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28 拒絶された運命 1
しおりを挟む鳥谷 遥一(とや よういち)という男がいる。
すらりとした長身で、ややアクの強い美貌を持つ"オメガ"だ。
彼を一言で表すなら、奔放。
鳥谷は、一見するとオメガのようには見えない。世間一般のオメガのイメージと言えば、並より小柄、華奢、整った顔立ちに、庇護欲を唆る儚げな雰囲気。だが、鳥谷の場合は、その殆どを裏切っている。
高身長に適度な筋肉質の体格は華奢とはとても言えない。顔だけはかなり美しいが、中性的というより、男性的。あらゆるスペックも高く、自分に自信がある故に傲岸不遜さも垣間見えるさまは、いっそアルファと言われた方が納得してしまうくらい。
鳥谷はオメガとしてのフェロモンに誘引されるアルファ達のみならず、その見た目に惹き寄せられるベータや、オメガも性別に関係無く食い散らかす淫乱だ。そして、基本的にトップだ。つまり、タチ専。
しかも、それらの相手にパートナーがいるのかも気にしない。アルファと番になって制約のかかっているオメガ以外なら、大概は寝盗る。
だが、その所業が祟ったのだろうか。
俗に言う、"運命の相手"を取り逃してしまったという苦い過去がある。
その運命の出会いは、大学生になって間も無くの事だった。
出会って視線が絡んだ瞬間、確かに反応があった。体中に微弱な電流が走ったようになり、次には鼻に届いたフェロモンに嗅覚を支配され脳髄まで痺れた。お互いにそれがわかった筈なのに、相手のアルファは鳥谷から目を逸らした。
信じられないショックだった。
相手のアルファが、鳥谷の好みど真ん中の高身長で甘い顔立ちの同年代の男だった事も、それに拍車をかけた。
しかもそのアルファは、既にオメガを連れていた。華奢で可愛らしい顔をした、オメガらしいオメガ。だが鳥谷から言わせれば、単なる弱々しい貧相な男。
何故、自分の運命のアルファの筈の男が、そんな貧弱そうなオメガをそばに置いているのか全く理解出来なかった。
鳥谷の運命の番であるアルファーーー庄田 匠。
鳥谷は庄田に固執した。
顔を会わせる度に口説き、誘惑した。お前になら体を明け渡しても良い。何せ、運命の相手なのだから。そう口にしても、庄田は表情を固くして眉を寄せるばかりだった。
その内、痺れを切らした鳥谷は、構内を1人で歩いていた庄田を捕まえて、物陰に引き込みキスをした。直接的な接触を持てば鳥谷の方が優れたオメガであるとわかる筈だと思ったからだ。だが、結果は散々たるものだった。
『君のご乱行は聞いている。随分派手に遊んでいるらしいな。俺の友人達の中にも、君のお遊び相手になった奴が何人かいるよ。』
鳥谷を突き飛ばした庄田は、シャツの袖で唇を拭いながら冷たい声でそんな言葉を口にした。
『オメガに貞操を求めるタイプか?意外と前時代的なんだな。』
突き飛ばされ、尻餅をついた状態で庄田の言葉を笑い飛ばした。くだらない。番以外とのセックスなんか、たかが遊びじゃないか。
だが、笑われても庄田の嫌悪の表情に変化は無かった。その上、優しげな顔に侮蔑の色まで浮かべて、言った。
『時代の問題じゃない。他人とのセックスがどうとかの問題でもない。セックスに対する意識の違いだ。』
『意識?』
『俺は別に、相手の経験値の有無を重要視してる訳じゃない。体を繋ぐ行為に対して誠実さを持たない人間を受け入れられないだけだ。』
『誠実…?』
何だそれは。
それまでの鳥谷の人生に、最も縁遠かった言葉だった。
『君は俺の好みからは程遠い。さっさとその匂いをどうにかして立ち去ってくれないか。』
呆気に取られたままの鳥谷に、庄田は聞いた事がないような苛立った声でそう言った。肘で鼻を押さえて、今や不快さを隠さない表情で。
庄田から受ける、二度目のショックだった。
おかしい。運命の番とは、あらゆる事象も困難もものともせずに惹き合うものだと聞いた。なのに、鳥谷の運命のアルファの筈の庄田は、他のどのアルファよりも難攻不落だ。フェロモンでも落ちない、身体的接触でも落ちない。アルファとして欠陥でもあるんじゃないのか、と鳥谷は憤慨した。
あまりの屈辱に、立ち上がった後、フンッと鼻を鳴らしてその場から立ち去って来たが、時間が経つ毎に腹立たしくなった。
ちょっと良い男だからって、あれだけ人を馬鹿にするとは何様だろうか。
(勝手にしろ。あんな貧相なオメガで満足してるような奴、こっちから願い下げだ。)
以来、卒業まで鳥谷と庄田は顔を会わせても口も利かなかった。
鳥谷が再び庄田の事を耳にしたのは、卒業して一年も経ってからだ。友人と飲んでいた時の、近況報告の一環として。
ーー庄田の番が事故で死んだらしい。ーー
ーー庄田はショックで今でも入院中らしい。ーー
庄田の番とは、あの時に見た貧弱なオメガだろうか、と思い出して、フッと嘲笑った。番に先立たれるなんて。
(俺という運命を拒絶したバチが当たったんだな。摂理を無視するからだ。)
ーー良い気味。ざまぁみろ。ーー
そう思った。
不謹慎だとか、そんな事は鳥谷には関係無い。
運命の番を押し退けてまで他のオメガを選んだ甲斐も無く、その番を失ったアルファ。なんて惨めなんだろうか。
できるものなら庄田本人の前に行って高笑いしてやりたいくらい愉快な気分だった。
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