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31信頼

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鳥谷が斗真に、平日の昼日中に声をかけたのは、その時以外に隙が無かったからだ。

調べるにつれてわかってきたのだが、庄田は新しいパートナーである菱田斗真を過剰な程に守っていた。車での毎日の送迎、休日の買い物も付いて行き、宅配や郵便物は絶対に庄田が受け取りに出る。余程、羽純を失ったのがこたえたのだろうが、ベータの男にこれはやり過ぎではないだろうかと流石の鳥谷すら思った程だ。
オメガではなく、番にもできず、ヒートを迎えた最高のコンディションでめくるめくセックスを与えてくれる事も無く、子も孕めず…。
そんな相手をそこまで厳重に守る価値があるのか。何故そんなにも入れ込んでいるのか。
 
鳥谷には全く理解出来なかった。
だが、そうやって囲い込んで守っていると知れば知る程に、触れてめちゃくちゃに傷つけたくなる。
だからその取っ掛りを掴む為に、平日の昼間を狙って接触した。菱田斗真という人間は、日頃は自分で弁当を持参し、昼食時にも社外に出る事は少ないらしい。だが、月に二度程度、同僚に付き合ってランチに出る事もある。
鳥谷が斗真に接触するまでの下調べは、実に3ヶ月に及んだ。短気な性格の鳥谷にしては、なかなか腰を据えたものだ。

今日、昼に外に出る事がわかったのも、その忍耐の結果と言えるかもしれない。斗真に近い同僚の1人をマークして、社内での彼の周辺情報を得る事に成功していたのだから。





「庄田 匠の運命の番だよ。…鳥谷遥一って言えば、アイツもわかる筈だ。」

そう言ってやった後の、菱田斗真の表情の移り変わり。それは鳥谷の期待していたものとは少し違った。

「…そう、ですか。」

数秒、表情を失くした後、斗真は直ぐに目に生気を取り戻した。

「以前、運命の番らしき人との出会いがあったけれど羽純さんを選んだというのは、聞いた事があります。」

驚愕を一瞬で消して淡々とそう言う様子に、鳥谷は拍子抜けした。何故、もっと動揺しないのか。今まで鳥谷に恋人を寝盗られた連中は、皆もっと悔しがった。泣いたり、喚いたり、浮気した恋人を責めて目の前で修羅場が始まった事も数え切れない。鳥谷は毎回それを嘲笑いながら見物した。寝盗られて鳥谷に文句を言いに来ても、いざ鳥谷を目の当たりにすると勝ち目の無い絶望に何も言えなくなる負け犬達を見下すのは、何時だって気分が良かった。

『お前の相手が俺に本気になったのはお前に魅力が無いからだ。』

そんな言葉を面と向かってぶつけてやった事も、何度もある。
何時でも鳥谷は勝ってきた。庄田と、庄田の恋人だった羽純以外には。だが羽純は消えた。今度は鳥谷の圧勝の筈だった。ベータだという斗真は、"運命の番"である鳥谷の前に、勝負にもならず屈する筈だった、のに…。

「貴方が何を考えて俺に接触して来たのかは知りませんが、俺は全て知った上であの人と一緒に居ます。」

毅然と言い放つ、この菱田という男の冷静さは何なのだろうか。ぎり、と鳥谷の方が苛立ちで奥歯を噛みしめた。

「…は?アンタ、ベータなんだよな?運命の番のオメガと競えると本気で思ってる?」

こめかみに青筋を立てながら嘲笑を浮かべる鳥谷を相手にしても、斗真が臆する事はない。

斗真は斗真で、突然現れて衝撃的な事を言った鳥谷に対して、内心面食らっていた。
運命の番だと言われた事にも、目の前の男がオメガであるという事にも。何故なら彼は、斗真が知るオメガ達とも、世間一般のオメガのイメージからも逸脱した存在に見えたからだ。華やかで綺麗な顔はしているが、体格が良過ぎる。ベータの成人男性の標準よりも少し背の高い斗真と同じか、もう少し高いだろうか。
その男が放った"運命"という言葉に、一瞬だけ反射的に庄田との別れを連想してしまった。同時に、過去の恋人達との別れも蘇ってきた。だが、直ぐに思い出したのだ。
庄田が、出会った運命の番ではなく、羽純を選んだ理由。羽純と惹かれ合ったのは、バース性としてだけではなかったと。そして、運命だった筈の相手に対する、隠しきれない嫌悪を表していたあの言葉を。

『匂いや本能は強烈に惹き寄せられたよ。でも、人間性を尊敬出来なかった。そんな相手と子供を作って一生を添い遂げるくらいなら、苦しくても本能に抗うのが、人だ。』

あの穏やかな庄田が、そこまで言い捨てた相手を今更選ぶとは思えなかった。他のどんな魅力的な人間が現れたって。それなら最初から別の人間を選んでいた筈だ。
庄田は、決して斗真を裏切ったりなんかしないと信じられた。

庄田が日々与えて続けてくれた愛の言葉と、それによって培われた自信が、鳥谷という存在への脅威を失わせた。



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