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優希君のその後の話(中編)
しおりを挟むカウンターを出て優希の背中に回り込む。
「お前、ちょっと裏来い。」
スタッフ2人に店を任せる旨を伝え、有無を言わせずどアホ(優希)の左手首を掴んで、バックヤードに連れ込んだ。
「えっ、ちょ、まっ…」
目を白黒させている優希を狭い事務室にぶん投げるように放り込む。
デスクとちょっとしたソファがあるだけの小部屋だ。
大の男2人入っただけでもう結構な圧迫感があるが、店の中で他に漏れずに話が出来る場所なんか、ここくらいなのだ。
「…痛った…。何だよ…。」
そりゃ放られた先がそんなに柔らかいわけでもない安物のソファなんだから多少痛いのは仕方ない。
だけど先刻の俺の胸よりは痛くはないだろ…。
ぎり、と我知らず唇を噛んでいた。
この男と知り合って以来、腹立たしく思う事は数あれど、今日ほどに抑えられない怒りを覚えたのは初めてだ。
付き合って間も無かった恋人を寝盗られた時でさえ、こんなにまでは。
腹立ちついでに、未だ体勢を整えられていないアホに覆いかぶさってやる。
「お前って、ほんと…ムカつくわ…。」
ムカつく。本当に。
だから、こうして唇を奪うくらい、仕方ない事なのだ。
溜飲なんか、下がらないけど。
唾液に濡れて密着した唇の隙間をなんとかこじ開けて、舌を逃がそうとする優希。
しかし後頭部を掴み直されて失敗する。
それに、舌だけ逃げても意味が無い。
背中もガッチリ日坂の太い腕にホールドされている。
身を捩ってもびくともしないので、段々優希は怖くなってきた。
日坂が急にこんな事をするのも、わからないので尚更だ。
逃げても逃げても、咥内で日坂の舌に捕まる。
絡められて、吸い上げられて、内も外もくまなく舐め上げられて、酸欠になる。
こんなの、鼻呼吸だけでは無理である。酸素が追っつかない。
実は優希は、SEXほどにはキスをしてきていない。しかも、絶倫ではあるけれど、熟してきた量に見合うほど、SEXが上手い訳でも無かった。
むしろ、下手。
積んできた実戦が無駄打ちだったのかよと哀しくなるくらい、下手なのだ。
そういった行為に成長が見られないのは、本人の性質によるものなのかもしれない。
相手の表情などから、これはああした方がとか、こうした方がより反応が良いなとか…そういった部分から学び習得していくのは性技も他の事と同じだ。
そして実技を積めば、大概の者は上達していく筈なのだが、子供メンタルで相手を慮る事が苦手な優希にはその才は花開かなかった。
穂積は完全な掘られ損(?)である…。
にも関わらず本人は経験豊富ぶって自信満々。
せっかく顔や体に群がって来た相手とも続かない理由は、何も性格の問題だけでは無かったのだ。
1度でも優希と寝た男女は、終わった後に必ず思う。
(見掛け倒し…。)
そんな優希が体験した、初めての日坂とのキス。
死ぬほど魂消た。
喰われそうなほど激しいのに、優しく思いやるようでいて、執拗に追いつめてくる舌。
え、こんなにまでしてくれんの?
コイツめっちゃ俺の事好きじゃん…
と、思わず勘違いしてしまいそうになるほど、歯列を割り歯の1本1本を、咥内の隅々までを舐り回される。飲み込めず溜まった唾液ごと掻き回してくる。
柔らかく、時には硬く。
舌にこんなにも緩急をつけた動きが出来るなんて、これまで優希は考えた事もなかった。
それともこの細やかさは、見た目に反して存外性質の優しい日坂だからなんだろうか。
キスだけで本当にイケるほど感じさせられる日が来るなんて、思ってもみなかった…。
優希は日坂の舌技に溺れた。
「…ぱんつ気持ち悪い。」
「……悪かった。」
長々15分以上にもわたる口吸い(正しく口吸いである。)の結果、感じすぎた優希が下着の中で射精してしまい、それを機に日坂は少し冷静さを取り戻した。
取り戻したは良いが、既に優希の下着の中は洪水である。
このまま1人で帰れというのも薄情な気がして、取り敢えず日坂は優希をそのまま待たせて最寄りのコンビニへ走った。
男性用下着(黒)を買いに…。
「俺、トランクス嫌いなんだけど。」
なのに開口一番、これである。
「すまん。一番近い店やとそれしか無かったわ。ウチにボクサーの買い置きあった筈やからそれまでこれで勘弁してくれ。」
「えええ…。ならそれまで無しで良い。」
唇を尖らせて不満顔でそんな爆弾発言を投下してくる優希に驚愕する。
え?危機感とかは?
ここまでの流れで勘の良い方は薄々勘づいているかと思うが、実は日坂、大学時代からこのボンクラ優希が気になってた→現・好き…である。
正直に言えば、タイプで言うと、告白して付き合う事になった穂積よりも、断然ど真ん中。
スラッとした高身長で手足が長く、特に腰と臀の控えめな曲線は芸術品かってほど美しく悩ましい。
小さな顔に収まる睫毛ビシバシのタレ目、それ生意気そうな表情をつくる通った鼻筋、薄いのに艶めかしい唇、くっきりはっきりした輪郭は男っぽいのに、密でマットな肌がそれを裏切るソフトさを醸し出す。
少し癖のある柔らかい髪質も良い。
筋張っているのにピアニストのようにしなやかで長い指なんか、咥えてみたらどんな味がするのか…。
そのどれもに、いつか触れてみたい。
とにかく、外見だけなら100点を超えて1万点つけたいくらい、優希は日坂のドドドタイプだったのだ。
だからこそ、例の事件の時でさえ、強く怒れなかったとも言える。
だがまあ、穂積を傷つけた事は確かなのでその点にキレはした。
どんな理由があろうと、レイプは犯罪だ。
しかもその後、自分と別れた穂積が優希と付き合う事にしたと聞いた時は、穂積はそれで良いのかと心配になる反面、優希に対してのモヤモヤした、正体のよくわからない気持ちもあり…
。
その後2人とは距離を取り、そのまま卒業。
数年前に偶然、優希が自分の店を訪れるまで、彼との縁は切れていたものとばかり思っていた日坂は内心狂おしいほど歓喜したのだが。
その優希は思いもよらない状況に陥っていたのである…。
なんというか…
優希はやっぱ、優希だな…というか。
成長したせいか、物憂げさがプラスされて美人度には磨きがかかってはいるが、精神面がヤバい方向に向いている。
大学卒業前に自分を捨てた恋人の幻影を、追い続けている。
そしてその恋人に似た女と結婚した迄は良かったが、にも関わらず既に離婚協議中というのは、やはりと言う感じだった。そしてその傍ら、幻影本人を見つけ出し、追っている。
再会したまでは良いが、優希の心には相変わらず日坂の介入する余地は無さそうなのだった…。
それでも、再会した優希は 日坂に悪い感情は無さそうだし、なんなら週2~3程度で来店する。
他に友人知人の類がいないから、仕事とは言え根気よく話を聞いてくれる日坂は貴重だと、何となく感じているのかもしれない。
話を聞いてやって、不味い事になりそうなら適当に諌めてやれば良いと考えていた。
幸い穂積には結婚寸前のパートナーがいるというし、割って入ろうにも穂積はあれでなかなか慎重な男だ。2度も同じ轍は踏むまい。
それに、流石に学生時代のように簡単に事が運ぶ筈も無い。
精々、本人の気が済むまでやって玉砕すれば、泣き言でも聞いてやって、今度は誰かにかっ攫われないように徐々に優希の心に侵入して行けば良い…。
そう、タカをくくっていたのに。
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