ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。

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翠緑

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(あぁ、そういう事かあ…。)


ラディスラウスの子供達だという双子の赤ん坊が画面に映し出された時、雪長は 少しづつ敷き詰め直してきた心の何処かが、再びすっぽり抜け落ちるような感覚を味わった。

けれど、納得もしたのだ。

おそらくラディスラウスは、"気が済んだ”のだ。

ずっと袖にされて来た雪長を数日好きにして、思ったより呆気なく飽きたのだと。

自分にあれ程執着して拭えない恐怖を植え付けておきながら、勝手なものだ。

雪長はもう添い遂げるしかないと覚悟を決めていたのに、実は相手はもう次を見つけていた。そしてちゃっかり跡継ぎを設けて。


男の自分ではやはり不足だと思ったのだろう。
何やかや言っても人の気持ちなど、移ろっていくものという事か。
ホッとしたような、少し気抜けしたような、複雑な気持ちだった。


しかしながら、だ。という事は、そろそろ婚約破棄の話をしにラディスラウスが来る頃だろうか、と雪長は思っていたのだが…。
予想に反して皇室からの連絡は来ない。
ラディスラウス自身も、来ない。

しかし、定期的に贈られてくるものは、変わりない。
どうやら雪長の立場は、未だ当分据え置かれるようだ。

ニュースでも雪長とラディスラウスの婚約をどうこうという話題も出ない。
雪長の事に触れたのは、『オコジョ様は慣れない環境に少しご体調を崩されていらしたものの、ほどなく回復され、現在では未来の皇太子妃となり殿下を支えるべく御勉学に励んでおられる』
…などの、当たり障り無いようなものばかり。


雪長が心を病んでいる事など、皆知らない。
学園内部で起きた事は良くも悪くも漏れない…。それが如実に出た感じだ。

遡行前に雪長が酷い嫌がらせに遭っていた時だって、そうだった。
本人が家族にそれを打ち明けようが、証拠が無ければ家族にも手の打ちようが無く、しかも同じ貴族相手にそういう嫌がらせを平気でする連中というのは抜け目が無い者が多い。
直接自分の手は汚さないし、自分に連なる痕跡も残さない。
何をしたって証拠さえ残さなければ訴える事も裁判を起こす事も出来ない、と狡猾に計算している。

雪長だって、それで泣き寝入りするしか無かったのだから。


しかも、雪長は皇太子に見放された者として扱われていた。
味方なんかいなかった。

以前も今も、結局ラディスラウスに振り回される人生なのか、と雪長は思う。

悪い縁も、運命の相手ってのがあるのだろうか。



テレビ画面の中の双子の赤ん坊は金髪で、眠っていて瞳の色はわからないが、ラディスラウスと面差しがよく似ている。

これで良かったのだ、と安堵しているのは確かだ。
けれど、パーティーの夜、自分を詰った雪長に、謝りながら口付けて来たラディスラウスを思い出して、嘘つきめ とも思ってしまう。
男の俺に、あそこ迄独占欲を露わにして、孕めと何度も犯した癖に。



自分は今、ラディスラウスにどんな感情を持っているのだろう。

何故今更、失望感など感じているのだろう。

心が空っぽの時、思い出すのが何故、自分を傷付けない優しい瑠璃色ではなくて、きつい炎を奥に宿す翠緑なのだろう。


考えるのも疲れて、雪長は目を閉じた。








ラディスラウスがオディールとの密談で決めた事の、最も重要であり、事態の核になる事。

それがオディールを、"先ずは”側妃として入内させる事だった。
だが、一度は立ち消えた縁談である。オディールの父であるメテルドラスト公爵も、正妃ならともかく、側妃などとは、と 難色を示すだろう事は容易に推測出来た。
貴族とはプライドの生き物である。

そこで、有無を言わせぬ為にオディールが取った手段が、子供である。
それに関しては、当初 ラディスラウスもなかなか頷く事が出来なかった。
第一、既にラディスラウスは雪長以外には興奮出来なくなっていた。
更に相手が、一応は手を組んだものの、物凄く苦手な女性である。先ず、無理。勃たない。抱けない。

だがそれを直接的に言われても、オディールは動じなかった。元々、ラディスラウスにその辺りを求める気は無かったからだ。
只、彼女が求めたのは、ラディスラウスの遺伝子。精子である。
そこでラディスラウスは自分の精子をオディールが手配した医師に採取させ、オディールはそれをメテルドラスト家の贔屓にしている病院で自分の体内(子宮)に注入させた。

つまり、人工授精である。

若く健康なオディールは2回目で懐妊した。



「父親になっていただかなくとも結構です。
皇室の正当な血をひいていると証明する為にお名さえお貸し下されば。」


そう言いながら 自分の身すら使うのも厭わない胆力と荒業に、ラディスラウスは内心舌を巻いた。

やはり、信念を持った女は男の比ではない。

そして月満ちて、見事双子の、しかも男児を出産した時、彼女の皇后位に対する執念を見た思いだった。
この皇孫の存在は、雪長の退いた後、彼女の地位を皇太子妃に押し上げるだろう。
自分より余程出来る女だと、ラディスラウスは思った。


それにしても、一度の交合も無いのに自分の子供が存在している事にも不思議な気持ちだ。

最初は彼女の野望の道具として産み出されたのかと思うと哀れにも思えた。

だが、女性というものは、どうやら相手に愛も情も無くても、自分で生み出したなら、愛情を持てるものらしい。
存外愛情を持って愛でているようだ。

男女の違いだろうか。それとも、自分が薄情なだけなのか。

単に、雪長に全ての愛情を注ぎ切ってしまったからだろうか。
それとも、あの赤ん坊達が 雪長の産んだ子供なら、また違ったのだろうか。
 

自分は"最低の父親"にすらなれないようだと、ラディスラウスは思った。










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