが、斗真の方が受け身なのは、雰囲気でわかる。思い返してみれば、庄田と出会ったであろう辺り以降から、斗真の纏う空気は何処か艶めかしかった。

「何時までもは誤魔化せないんじゃない?」

1、2度断る程度なら、体調や疲労と理由が付けられるだろうが、男性に対する恐怖心を抱いてしまっている今の斗真に、庄田に不自然さを抱かせない振る舞いが出来るだろうか。傷が癒えるより先に、庄田が異変を感づかれてしまうのでは?

「…倦怠期な訳でもない恋人同士が一緒に暮らしてる以上、知られるのは時間の問題だろ。先に打ち明けた方が良いんじゃない?斗真は被害者なんだから、庄田さんだって…」

「どうしても、知られたくない。」

自分の言葉に被せるように返答した斗真の様子に、雅紀は少し驚いてしまう。確かに、パートナーにこそ言い難い事ではあるだろうが、斗真の性格上、好きな相手にこんな事を隠し通せるとは思えない。それに、交際間も無く自宅に囲い込むほどに斗真にベタ惚れらしい庄田なら、それを知ったからと斗真を手放すとは思えない。むしろ、犯人に憤って報復の一つもしてくれるだろうに…。

「信じてないの?庄田さんの事。」

「…そういう訳じゃない。ただ…。」

「ただ?何?」

「……。」

斗真は、自分を犯している最中に鳥谷が放った言葉を思い出していた。

『アンタは羽純と似てる。』

少し前ならスルーできたその言葉に引っ掛かったのは、そう言われた事に腑に落ちる部分が幾つかあったからだ。
庄田と暮らし始めて3ヶ月の間に幾つか感じた、とりとめの無い違和感。

一緒に住み始めてから、家の中で使う様々な日用品は斗真の趣味に委ねられた。芳香剤、ボディソープ、シャンプーや洗剤を始め、カーテンや寝具の買い替え、ありとあらゆる物を自由に買い替える権限を。

『もう斗真の家なんだから、斗真の住み良いようにして良いんだよ。』

そう言って、斗真の手にクレジットカードを載せた庄田の目は本気だった。
斗真を迎え入れるにあたり、寝室に置かれていた羽純の仏壇は使っていない別の和室に移動されていた。その和室が少し暗く寂しげだったので、リビングの隅にしようと提案したのは斗真だ。リビングなら日当たりも良く、庄田や斗真の滞在時間も長い。斗真は羽純に悪感情を抱いていない。流石に寝室にそのまま、というのは気まずいが、自分が家に入った事で寂しい部屋に追いやるなんて出来ない。かつて庄田が愛した人をぞんざいに扱うような真似はしたくなかった。
庄田は、斗真がリビングに仏壇を移動させたいと言うと、涙ぐんで礼を言ってくれた。彼はきっとだいぶ葛藤したのだろうと思う。その上で、斗真を大事に思う気持ちを優先してくれた。それだけで十分だと思えた。
偽善でも、生者の奢りと取られても、斗真は庄田の過去の愛を、共に大切にしたかった。

そして始まった日々の暮らしの中で、庄田は斗真に惜しみない愛情と優しさを注いでくれた。
斗真も、少し窮屈に感じる事はあれど、庄田の愛に応えるのは幸せだった。
何気無い日常の中、ふとした時に斗真が選び取る物達を見て、満足そうに微笑む庄田。

『やっぱりそれなんだね。』

『ほんとに趣味が似てる。』

『これも好きかと思って。』

気にも留めてこなかったその言葉の数々には、どんな意味が込められていたのだろう?
それらを持ち、使い、纏う斗真の中に誰を見ていたのだろう。

(俺と羽純さんは…似ている、のか…。)

庄田が人の容姿の美醜に拘る人間ではないらしい事はわかっている。選り取りみどりに選べる立場にいながら、平々凡々な自分を選んだくらいなのだから。

ならば、何処を見て?
平凡な斗真の何を見て、出会って間も無く好意を抱いたというのか。  

見つけたからではないのか、斗真の何処かに、失くした人との共通点を…。


(本当に匠は、"俺"を愛しているのだろうか…?)

鳥谷に言われた事で、斗真の中の小さな違和感達が繋がってしまった気がした。
庄田からの愛の全てを否定する気は無い。だが、彼の中の最愛は誰なのだろう?

斗真は今、鳥谷に乱暴された事に傷ついている。けれど、庄田が自分の中に羽純を見続けているかもしれないという推測にも、同じくらいのショックを受けているのだ。

あれだけ"斗真自身"として庄田に愛されていると思っていた自信が、つき崩されてしまった。


「…帰りたくない。迷惑なのはわかってるけど…、暫く置いてくれないか。」

斗真は小さな声で雅紀に頼み込んだ。
あの家に帰りたくない。今の斗真は、庄田に向き合う事自体が、怖いのだ。




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