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贖罪には短いけれど

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3年。

それは雪長を学園内で保護し続けられる上限だ。



今、婚約を解消したにしても、この状態で実家に戻った雪長に身の置き所は無い。
破棄では無く解消だから、比較的穏やかな意味合いではあるが、公爵家としては不名誉な事である事は間違い無い。
しかも、何故 雪長が学園に在籍して離れている筈のこの時期なのかと世間は勘繰るだろう。
何方かに問題があるのではないのか、もしくは何かがあったのかと。

そうなれば皇室は広報を通さねばならない以上、マスコミは公爵家にマイクを向けてくる。

矢面に立たされるのは何ら罪の無い岩城公爵家と雪長だ。

その上、雪長の患っている事が知れれば、それが原因ではと取り沙汰されるのは目に見えている。

治療、治癒、静養。本来の心の状態を取り戻す時間。

ラディスラウスは、今の雪長の状態の直接原因だ。
それは自分自身でも理解している。

もう雪長に固執して壊し続ける事は許されない。解放は絶対条件だ。


その上で、少なくとも卒業迄は全ての加療に責任を持ち、雪長を守るべきである。


そして3年後、卒業して時間を置けば、何か理由をつけて婚約解消を発表したら良い。
話し合いの結果、ごく和やかに解消されたようにしたならば、
一時的には報道に乗っても岩城公爵家に非があるかのように攻撃されるような事は無いだろう。


そしてその頃には 成長した雪長も、自分で身の振り方を考えられるようになっている…のが、理想だ。

いや、そう持っていかねばならない。

その為の3年なのだから。



そして勿論、オディールも単なる雪長への同情で協力した訳では無い。

彼女は雪長の後にその座を引き受けるつもりだ。

雪長を失ったラディスラウスは、おそらくもう誰と添うつもりも無いだろう。
ならば空席のそこに座るのが自分であっても良い筈だ。

元々はオディールに用意されていたものなのだから。












オディールがラディスラウスを訪う数週間前。


誰より先に雪長の異変に気づいたのは、勿論草鹿だった。

最初は目の異常から来る影響かと思った。
しかしそれだけにしては、様子がおかしい。
ぼんやりと宙を見詰める時間が多くなり、話しかけても反応しない事がある。

就寝の世話をして、暫くして覗いてみると、ベッドの上に起き上がって目を見開いている事もあった。
見えない何かを払いのけようとひたすら手を掻いている事も。
かと思えば、寝つけずに朝まで目を閉じない事も。

雪長の身に何が起こっているのか、早急に知る必要があると思ったが、学園内の心療内科医は定期的に生徒達のお悩み相談に来る程度のもの。

だからと言って、草鹿の名で外から呼ぶには学園の許可が要る。
その際、学園の性質上、何故かという理由は明確にしなければならないだろう。
雇用されているだけの身に与えられている権限は限られている。

草鹿はユアンに相談した。

ユアンもユアンで、どの人脈が使えるのか頭を悩ませた。

手っ取り早いのは皇帝に話を通す事だ。皇帝ならば医師を学園に入れる事も独断で計らえる。
しかしだ。
確かにこの国で後ろ盾になってくれているのは皇帝だが、まさか其方に持っていく訳にはいかない…。そんな事をしたら、皇帝は直ぐに 何故そんな医師が必要になったのか疑問を持つだろう。
何故、学園や 婚約者である皇太子ではなく、そこを避けるようにして自分に話が来たのかを不可解に思う。
そして皇太子にもどういう状況になっているのかと問う筈だ。
そうなれば、誰がその件を皇帝にリークしたのかとなる。
そして、それが自分だと知れた場合、只でさえ自分のせいで悪くなった雪長の立場を更に悪くする事にならないかと、ユアンは案じていた。

友好国とは言え、王室の末弟に過ぎなかったユアンが皇太子と顔を合わせたのは、10年以上前に1度だけ。

だからこそ皇太子はユアンの正体に気づかなかったし、只の学園の一教師だとしか思っていなかったのだろう。

国に匿われている身としては、あまり目立つ事はしたくないし、あの皇太子に知れれば今よりも敵愾心を持たれそうで色々事がやりにくくなりそうだ。

皇太子にしてみれば、ユアンは、大事な婚約者にちょっかいを出す不届き者、な訳だし…。



そう思い巡らせると、皇帝経由はあまり得策ではないように思った。


そして、思い出したのだ。

皇室迄とは行かずとも、力を持ち、面識もあり、口が固く、相談のしがいのある存在。


雪長の存在が無ければ、今頃は順当に皇太子妃になっていたであろう、聡い女性。

あの頃は未だ幼かったにも関わらず、その見識と年齢にそぐわぬ落ち着き振りは、競合相手の令嬢達とは次元が違っていた。

しかし、力になってくれるだろうか。
いや、おそらくなってくれるだろう。
もし、彼女が今も未だ、野望を捨てていなければ。


そうしてユアンはオディールに、自分のサインと砂華の国璽を押し、身分と近況、そして話を聞いてくれるのならば 連絡をくれと連絡先を記した手紙を出した。

返事は翌々日の夕方、ユアンのスマホに一通のメールで届いた。


『その近辺に別荘がございます。3日後、お迎えに参ります。』


(信用してもらえたようだ。)

ユアンは一先ず安堵した。

用心深い性格の令嬢から返事が来たという事は、ある程度の調査がなされたという事なのだろう。

そして、信用に足ると、令嬢は腰を上げてくれた。

その事にユアンは感謝した。


そして3日後、数年振りにオディールに会ったユアンは、

(あの皇太子殿下より、よっぽど国政に向いてそう…。)


と、ラディスラウスが彼女を敬遠する理由が何となく理解できる気がしたのだった。





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