いや、ねぇわ(笑)

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優希君のその後の話 (前編)

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「ギムレット、もう一杯…。」


とあるバーのカウンターで静かに酒を再オーダーする一人の男。
そしてそれを、

「あかん。」

と煙草を灰皿で揉み消しながら、即却下する男。

昔の恋人だった穂積に、先日コテンパンに振られた松田優希は、数少ない知人、日坂の経営するバーにクダをまきに来ていた。
日坂とは大学時代に出会った顔見知り。こういう知人付き合いをし出したのは社会人になってからだ。
知人付き合い…ってのも聞きなれない言葉だが、優希の言い分では、友人とまではいかないから知人付き合いで間違いないらしい。
しかし、単なる知人と言い張る割には来店頻度は結構なペースなので、日坂にはタダのツンデレだと思われている。


「お前…めっちゃ下戸のくせに毎回変にカッコつけてオーダーすんのやめろ。」

日坂は呆れ顔で空になった優希のグラスを下げ、新しいコースターとグラスを置いた。

職業柄だろうか。
身長に見合った大きな節くれだった手や長い指が、意外にも細やかに優しい動きをするのを見るのが、優希は結構好きだった。 
何だか自分が大切に扱われている気がするから。


無言でグラスの中の液体に舌の先端をつけて、眉を顰める優希。

「…ポカリじゃん…。」
「ポカリで十分やお前なんか。」
「俺は客だぞ…。」
「毎回俺が買うてきたっとるいちご牛乳から卒業してから言わんかい。」

いつもはいちご牛乳。
しかもそのいちご牛乳代は日坂の持ち出しである。
優希が日坂と偶然再会して、何かと言えばこの店に入り浸るようになって4年。
初日を除いて、酒代?を払った事は殆ど無かった…。

日坂も日坂で、下戸だから絶対コイツに酒は出すな、とスタッフには言い含めていたのだが、たまたま所要で出ている間に事情を知らない新人のバイトがオーダーを通してしまったらしい。
店に帰って来てみると、優希はギムレットで真っ赤になって眠そうにユラユラしていた。
半量飲んだところで既に1回吐いた。と真顔で報告してくる馬鹿。
何故その時点でやめとこうと思わず続行するのか。
日坂は溜息を吐いた。


「やからやめとけ言うたやろが。」

酒の事だけではない。

(未練たらしいんじゃ、お前は。)

この4年、望んだ訳では無いが、嫌でも優希の愚痴を聞かされ、見て来ざるを得なかった日坂は、詳しい事を聞かずとも大方の事は察していた。
離婚で揉めている事、やっと離婚出来た事、穂積を見つけたが邪魔な奴がくっついてる事、最近の穂積へのストーカー行為。
大体は毎回、窘めたり諌めたりしていた記憶がある。最近では叱り飛ばした事もある。
だが叱られたくらいでやめるような性格でもないのもわかっていたので、この際通報でもされて痛い目見て来い、という気持ちもあった。

「やっと穂積に振られたんか。」
「ねえんだって、俺。」
「せやろな。」

そりゃそうだろう。
何せ相手は既に婚約者持ちの男だ。
自分の時のように簡単には行くまい。

「マジでアホやな、お前って。」


実はこの日坂、大学時代に付き合って間もない穂積を優希に寝盗られた気の毒な男、その人である。
とはいえ、意外と温和な性格である日坂は、その当時でさえ2人をそんなには恨んでいなかった。

優希が、卑怯な手段で穂積を傷つけた事に対しては激怒したし、穂積がそれを理由に別れて欲しいと言ってきた時も悲しかった。
だが、お互いずっとその事を心に沈めたまま付き合っていけるのかと考えると…結局は穂積の気持ちを優先するしかなかった。
優希に対しても、犯行自体は許せなかったが、何年も片思いやアプローチに気づいて貰えなかった末に切羽詰まって、焦った末の事であると聞いてしまうと、少し同情もした。
レイプ犯に同情とか…と思われそうだが、好きな相手が目の前で他の人間に奪われ続けて、それなのに自分は気にも留めて貰えない、って事が繰り返されれば、少しおかしくなるのも仕方ないのでは、とも思ったのだ。
ちょっと良いな、と思って告白して、付き合い出してまだ日が浅かったというのもある。

現時点では自分と優希とでは、穂積に対する熱量に明らかに差がある。
そこは、敵わないと素直に思ったし、被害に遭った筈の穂積が絆されてしまったのも、そういう事もあるか…と 理解出来なくもなかった。
むしろ、まだ気持ちが乗り切らない内の別れで良かったかもしれないとも考えた。
もう少し付き合って、穂積にガッチリ嵌ってしまってからこれをやられていたら、恐らく日坂は優希を許せなかっただろう。
 

(そこまで好きな相手を、これ以上奪っちゃ、あかんよなあ…。)

手段は間違っていたが、気持ちに嘘はないんだろう。
そういう人の方が、穂積を幸せに出来るのかも。

そう、自分を納得させて、穂積と別れたというのに。

なのに、このアホは、あんな別れ(られ)方しやがって。



大学を卒業して、数年。
家業の一端を担う形で店を任され、その任された店で再会するまで、日坂は優希の事をすっかり忘れていて、思い出しもしなかった。

優希に再会した時、既に穂積への気持ちは昇華されていたが、大学時代の優希の所業はまだ少し許せなかった。
しかし6、7年も前の事を何時までも根に持っていては新しい関係は築けない、と 切り替えて大人の対応を心がけてきた。
そして、何故か度々来るようになった優希の相手をしている内に、彼に対する見る目も自分の気持ちも少しづつ変化していくのがわかった。

優希は、孤独なのだ。

孤独で、一途なのだ。

そして、純粋なのだ。

優希は寂しい子供なのだ。

容姿は綺麗だが、直情的過ぎる性格故に度々起こる周囲との軋轢。
苛烈なところもあり、傍に人が残らなかった。
家族との関係は話題に上らないから聞いた事はないが、まあ…つまりは、そういう事なんだろう。

だから初めて本当に手に入って、辛抱強く自分の要求に応え続けてくれて、傍に留まってくれた穂積が大好きで大好きで、戻ってきて欲しくて、あんな別れ方をしたのにも関わらず、ずっと執着し続けた。

俺は生まれながらにモテてきたし、みんなに愛されてる、と自己肯定感に満ちた、傲慢な自意識過剰発言も、実際は己を守る為の哀しい鎧である事も、今はもう日坂は知っている。
地球上にこんなに人間がいるというのに、友人未満とカテゴライズしている筈の日坂が 自分の1番の理解者なのであろう事にも、きっと優希本人は気づいている。

日坂は優希が不憫で仕方なかった。

しかしその憐憫も、先日優希が穂積宅で仕出かした事の一部始終を聞き終わる頃には綺麗さっぱり消え失せる事になる。


「俺、嫌だったけど頑張ったんだぜ。
2日も経つのにまだケツ痛てーもん。」
「…お前の頑張り所は昔っからズレてんねん。ちょっと裏来いや。 
せっかくのバージン、無駄に散らして来やがって。アホが。」




















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