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2 ものわかりの良い男
しおりを挟む菱田斗真という男は、本当に恋愛運が無い。厳密には、無いというより巡り会わせが悪いと言えば良いのか…。
斗真は平凡な顔立ちの割りに結構モテる。顔は並みでも、柔和で優しく温厚だからだ。要するに、性格イケメン。
175センチの中肉中背、清潔感重視で短く整えた黒髪。大きくも小さくもなく、やや垂れ目がちの黒目。鼻は高過ぎも低過ぎもせず、唇は意外と整った形。笑うと余計に人の良さが滲み出て、それがまた人の心を惹き付ける。だから斗真に本気で恋をする者が出てきてしまうのは仕方のない事だった。
だがそんな者達に対して、斗真の方はと言えば…。
基本的に、他人の好意を無下にできない性格の為、告白を受けたら真面目に考えた。相手がいる時なら当然、申し訳ないけれどとその場で断る。
斗真は優しいが、決して優先順位を間違える事はない。絶対にその時の恋人を裏切るような真似はしなかった。
けれど、どれだけ斗真が誠意を尽くしても、愛し合っても、恋人との最後は何時もあっけなくやってきた。
何故か斗真と付き合い始めてある程度経つと、恋人達の目の前には彼らに本当に相応しい相手が現れるのだ。結果、ベータである斗真が弾かれる事になるのは当然の流れだった。
それなのに。
皮肉な事に斗真に強く惹かれるのは、アルファやオメガを第2性に持つ者が特に多かった。斗真自身はベータであるにも関わらず、だ。
斗真は何時もそれを不思議に思った。
そりゃあ、世の中にはベータと恋愛したり結婚して家庭を持っているアルファやオメガも居ない事はない。けれど、言うほど多くはない。同性・異性に関わらず、アルファはオメガと、ベータはベータ同士でくっつくのが自然の流れだからだ。
本来、アルファとオメガの特殊な関係性というものは彼らだけの間で成立して完結するものであって、そこにベータは異物でしかない。その証のように、アルファ×オメガ間に比べ、彼らとベータ間とでは子供の出生率さえも格差がある。ベータとの間に子供が生まれる確率は低く、生まれたとしても成長後の第2性はほぼベータ。そして総体的に短命気味だ。
だから、優秀な次世代(α)を生み出す可能性の高い番婚が優先的に保護され、通常の婚姻よりも優遇されるのは当然だと考えられている。
アルファとオメガは、互いを求める本能には抗えない。それは例え心の中に愛する誰かがいたとしても、理性ではどうにもならないものなのだから仕方ないのだそうだ。
だから彼らを伴侶に選んだベータは不貞を許さなければならなくなる。それはとても理不尽な話に思えるのだが、実は当のアルファやオメガ達もその理不尽さを抱えている。理性を備えて生きるのが人間であるというのに、本能に逆らえず恋人や伴侶を裏切ってしまった自分に嫌悪と罪悪感を抱いている場合が殆ど。フリーの時に番になる相手が現れるのとは訳が違うのだから、当然だ。まあ、中には嬉々としてそれまでのパートナーや配偶者を捨て去る者もいない訳ではないが、それは個々の人間性による。
その点で言うなら、斗真が今まで付き合って別れた過去の恋人達は、誠実だったと言えるだろう。
告白してくる時に、他にどんな相手が現れても心を動かされたりしないと思うのは皆同じだ。恋というものは、その人以外は見えなくなるものなのだから。斗真に想いを告げて来たかつての恋人達も、最初は皆そうだった。真剣な眼差しで、震える声で。頬を、耳を赤く染めて。
だからこそ斗真も、絆されて気持ちを受け入れてしまう。後で互いに辛い結末を迎える事をわかっていながら。良くないのはわかっている。自分の心が傷ついてすり減っていくだけになるのも。
けれど、まだ起きてもいない事で彼らの気持ちを拒絶する事は出来なかった。
案の定、一緒にいる時間が増えて互いを知れば知るほど、斗真も彼らに惹かれ、愛してしまう事になる、毎回そうなってしまう。
そして、そんな蜜月は何時だって長くは続かない。恋人の様子がおかしくなってきたら、それは別れを切り出される前兆だ。それがわかっているから、別れ話の話に呼び出されても斗真は取り乱したりはしなかった。
皆、斗真へ心を残したまま、理性を保てなかった自分を恥じていた。
だから、斗真は決して彼らを責めないと決めていた。あっさりと別れてやることが、彼らの心を軽くしてやれるのだと信じた。
斗真が彼らを受け入れる時の信条、
『好きになり過ぎないこと』。
情の深い斗真にそれが守れた試しはまだなかったけれど、彼には愛した恋人達の幸せを祈りながら身を引いてやる事しかできないのだ。
ベータなんて、所詮はその他大勢の脇役なのだから。
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