50 / 68
諌言は 出来る者がしなくては
しおりを挟むオディール・セヴィ・メテルドラスト公爵令嬢がラディスラウス皇太子に内謁を請うたのは、年が明け、月も半ばとなった頃だった。
「お久しぶりでございます。
此度は貴重なお時間をいただきまして、感謝申し上げます。」
相変わらず年若い令嬢らしからぬ黒を基調とした、華美さを一切排したドレス姿だが、それが逆にきつい美貌を際立てている。
パッと見地味なようだが、生地は十分上質であり、よく見なければわからないほどに細かい刺繍が美しい。
豊かで緩やかなウェーブのある金髪が波打ち、自信と気品に満ちた表情と姿勢の美しさに、普通の男ならば気後れしてしまうだろう。
だがラディスラウスにはそれらは全くどうでも良い事だった。
「久方ぶりだ。
して、令嬢がわざわざ私に何用か。」
オディールに一切の興味が無いラディスラウスが今回の内謁に応じたのは、最近の雪長の事で話があると言われたからだ。
オディールと雪長との間に何か接点などあっただろうか?
ラディスラウスは首を傾げた。
「岩城家の公子様は、ご体調が芳しくございませんとか。」
扇で口元を覆いながらオディールは目を伏せつつ、言葉を発した。
俄にラディスラウスの気配が燃え上がるように揺らいだ。
「何処でそれを?」
「人の口に戸は立てられぬもの。わたくしにも、かの学園に親類、知人はございますもの。」
オディールは穏やかに微笑んだ。
諍いに来た訳では無い。
「殿下。公子様の事を、今どうなさろうとお考えでいらっしゃいますか?」
「…それは令嬢の関知するところではない。」
苛立ちを隠さず、ラディスラウスははねつけた。
普通の女性ならば、この時点で退く筈の所である。
しかし、オディールは違う。
「確かに御二方の間の事。わたくしの出る幕で無い事は百も承知で、しかし敢えて申し上げます。」
その時、ラディスラウスとオディールは、初めてがちりと目が合った。
いつもほくそ笑み人を小馬鹿にしているかのように見えていたオディールの目は、今日は笑っていなかった。
「…なんだと言うのだ。」
やれやれ、とラディスラウスは思った。
この女がここまで出張って来たのでは、どうせタダでは帰るまい。
聞くだけ聞いて追い返すか。
「公子様は、このままでは保たぬでしょう。」
ぴくりとラディスラウスの眉が上がる。
「保たぬとは、どういう意味だ。」
確かに雪長は、ショックから体に変調を来たしてはいるが、静養を重ねれば治癒する事もあると聞いた。なのに。
「今は一時的なご変調でしょうけれど、このまま事が進みますと…。
ご成婚なさった後の事を…お考えになられました事、ございます?」
「…何が言いたいのか、有り体に申せ。」
やはり、この女は嫌いだ。賢し過ぎる。
考えては、唾棄してきた絶望的なシミュレーションを真正面から突き付けてくる。
「では。僭越ながら、申し上げます。
ご様子を伺います限り、公子様は、解離を患っておられると考えられまする。」
「……。」
雪長は周囲にあの出来事を語りはしていないようだが、日常の様子を見るにつけ、そうではないかと疑われる様子が、確かに見受けられていた。
明らかに目の異常だけのものではないように、ラディスラウスも感じていたのだ。
そして、その直接的な原因は、自分である。
雪長には恐怖の対象に違いない。
にも関わらず、この先予定通り雪長と婚姻したとしたら。
今は学園と皇宮という物理的距離が少なからず安定を保たせているのだろうが、卒業し、自分の傍にいる事を強いられた時、雪長はどうなるのだろうか。
ラディスラウスが最近ずっと考え込んでいる、まさにそれをオディールに指摘されたのだ。
ラディスラウスは黙り込み、オディールを睨めつけた。
しかし、彼女はやはり、怯まない。
「殿下の公子様へのご寵愛は重々承知で申し上げます。」
ラディスラウスはこの先を先を聞きたくは無かった。
「そのご寵愛が、真実のものならば、公子様を手放されます事をおすすめ致します。」
わかっていても、聞きたくは無かった。
「誓って、我欲で申し上げているのではございません。
これは臣下としての諌言でございます。」
真実、そうなのだろう。
只、この者が全く自分にメリット無しで動くとも思えないが。
「…別れろと?」
「永遠に公子様を失っても構わないのならば、これ以上は何も申しますまい。」
「……。」
永遠に、か。
他人に渡すくらいなら、殺してしまうかと思った事もあったが、実際にそうなればラディスラウス自身も生きてはいられないと、最近思うようになった。
自分の手を離れても、この世の何処かで穏やかに生きてくれるのを、望むべきなのか。
「婚約を、解消すべきだと?」
そう言いたいのだろう。
元々、雪長の立場はオディールのものである可能性が高かったのだから。雪長は彼女に取っては目の上のたんこぶである筈だ。 綺麗事を言っていても、この機に乗じて雪長を排し、自分がそこに座るつもりなのだろう。
ラディスラウスは唇を噛んだ。
ところが、オディールは不可解な事を言い出した。
「左様でございます。
婚約は解消なさるのがよろしいでしょう。
但し、3年後に。」
「…3年後だと?」
何なんだその、3年後とは。
「それにつきまして、御提案の詳細をお話し致したく存じます。」
オディールは妖艶に微笑んだ。
「ですが、御提案をお聞き届けいただきました暁には、先ずは公子様を 専門医にお診せになられるべきかと存じます。」
この女の頭の中にはどんな絵図が描かれているというのだろうか。
ラディスラウスは目を眇めた。
13
お気に入りに追加
1,930
あなたにおすすめの小説
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
仲良くしたいの。《転生魔法士はある日、森の中でクマさんと》
伊藤クロエ
BL
【ヒグマの血を引く半獣人奴隷×元日本人の転移魔法士・リツ】
魔獣がはびこる異世界で今まで必死に生き延びてきた元日本人の転移者リツは、いつも自分の身体を肉盾にして魔獣から守ってくれる無口でちょっと怖い感じの盾役半獣人さんが気になって仕方がない。
けれどリツが仲良くしたいと思っても彼は目も合わせてくれなくて……。
かなりすれ違ってるけどお互いにめちゃくちゃ相手にドハマりしている愛が重い感じの両片思いです。
えっちでちょっぴりダークな雰囲気のファンタジー。
残酷な表現はモブに対してのみです。
(ムーンライトノベルズさんにも載せています)
推し様の幼少期が天使過ぎて、意地悪な義兄をやらずに可愛がってたら…彼に愛されました。
櫻坂 真紀
BL
死んでしまった俺は、大好きなBLゲームの悪役令息に転生を果たした。
でもこのキャラ、大好きな推し様を虐め、嫌われる意地悪な義兄じゃ……!?
そして俺の前に現れた、幼少期の推し様。
その子が余りに可愛くて、天使過ぎて……俺、とても意地悪なんか出来ない!
なので、全力で可愛がる事にします!
すると、推し様……弟も、俺を大好きになってくれて──?
【全28話で完結しました。R18のお話には※が付けてあります。】
婚約破棄してくれてありがとう、王子様
霧乃ふー 短編
BL
「ジュエル・ノルデンソン!貴様とは婚約破棄させてもらう!!」
そう、僕の婚約者の第一王子のアンジェ様はパーティー最中に宣言した。
勝ち誇った顔の男爵令嬢を隣につれて。
僕は喜んでいることを隠しつつ婚約破棄を受け入れ平民になり、ギルドで受付係をしながら毎日を楽しく過ごしてた。
ある日、アンジェ様が僕の元に来て……
【R18】執着ドS彼氏のお仕置がトラウマ級
海林檎
BL
※嫌われていると思ったら歪すぎる愛情だったのスピンオフ的なショート小話です。
ただただ分からせドS調教のエロがギッチリ腸に詰めすぎて嘔吐するくらいには収まっているかと多分。
背格好が似ている男性を見つけて「こう言う格好も似合いそう」だと思っていた受けを見て「何他の男を見てんだ」と、キレた攻めがお仕置するお話www
#濁点喘ぎ#電気責め#拘束#M字開脚#監禁#調教#アク目#飲ザー#小スカ#連続絶頂#アヘ顔#ドS彼氏#執着彼氏#舌っ足らず言葉#結腸責め#尿道・膀胱責め#快楽堕ち#愛はあります
婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》
クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。
そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。
アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。
その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。
サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。
一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。
R18は多分なるからつけました。
2020年10月18日、題名を変更しました。
『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。
前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)
【完結/R18】俺が不幸なのは陛下の溺愛が過ぎるせいです?
柚鷹けせら
BL
気付いた時には皆から嫌われて独りぼっちになっていた。
弟に突き飛ばされて死んだ、――と思った次の瞬間、俺は何故か陛下と呼ばれる男に抱き締められていた。
「ようやく戻って来たな」と満足そうな陛下。
いや、でも待って欲しい。……俺は誰だ??
受けを溺愛するストーカー気質な攻めと、記憶が繋がっていない受けの、えっちが世界を救う短編です(全四回)。
※特に内容は無いので頭を空っぽにして読んで頂ければ幸いです。
※連載中作品のえちぃシーンを書く練習でした。その供養です。完結済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる