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【最終回】 砂漠の国で見る夕陽 (雪side)
しおりを挟む「…って訳で、当分こっちいるから。…当分?って言うか…。
…ま、里帰りはするからさ。」
『は?当分?里帰り?
いや雪、お前…。』
絶句。兄、絶句。
俺は取り敢えず母国の兄、創一郎に連絡を入れとく事にしたのである。
口が固く頭の回る兄にさえ話を通しておけば、実家は上手く回るのだ。
しかし、ラディスラウス殿下…いやもう面倒だな。
ラディスが生きててしかも国外で働いて生活している事には、非常に面食らっていた。
さもあろう。
立派な成人男性ながら、温室中の温室育ちの皇太子殿下に、体力勝負の現場仕事ってのが頭の中で繋がらないのは当然だ。
俺達貴族だって、俗に言う肉体労働とは無縁なんだから。
ある程度掻い摘んで事情を説明すると、兄は俺と全く同じように はああ~…と長い溜息を吐いた。
だよね。わかる。
『ご無事だったのは喜ばしい事だが…そんな肉体労働をお選びになられるとは…お労しい。』
「お労しくありませんでした~。筋肉ムキムキでカッコよかったですう~。」
『…雪、お前…。やっと元気になってきたと思ったら…そんな、市井の若い娘達みたいな物言いを…。』
兄は俺にも呆れていた。
『…お前は、良いのか。』
「何が?」
『…お前は、殿下に……いや、』
兄が言いたい事はわかる。
俺とラディスの間に何があったのか、察してるんだよな。
俺が婚約を嫌がって泣いた事も、ラディスを嫌っていた事も、兄は全部見ていた。
俺を助けられなかった事に凄く罪悪感を感じているのも知ってる。兄だって未だ学生だったんだから、仕方ないのに。
「…大丈夫だよ。」
俺は画面の兄に向かって笑った。
「兄さんが思ってるより、俺 この人の事嫌いじゃないから。」
『そうか。…ん?この人?』
「なんだ。創一郎か。」
シャワーを浴びて来たラディスが半裸でフレームインして来て、兄がテンパる。
『殿下…?!』
「すまなかったな…。」
『…本当に、もうお戻りには…?』
「俺は全てを放棄した。国を捨てたんだ。
俺は死んだものと思って欲しい。」
『…。』
幼い頃から学友としてずっとラディスに仕えていた兄には、辛い言葉だったろう。
兄はラディスが消えて今日迄、どんな気持ちでいたんだろう。
ずっと忙殺されていた兄の姿を思い出す。
『わかりました。御心のままに。』
「よせ。俺はもうお前の主ではない。」
『…では、』
すうっと兄が息を吸うのが見える。あ、これは…
『アンタはいつもやる事が突飛なんだよ!!心配ばっかさせやがって!!!
ウチの弟、これ以上不幸にしたら今度は絶対許さないからな!!!
殴りに行くぞ、そこ迄!!!』
キーン、とするような大声量で兄が怒鳴った。
ラディスが目が点になるほどびっくりしている。
俺もしてる。
『失礼。』
「創一郎…なんか、色々…すまん。」
『はい。』
それからラディスは気を取り直したのか、兄に言った。
「無責任ですまん。
でも、これからの自分にも雪にも、責任は持つから。
許して欲しい。」
そう言って頭を下げたラディスに、兄はもう何も言えないようだった。
言いたい事は、他にもたくさんありそうだけど、一先ず飲み込んでくれたんだろう。
『…雪を頼みます。』
そう言って、兄の方から通話が終了された。
その直後、一言だけのmineが来た。
『国の事はご心配なく。』
後処理は兄が一番大変そうだな、俺とラディスは顔を見合わせて苦笑した。
「わっ、熱…っ」
指南役の草鹿が横でハラハラしながら見守っている。
鍋に切った野菜を入れた瞬間、中のスープが少しはねたのだ。
「大丈夫でございますか、雪様。」
「大丈夫大丈夫、油じゃないから全然平気。」
俺は鍋の中を木べらで大雑把に掻き混ぜる。
草鹿の表情に不安の色が濃くなる。何故だ。
この国で暮らす事にした俺は、取り敢えず仕事を探す前に家事スキルを身につけようと思ったのだ。
ぶっちゃけ金には困ってはいない。俺個人の財産はそれなりにある。
だがずっとユアン先生んちで世話になる訳にはいかないし、他に家を借りて住まねばならないのなら、先ずは家事だと思ったのだ。
別に部屋は余ってるから構わないのに、と言うユアン先生のご厚意はありがたいが、そういう訳にはいかない。
そして俺は、ユアン先生の計らいで幾つか見せてもらった物件の中から2LDKとかいう、未知な面積の部屋に引っ越した。
そしてそこで、心配して殆ど毎日顔を出してくれる草鹿に家事を習っている。
日常的な家事魔法さえ使えない俺は、自分の体で習得するしかないのだ。
とはいえ、自分の体以外、スプーン一本洗った事の無い俺にとって、食器を洗ったり料理を作ったり服を洗濯したりってのは、骨が折れるけど新鮮でもあった。
なんかこう、自分の力で色んなものが綺麗になってくとか出来上がっていくのは面白いしやり甲斐がある。
草鹿は毎回、不安顔で帰って行くが…。
ある程度家事が身についたら、何か俺でも出来そうな仕事でも探すかなあ。
…いやでも出来そうな事って、あるかな…?
ネット関係なら何とかなる?
それとも、
「…俺も、復興作業手伝うかなあ…。」
自分の腕を出して力こぶを作ってみる。作って……。できないな。
筋肉欲しい。
鍋の中はグツグツ上手い具合いに煮えてきて、良い匂いがしてきた。
肉もいい感じの柔らかさ。
だいぶ上達してきたよね、これ絶対美味いと思う。
「今日、成功じゃない?」
と、草鹿を見ると、ニコッと微笑んで、
「そうですね。素晴らしいです、雪様。」
そう言って褒められた。
ふふ、俺、結構料理の才能あるのかも。
夕食の時間が楽しみになってきたなあ。
「ただいま~。」
そして夕方。
待ち人は今日も腹を減らして帰って来た。
夕食後の散歩に出た。
なだらかな稜線を描く数多の砂の山たち。
砂漠に落ちる夕陽は大きくて、見える世界全てが赤と金に染まる。
見渡す限りの砂の海が風に波打つ。
数年前にはこんな景色を一緒に見る事なんて、考える事すら出来なかった。
夕陽に照らされて黄金色に輝く髪。
見ている間に夕陽はすっかり姿を消して、静かな光を湛えた月明かりと静寂が世界を支配する。
「冷えてきたな。戻ろうか。」
大きな手が差し出されて、俺は頷いてその手を取る。
暖かい、俺より体温の高い手。
かつて世界一俺を傷つけて、
今は世界一、俺を大切に守ってくれる、その手。
家路に向かい、砂を踏む2人分の足音だけが 静かに響く。
心地良い風が吹き抜けて、俺の手を引いて少し前を歩く彼の髪を揺らす。
月の女神さま。
運命は繋がりました。
ありがとうございます。
俺の生涯唯一の魔法、
ありがとう。
俺は運命を変えて、生きて、それなりに幸せな未来を掴めたよ。
今、俺達は砂漠の国で、一緒に暮らしている。
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