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後悔とは、後でするから後悔なのだ
しおりを挟む雪長が授業を受けている最中、草鹿はユアンと会っていた。
不思議な事に雪長に最も近しい筈の草鹿には、何処の間者もつかない。
何故か。
理由は、雪長の動向以外には意味が無いと考えているからだ。
一応の調査をした段階で、草鹿は単なる 主を失くした不運な従者。そして、学園側の厚意でそこで職を得ていると、そう思われている。
只でさえ、この学園での貴賓に仕える従者のなり手は、得難い。
容姿、教養、品性、機転、状況判断力、忍耐力、そして護衛の為の戦闘力。
様々なものが求められるからだ。
だから通常、それらの基準を満たし、信頼に足る者を従者として国から伴って来る事を許可されていた。
だが、ごく稀に、その従者が身体を壊したり帰国しなくてはならなくなる事がある。
もしくは、適性を満たす者や信頼出来る者がおらず、最初から連れて来ない場合。
草鹿は、いわばそういった場合の、保険でもあった。
学園側としては、そんな人材が数人余っていてくれる方が、手が足りなくなるよりはありがたい。
草鹿はそういった人材の中でも最高レベルの従者だった。
どんな貴賓でも、そつ無く仕える事が出来る。
学園側の厳しい基準をゆうに満たす、そんな人材を疑う事も無いだろうと、まあそんな理由で、草鹿はなかなか自由に動けているのだ。
「俺が原因だな。」
ユアンは肩を落として項垂れた。
雪長が婚約者であるラディスラウス皇太子の不興を買ったあの画像は、ユアンが雪長の頬にキスをしていたもの。
幼子や動物をこよなく愛してきたユアンとしては、体格に恵まれた生徒達の中にあって、小動物を彷彿とさせる雪長を、なんとはなしに愛でる存在として接してしまっていた。
最初は揶揄う気持ちもあったが、接していく度にどんどん可愛くなってしまっていたのは事実。他の生徒達に比べて明らかに贔屓目に見ていた節はある。
その延長で、雪長が拒否しなかったとはいえ、毎回挨拶程度の気持ちで、あんな真似を。
疚しい気持ちは無かったのだが、婚約者である皇太子が見ればどんな気持ちになるかを考えるべきだった。
配慮が足りなかった。
しかしその事で言えば、草鹿も自分を責めていた。
「いえ、私がそこに思い至りお諌めするべきでございました。
申し訳ごさいません。」
状況を把握していながら、ユアンの小さきものに対する愛情深さを知っていたが故に、見過ごしてしまった。
雪長がどんな目に遭わされたのか…
想像したくもないが…そう考えざるを得ない、とある仮説。
「おそらく、雪長様は…初めて、だったのではないかと。」
おそらく、というか、それが事実であろうとユアンも思う。
「だろうな。初めてがあの長丁場は…よほど怖い思いをしたんじゃないのか…。」
雪長を連れ部屋に入る前の皇太子の様子を聞くにつけ、のっぴきならないものを感じた。
男の嫉妬は、時に女のそれよりも深く、強(こわ)い。
しかも、日頃の雪長と皇太子の関係は、見てきた限りでは、最小限。連絡すら殆ど取っていなかったものと推測される。
少なくとも雪長に、婚約者であるラディスラウスへの気持ちは
無かったのではあるまいか。
寧ろ、皇太子への扱いを見る限りでは、無関心か嫌いであるかのどちらか。
婚約の成立した年齢から鑑みても、本人が理解して納得していたのかは疑わしい。
そういった相手からの、性行為の強要。
2人は頭痛のする思いだった。
「皇太子の方は…岩城を溺愛しているようだな…。」
それは草鹿も見ていてよくわかった。
やり方はどうあれ、ラディスラウスは雪長を大切にはしてきたのだろうと。
それは、行き届いた調度品や部屋の設備や備品の揃えからも、都度都度届けられる細やかな心遣いを感じる品々からもわかる。
特に、雪長の好物である焼き菓子や水菓子等は、週毎に旬の新鮮なものが届けられ、欠かされる事は無かった。
岩城家からよりも、それはずっと頻度が高かったのだ。
金さえ積めば出来るという事ではないと、草鹿は思う。
雪長は、確かに皇太子に愛されている。
「皇太子殿下は、我々が思うより深く、雪長様を思っておられると 私も思います。」
おそらくそれは、雪長本人も知っていた。
知っていて、あの態度を貫いていたのだろう。
そうなるに至った何かが、経緯が、きっと2人の間にあったのだ。
それはユアンと草鹿が雁首揃えても、介入出来る問題では無いような気がした。
だが。
だが、今現在、雪長は心を病む結果になっている。
草鹿は侍従として、その雪長をフォローしていかねばならない。
しかし、目の前で雪長への無体を許してしまっていたその事実が、今 草鹿の自信を揺らがせている。
もう今の雪長は、自分にも、誰にも、心を閉ざしてしまった。
人が変わったような、というよりも魂が抜け落ちてしまったような、と感じる事もある。
単なる期間限定の侍従である自分がそう思うのは烏滸がましい事は百も承知だが、このままラディスラウスの元に嫁がせて、雪長は大丈夫なのだろうかと、草鹿は案じている。
そしてユアンは、もっと雪長と、教師としての会話をしておくべきだったと後悔した。
幼くして皇族の許嫁として未来を定められてしまった雪長。
それ故に諦めた事も、捨てなければならなかった事も、多くあったのかもしれない。
只の少年としての彼の素顔を知りたかったと、胸が痛んだ。
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