60 / 68
先生と電話 (雪side)
しおりを挟む「あ、先生。お久しぶりです。」
『お、わ、声変わりしてる(笑)』
「…いや前からしてますよ…。」
数年ぶりなのにいきなりそんな事を言われた。
というか、語弊がある。声変わり自体はしてたじゃん。
…まあ、今よりは高くて微妙だったけど。
「先生が砂華国の王子殿下だったんですね。
草鹿も、何で今の今迄教えてくれなかったんだか。」
『俺が頼んだからだ。色々事情があって、潜伏してたし…明かせる状況でも無かった。悪い。』
「まあ、別に…。」
本当に腹を立ててる訳でも無い。
『元気そうだ。』
「…はい、元気ですよ。」
答えながら、先生はきっと 知っているんだろうな、と思った。
雪長が患っていたのは聞いていた筈だし、先生との事を勘繰られた事が原因だった事も知っていて不思議は無い。
それにしても、何時聞いても優しい声だ。
砂地にじんわりと沁み入るような、静かな深み。
ふと、この人が好きだったんだよな、と思った。好き…というよりは、もっと淡い、憧憬のような気持ち。
何となく、性的な目で見られていない、この人は自分を傷つけない、と 本能が嗅ぎ分けた故の安心感だったのかもと思う。
ラディスラウスが怖くて嫌悪していた時期なので、正反対の彼に惹かれた部分もあったのかな。
『…ラディスラウス殿下を、憎んでいるか?』
「…そうでもないです。」
やはり、知っていた。
「すごく、尽くしてもらいました。後からわかった事がたくさんあります。ラディスラウス殿下がして下さってた事。」
『そうか…。』
「あの方はあの方なりに、俺を真実好いて下さってたんだと思ってます。」
『そうか。ラディスラウス殿も、それを聞けたら喜ぶだろうな。』
「…遅かったですけどね。」
そうだ。もう遅い。
彼は何処にいるのかすら誰もわからない。
国内に居るのかどうかさえ。
出国記録は今の所無いらしいけれど、国を出るだけの方法なら他にもありそうではないか。
皇宮育ちという、箱入り加減では俺とどっこいどっこい加減のあの人が、一人でどうやって生きてくつもりやら。
幾度かスマホを鳴らしてみたが、繋がる事は無かった。
俺と連絡出来る機体を、もう持っていない可能性もあるが。
『どうしておられるんだろうな。』
見透かされたのかと思うタイミングで先生が言ったから少しドキッとした。
行方不明と聞けば、誰だってそう言うだろうに。
「…何処かで、お元気でいてくだされば…良いです。」
これは本音だ。
最近、毎晩ラディスラウスの事を考えると不安になる。
まさか、もうこの世にいないのでは、なんて。
そんな考えが過っては、ゾッとするのだ。
『…そうだな。岩城がそう望んでるなら、きっと元気でいるさ。』
「…そうでしょうか。」
根拠の無い言葉にも、少しホッとする自分がいる。
『彼は、意外と逞しいと思うぞ。』
「だと良いんですが。」
カードも資産も、殆ど何も持ち出されてないと聞いた。
ちゃんと生きてるかな。
食べてるかな。寝られてるかな。
下にも置かぬ扱いで育って生きてきたあの人が。
じん、と目頭が熱くなる。
俺、もしかして結構参ってる?
えー、困るな…。
やっとここ迄持ち直して、来た…のに…。
ダメだ、込み上げて来てしまう。
好きとか嫌いとか、よくわからないのに、クソ殿下の事を考えると、思い出すと、変な涙が込み上げるのはなんでた。
「ぅう~~~…」
急に嗚咽し出した俺の背中を、草鹿がビックリして撫でる。
先生も狼狽えているのが伝わってくる。
でも、黙って泣かせてくれた。
2人に申し訳無い。
色々あり過ぎて情緒不安定なんだ。
普通に見えても解離だって、完全に治った訳でもないらしいのだ。
暫くして、俺が落ち着いて来ると、先生が静かに言った。
『岩城さ。少しの間、こっちに来てみないか。草鹿と一緒に。』
「砂華国に?」
え、急に何故?
『もうすっかり治安も落ち着いてる。俺の貴賓って事で迎えるから、警備もつけるし。
まだ全然元の砂華とは言えないけど、離宮とその周辺は手付かずで無事なんだ。
俺も今、そこで生活してる。』
離宮…か。
砂漠の国の離宮って、どんな感じなんだろう。
俺、実はあんまり旅行とか好きじゃなくて、小さい頃はともかく、物心ついてからは和皇から出た事が無い。
万が一に備えてパスポートだけはきちんと申請してるし、保管してる筈だけど。
「…そうだね。草鹿も、帰りたいよね。」
「私の事は、良いのです。
只、雪長様には良い気分転換になるのではと。」
そんな事言ってるけど、絶対帰りたい筈だ。祖国の状態が気にならない訳無いし、主人である先生に会いたくない訳ないだろ。
なのに痩せ我慢しちゃって…。
…まあ、するか。草鹿だもんな。
「良いよ、行こう、草鹿。
行きます、先生。」
「えっ、雪様?」
『来い来い。和皇では見られない夕陽を見せてやる。』
砂漠に落ちる夕陽…。
そこに先生と草鹿が並んだら絵になるんだろうな。
スマホを草鹿に返すと、嬉しさを抑えられないような弾んだ声色で話している。
仲良い主従だな。
「では、雪様。夜分に失礼致しました、おやすみなさいませ。」
「おやすみ。」
ドアが閉まった後の微かな足音を聞きながら思う。
(今回はともかく、何れは先生の元に帰してあげなきゃいけないよなあ。)
いい加減、草鹿離れしなきゃ…、と反省する。
俺が何時迄も危なっかしいから、責任感の強い草鹿は 帰ると言えないんだ。
治安に問題が無くなってるのなら、とうに帰国して先生の所に戻りたかっただろうに。
甘えてちゃ、ダメだよな…。
それからふとこの先の事を思った。
草鹿の傍には先生がいる。
…俺は…。
閉じた瞼の裏には、凪いだ翠緑が揺れている。
22
お気に入りに追加
1,942
あなたにおすすめの小説


美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。
cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。
家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
名もなき花は愛されて
朝顔
BL
シリルは伯爵家の次男。
太陽みたいに眩しくて美しい姉を持ち、その影に隠れるようにひっそりと生きてきた。
姉は結婚相手として自分と同じく完璧な男、公爵のアイロスを選んだがあっさりとフラれてしまう。
火がついた姉はアイロスに近づいて女の好みや弱味を探るようにシリルに命令してきた。
断りきれずに引き受けることになり、シリルは公爵のお友達になるべく近づくのだが、バラのような美貌と棘を持つアイロスの魅力にいつしか捕らわれてしまう。
そして、アイロスにはどうやら想う人がいるらしく……
全三話完結済+番外編
18禁シーンは予告なしで入ります。
ムーンライトノベルズでも同時投稿
1/30 番外編追加

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる