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草鹿 1

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その後ろ姿に、懐かしいような既視感を覚えた。





「ユアン様…。」


しかし私の知るあのお方は、火のように鮮烈なお方。

それを思うと、先程の青年は静謐な月夜のような佇い。


(別人か…。)


あのお方を見間違える程、私は薄情だっただろうか。
どれだけ月日が経とうとも、一目でわかる自信があったのに。







「どこの出身なのか、不思議な感じだよなあ、クレイル先生。」


主様は新しく来た教師の事をそう評した。

「褐色の肌があんなに綺麗だなんて知らなかったよ、俺。」

「左様でございますか。今度は是非、お目にかかりたいものです。」

夕食の食器を片付けながら相づちを打つ。

あのお方も褐色の艶めかしいお肌をなさっていた。
太陽に愛された色。
お風呂上がりのそのお肌に香油を塗り込む事が私の楽しみの一つだった。
私の労力が僅かながらにでもそのお美しさに貢献している事が、何よりの喜び。

それは生活全般、全てにおいて。


こんなにも美しく気高いお方にお仕え出来る幸運を神に感謝していた。

なのにその日は突然やって来た。






「弑逆だと…?テロリスト風情がふざけた事を…!」

祖国に残っていた側近の生き残りから連絡が入り、怒りに震えたあの方を、1時間後にはテレビの臨時ニュースが追い討ちをかけるように打ちのめした。


軍部によるクーデター。

そう言うとまだ聞こえが良いが実情は単なる王位簒奪である。
というのも、我が国は確かに王族の力や財力は他国とは桁違いだが、クーデターを起こさねばならないような内情では無かった。

福祉や行政は充実しており、国民は最低限の生活を保証されている。
首謀者共の主張する、貧富の差により貧困に喘ぐ国民がいる、などは言いがかりであり、それは後に世界各国にも有り得ないと非難された。
王族の方々が自国民の生活や教育に心を砕いてらっしゃったのは外側から見ても明らかな事だったからだろう。

明らかに、利権目当てと王族憎しのクーデターでしか無いのは明らかだった。


軍部のトップである者は、前王の弟君の庶子。
立場に見合う恩寵は十分に受けていた筈なのに、痴れ者共に担ぎあげられて欲が出たのか。


数時間足らずで次々と、王族の方々の訃報が入り、中には確認の困難な情報も出てきて、殿下はとうとう仰った。


「草鹿、俺は国へ戻る。」

私は仰天した。
死にに帰るようなものではないか。

「殿下、今はそれだけはおやめ下さい。御身を危険に晒すなどと!!」

無念の死を遂げられた皆様は、惜しみなく愛情をおかけでいらしたこの末弟王子の危険をお望みにはなられまい。

私は殿下を死んでもお止めする覚悟だった。

だが…



「草鹿。俺は誇り高き砂華の王子だ。」

初めて見る、決意に満ちた厳しい表情だった。


「もし兄上達や姉上達の内のお1人でも、身を隠され命を繋いでいらっしゃるのならば、末の王子として、何としてもお救いせねばならぬ。」

「産まれてこれ迄与えて下された慈しみに、今こそお応えせねばならぬ。」

「民がどうしているのか、国の状況を確かめねばならぬ。」

「王族としての務めは、果たさねばならぬ。」


確かにそうだが!

確かに、そうだが…!


「草鹿、お前はここに残れ。」

「…え、」

思いもよらぬお言葉に身が固まる。何故。


「僭越ながら私は貴方様の刀と自負してございます。刀を携えず丸腰で戦に向かわれるおつもりでいらっしゃいますか。」

「控えよ草鹿。」


冷たい声で抑えられた。


「……申し訳ございません。」


怒らせてしまったのか。
しかし、今私がおそばを離れる訳には…。


「わかってくれ、草鹿。
2人では、目立つのだ。」



そう言われては、言葉も無かった。
確かに殿下と私の組み合わせは目立ちすぎるだろう。だが、だが…、


「どうにもならない状況であると見たら、必ず戻る。」


殿下の着替えを手伝い、命じられた通り最小限に荷物を纏める。

慌ただしく学長と和皇国の皇帝に連絡を取り、秘密裏に迅速に渡航の許可が下りた。
当初、和皇帝は安全面から躊躇を見せた。
それはそうだろう。ともすればこの王子殿下が、砂華王族唯一の生き残りになるのかもしれないのだから。であるならば、国の威信をかけてその身の安全を確保しなければならない。
それを怠っては後々国際問題にも発展しかねない。

しかし殿下は一歩も退かなかった。

「今、出してくれぬのならば此処で自害致す覚悟です。」

陛下の映るモニターの前で殿下は自らの首に小刀をあてたのだ。

そこ迄されては皇帝陛下も、頷かざるを得ない。

そうして殿下は一刻を争うようにして学園を出られた。

私に、絶対に此処で待つように と、そう命令を下されて。


私は悪夢のようなその一連の流れを、今でも夢に見る。

私が青春の全てを捧げてお仕え申し上げた、大切な王子殿下を 死地に送らねばならなかったあの日を。


別れ際に、連絡を待て と申し付けられてから今日迄、一度も電話は鳴らない。




「殿下…草鹿は何時までお待ちすればよろしいのでしょうか…。」


主に置いていかれた刀は、何時まで生きれば良いのだろうか。







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