51 / 68
贖罪には短いけれど
しおりを挟む3年。
それは雪長を学園内で保護し続けられる上限だ。
今、婚約を解消したにしても、この状態で実家に戻った雪長に身の置き所は無い。
破棄では無く解消だから、比較的穏やかな意味合いではあるが、公爵家としては不名誉な事である事は間違い無い。
しかも、何故 雪長が学園に在籍して離れている筈のこの時期なのかと世間は勘繰るだろう。
何方かに問題があるのではないのか、もしくは何かがあったのかと。
そうなれば皇室は広報を通さねばならない以上、マスコミは公爵家にマイクを向けてくる。
矢面に立たされるのは何ら罪の無い岩城公爵家と雪長だ。
その上、雪長の患っている事が知れれば、それが原因ではと取り沙汰されるのは目に見えている。
治療、治癒、静養。本来の心の状態を取り戻す時間。
ラディスラウスは、今の雪長の状態の直接原因だ。
それは自分自身でも理解している。
もう雪長に固執して壊し続ける事は許されない。解放は絶対条件だ。
その上で、少なくとも卒業迄は全ての加療に責任を持ち、雪長を守るべきである。
そして3年後、卒業して時間を置けば、何か理由をつけて婚約解消を発表したら良い。
話し合いの結果、ごく和やかに解消されたようにしたならば、
一時的には報道に乗っても岩城公爵家に非があるかのように攻撃されるような事は無いだろう。
そしてその頃には 成長した雪長も、自分で身の振り方を考えられるようになっている…のが、理想だ。
いや、そう持っていかねばならない。
その為の3年なのだから。
そして勿論、オディールも単なる雪長への同情で協力した訳では無い。
彼女は雪長の後にその座を引き受けるつもりだ。
雪長を失ったラディスラウスは、おそらくもう誰と添うつもりも無いだろう。
ならば空席のそこに座るのが自分であっても良い筈だ。
元々はオディールに用意されていたものなのだから。
オディールがラディスラウスを訪う数週間前。
誰より先に雪長の異変に気づいたのは、勿論草鹿だった。
最初は目の異常から来る影響かと思った。
しかしそれだけにしては、様子がおかしい。
ぼんやりと宙を見詰める時間が多くなり、話しかけても反応しない事がある。
就寝の世話をして、暫くして覗いてみると、ベッドの上に起き上がって目を見開いている事もあった。
見えない何かを払いのけようとひたすら手を掻いている事も。
かと思えば、寝つけずに朝まで目を閉じない事も。
雪長の身に何が起こっているのか、早急に知る必要があると思ったが、学園内の心療内科医は定期的に生徒達のお悩み相談に来る程度のもの。
だからと言って、草鹿の名で外から呼ぶには学園の許可が要る。
その際、学園の性質上、何故かという理由は明確にしなければならないだろう。
雇用されているだけの身に与えられている権限は限られている。
草鹿はユアンに相談した。
ユアンもユアンで、どの人脈が使えるのか頭を悩ませた。
手っ取り早いのは皇帝に話を通す事だ。皇帝ならば医師を学園に入れる事も独断で計らえる。
しかしだ。
確かにこの国で後ろ盾になってくれているのは皇帝だが、まさか其方に持っていく訳にはいかない…。そんな事をしたら、皇帝は直ぐに 何故そんな医師が必要になったのか疑問を持つだろう。
何故、学園や 婚約者である皇太子ではなく、そこを避けるようにして自分に話が来たのかを不可解に思う。
そして皇太子にもどういう状況になっているのかと問う筈だ。
そうなれば、誰がその件を皇帝にリークしたのかとなる。
そして、それが自分だと知れた場合、只でさえ自分のせいで悪くなった雪長の立場を更に悪くする事にならないかと、ユアンは案じていた。
友好国とは言え、王室の末弟に過ぎなかったユアンが皇太子と顔を合わせたのは、10年以上前に1度だけ。
だからこそ皇太子はユアンの正体に気づかなかったし、只の学園の一教師だとしか思っていなかったのだろう。
国に匿われている身としては、あまり目立つ事はしたくないし、あの皇太子に知れれば今よりも敵愾心を持たれそうで色々事がやりにくくなりそうだ。
皇太子にしてみれば、ユアンは、大事な婚約者にちょっかいを出す不届き者、な訳だし…。
そう思い巡らせると、皇帝経由はあまり得策ではないように思った。
そして、思い出したのだ。
皇室迄とは行かずとも、力を持ち、面識もあり、口が固く、相談のしがいのある存在。
雪長の存在が無ければ、今頃は順当に皇太子妃になっていたであろう、聡い女性。
あの頃は未だ幼かったにも関わらず、その見識と年齢にそぐわぬ落ち着き振りは、競合相手の令嬢達とは次元が違っていた。
しかし、力になってくれるだろうか。
いや、おそらくなってくれるだろう。
もし、彼女が今も未だ、野望を捨てていなければ。
そうしてユアンはオディールに、自分のサインと砂華の国璽を押し、身分と近況、そして話を聞いてくれるのならば 連絡をくれと連絡先を記した手紙を出した。
返事は翌々日の夕方、ユアンのスマホに一通のメールで届いた。
『その近辺に別荘がございます。3日後、お迎えに参ります。』
(信用してもらえたようだ。)
ユアンは一先ず安堵した。
用心深い性格の令嬢から返事が来たという事は、ある程度の調査がなされたという事なのだろう。
そして、信用に足ると、令嬢は腰を上げてくれた。
その事にユアンは感謝した。
そして3日後、数年振りにオディールに会ったユアンは、
(あの皇太子殿下より、よっぽど国政に向いてそう…。)
と、ラディスラウスが彼女を敬遠する理由が何となく理解できる気がしたのだった。
12
お気に入りに追加
1,929
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
薬師は語る、その・・・
香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。
目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、
そして多くの民の怒号。
最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・
私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが
ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク
王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。
余談だが趣味で小説を書いている。
そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが?
全8話完結
第十王子は天然侍従には敵わない。
きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」
学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。
セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り
あこ
BL
人が思う以上に不器用で、真面目だと言われるけれど融通が効かないだけ。自分をそう評する第一王子マチアス。
外見に似合わず泣き虫で怖がりなのは、マチアスの婚約者カナメ。
マチアスが王太子にならないと決まったからこそ結ばれた婚約だったのだが、ある日事態は急転する。
✔︎ 美形第一王子×美人幼馴染
✔︎ 真面目で自分にも他人にも厳しい王子様(を目指して書いてます)
✔︎ 外見に似合わない泣き虫怖がり、中身は平凡な受け
✔︎ 美丈夫が服着て歩けばこんな人の第一王子様は、婚約者を(仮にそう見えなくても)大変愛しています。
✔︎ 美人でちょっと無口なクールビューティ(に擬態している)婚約者は、心許す人の前では怖がりの虫と泣き虫が爆発する時があります。
🔺ATTENTION🔺
この話は『セーリオ様の祝福』では王太子にならない第一王子マチアスが『王太子になったらどうなるのか』という「もしも」の世界のお話です。
キャラクターの設定などは全て『セーリオ様の祝福』そのままで変わりありませんが、『セーリオ様の祝福』に比べればシリアスなお話です。
【 一部番外編の掲載先について 】
『セーリオ様の祝福』と『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』共通の番外編は『セーリオ様の祝福』コンテンツ内にあります。
【 感想欄のネタバレフィルターについて 】
『1話〜3話目』までの感想は基本的に設定は致しません。
それ以降の話に関する感想につきましては、どのようなコメントであってもネタバレフィルターをかけさせていただく予定です。
ただ物語に触れない形の感想(誤字のご連絡など)についてはこの限りではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる