ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。

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一生許さない (雪side)

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何だか色々拗らせてるラディスラウス殿下を取り敢えず受け入れ、やりたいと言ってた仕事を世話したユアン先生。だが、散々世話になった和皇帝に黙ってる訳にもいかないと思い、先日連絡を入れたらしいが…。

和皇帝は、先ずは息子が生きていた事を喜んだ。
そして、自ら皇籍を脱ける迄に追い詰められていて、全てを置いて其方に渡ったのならそれなりの覚悟はあるのだろう。
そちらで自力でやっていくと言っているのなら好きにさせてやって欲しいと、今度はあちらに頼まれた。

親としては苦渋の決断…なのか、既に息子の嫁の方が期待出来ると切り替えたのかどっちなんだろうか。両方かな。


そしてラディスラウス殿下は目立つ容姿を誤魔化す為に髪を染め、ユアン先生の用意した新しい身分証(平民)で、建設現場で働き出した。

使い物にならない、と どやされながら。

でも、ひと月ふた月経つ内に、それなりにサマになってきて、今では結構しっかりやれてると現場監督からも聞いてる、とユアン先生が俺に言うと、それを聞いたラディスラウス殿下はちょっと照れていた。

いや、嬉しいのかよ…。
まあ、嬉しいか。




ひと通り事情を聞いた俺は、はあ~…と眉間を押さえながら長い溜息を吐いた。


ユアン先生が知ってて黙ってたのも腹立たしいけど、それはここで真面目に復興に協力して頑張ってくれてるラディスラウス殿下の気持ちを汲んでたって事なんだろうが、問題はアンリ大公殿下だ。

だってあの人、皆が騒いでる時、最初から全部わかってて黙ってたって事だろ。
どういうつもりなんだ。

俺がそれを言うと、ラディスラウス殿下は言った。

「違うんだ。叔父上にも、俺はどうしたいのか、ちゃんと告げていた。だから言わずにいてくれただけなんだ。
国の皆には突然の事だったのだろうが、俺には数年考えていた事だったんだ。」

だから、アンリ大公殿下もユアン先生も悪くない、と言う。


「…貴方って人は…。
皆が、どんなに心配したと…。」

それはそうだ。一国の皇太子が突如失踪したのだ。
和皇だけでなく、一応は世界的ニュースにのったのだ。

「すまないと思ってる。」

殿下は目を伏せた。


「雪を失って、見る事すら出来なくなって、俺は本当に苦しかったんだ。
死のうとも思ったが、この世界に雪が生きてる事を思うと死ねなかった。
かといって、会ってはいけない。
同じ国にいれば、何れはまた雪に迷惑をかけそうな自分が怖かった。だから国を出ようと思ったんだ。
でも、立場的に無理だろう…。
だからユアン殿に甘えたんだ。」

ポツポツ話し出す殿下。

俺を、ねえ…。

「でも、殿下には立派なお妃様と、お子様がいらっしゃるじゃないですか。俺の事は既に断ち切られたものと思っておりましたが…。」

そう言うと、違うと返ってきた。


「違うんだ。
…実は 俺はオディールとは1度たりとも体を重ねた事は無い。
あやつとは、ある協力関係ではあったが、それ以上の感情も関係も無かった。
あの子供達は、周りを黙らせる為に人工授精でオディールが産んだ子供だ。
…俺の種には、間違いないが。」


ユアン先生は反応しないって事は、それも知っていたのか。
草鹿は、ああ…みたいな感じだけど思い当たる節でもありそうだな?

しかし俺は初耳だ。思わず聞き返してしまう。


「な…それは、本当ですか?」


殿下がこくんと頷く。

なんて思い切った強硬手段を…。

でも何故かホッとしている自分がいる。



「雪を…解放してやるのに、雪に何の責めもいかないようにする為に、協力してくれると持ちかけられて。
だから俺も、彼女が望むものを与える為に協力した。」

「えっ、俺?」


確かに殿下に女性と子供が出来た事によって、マスコミも世間も俺に同情的になってたし、解消は本当にすんなりだった。
皇室が全ての責を負う形での幕引き。

殿下はその為の準備をしていたって言うのか。あの正妃様と一緒に。


「そんな…そんな事の為に…。」

「だって雪は、婚約を辞めたがってたじゃないか。
俺の事も、憎んでも憎み足りなかっただろう…。
あんな事をして、雪を心の病に迄追い込んだんだから。」

自嘲気味な笑みを浮かべる殿下。

やっぱりこの人も、苦しんでたんだな と思った。

 
そうだ。簡単に許せる事じゃない。この人にされた事は最低最悪の事だ。
でも、俺だってこの人を、そこ迄追い詰めた。


「そうですね。一生、許さないと思います。」


俺がそう言うと、

「わかってる。」

と、殿下は悲しそうに笑う。


「でも、俺もあれからずっと考えてたんですよ。
で、今話をお伺いして、やはり自分の考えは正しいと思いました。」


俺が言うと、殿下が不思議そうな顔で俺を見た。


「貴方みたいに何しでかすかわからないような滅茶苦茶な人には、俺がいないとダメでしょうって事です。」


「…え?」


ポカンと聞いてたラディスラウス殿下の端正な顔が、数秒後にはみるみるクシャッと歪み、せっかく止まっていた涙が再び滝のように流れ出した。


「雪…ゆき、すまない、すまなかった…。」


あーあ、本当にこの人、俺の前ではよく泣く。

しょうがないな…。

立ち上がって、泣きじゃくってる殿下の座ってるソファの後ろに回り込んで、背中に覆いかぶさった。
首に軽く腕を回し、日焼けした首筋に鼻を埋めると、すごい汗臭かった。俺の知らない彼の匂い。純粋な、汗と体臭だけの混ざった匂い。

嘘だろ草鹿…マジで服にしか浄化かけてないの…。


「仕方ないから、そばにいてあげますよ。」


そうすると俺の腕を掴みながら殿下はますます涙を流す。



「でもっ、俺、俺にはっ、もう何もない…っ、」

「ん。」

「金も、権力もっ、雪にやれるものは、もう何も…。」

「はい。」

「何も、して…やれない、」

「うん。」


本当にバカだなあ、ラディス。

そんなもの、持ってたって俺は振り向かなかったじゃないか。


「何も無い方が、アンタはずっとカッコ良いよ。」

「ゆき…」


ぎゅ、と抱きしめると、やっとラディスラウス殿下は少し笑った。

涙と鼻水に塗れて、眉を下げて嬉しそうな泣き笑い。
初めて見るパターンの表情である。面白。


「余計なもん求めてないです。全部捨てたアンタの中に俺への気持ちだけは残ってたってんなら、責任持って俺が引き取ってやりますよ。」

俺は責任感の強い男なんで、と言ったら、ラディスラウスは今日初めて声を立てて笑った。

どういう意味だ。


まあ、良い。


「一生許さないけど、一生一緒にいてやるよ。」


どうしたって悪縁だと思うのに。
全部捨ててなお、こんな俺への気持ちだけは捨てられない。

そんなどうしようもないこの人を、俺も放っとけないんだって  気づいたんだ。






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