上 下
18 / 68

悪役?令嬢がエントリーしました。

しおりを挟む

ーーーーーーー







「申し訳ございません、オディール姉様。」

「……良いのよ。私の為だと思ったのよね?」


にっこりと優雅な笑みを湛えて、オディールは羽次に労いの言葉をかける。
その姿は慈悲に溢れているようにも見えるのだが、当の羽次は生きた心地がしない程恐ろしいと感じた。

だってこれ迄、優しい言葉の後は大抵…


「私の為に無理をせずとも良かったのに。貴方は体はともかく、頭は名の通り羽のように軽いのだから。」

…これである。

これ、この歳上の従姉妹の、幼少期からの羽次に対するdisりの定型文だ。
この従姉妹はとにかくやんわりカジュアルに毒舌を放つ。

従姉妹と言ってもあちらは格上の公爵家なので、伯爵家の、しかも三男坊でしかない羽次は幼い頃から顎で使われるのが常態化していた。
そしてそれは、何も羽次だけではない。この従姉妹の実家である公爵家に連なる親類関係全てが、その力で成り立っている以上、誰も彼女には逆らえないのだ。

その中でも年齢や容姿がそれなりに優れた者達を、オディールは自らの手駒にしていた。

例えば、何処の誰の始末をつけて来い、何処の誰と寝て来い、と言われれば、手駒達は嫌でもそうするしかない。
でなければたちどころに実家は切り捨てられ、困窮する。 
自分だけではない、両親、兄弟、恋人や大切な人がいるならば、そちらにも累は及ぶ。

だから、彼女がその美しく形の良い唇から、優しい声で柔らかく紡ぎ出す残酷な命令を、受け入れざるをえない。

人を人とも思わない、と 称される点では、彼女は何処かの誰かさんにとてもよく似ていた。



「それにしても、殿下は貴方をとてもお気に入りなのかとばかり思っていたけれど、そうでもなかったのかしらねえ…。」

ぱちん、と優雅に揺らしていた扇子を閉じて、口元に当てて考える仕草。

「…申し訳ございません。」

「ああ、良いのよ。仕方ないわ、それだけのモノだったって事でしょう。」

まあそれに、あれはあれで、ね。
と、オディールは微笑んだ。


数ヶ月間、同じ男に体を明け渡して、文字通り体を張ったのにこの言われよう。
しかし、確かに籠絡に失敗していたのはパーティーの一件で明らかになっている。
その上、今朝にはお役御免の連絡迄来てしまった。
羽次にはもう何も弁解は出来なかった。拳を固く握って耐えるしかない。

「やはり殿下は、あの子狸を大事になさっていたようね。」



元々、その時まだ皇子だったラディスの婚約者候補の筆頭に上がっていたのが、オディールだった。
おそらく、ラディス皇子は数年の内に皇太子として立つであろうと言われていたし、オディールもそのつもりで皇太子妃となるべく厳しい教育にも耐えていたのに、ある時急に皇太子たっての希望で、と候補者を捩じ込んで来て、あっという間にその者が婚約者に決まってしまった。

しかも、お披露目に姿を見に行けば、婚約者になったのは平々凡々な幼い少年。しかも並の10歳児より小さく、皇子が片腕で抱っこしている…前代未聞の婚約劇だ…。
皇子はショタコンだったのか…。

電光石火での決定で前情報が少なかった事もあり、集まっていた皆はザワついた。
同性なのはともかくとして、10歳児は流石にセンセーショナル過ぎる。



だが。


黒髪の少年をエスコートする皇子の表情は、笑顔な訳ではなかったが、見た事が無い程に嬉しそうに照れていた。


オディールはそれを見て、負けた、と思った。
なるほど確かに自分が傍に並ぶ事になっていたとしても、あのような表情は引き出せまい。


だが、だからといって 大人しく引っ込む訳にもいかなかった。
別に自分はあの皇子を慕っている訳では無い。あくまでこの肩に背負った家門の為。一族の為。
この国随一の公爵家の長女として、オディールには果たさねばならない責務がある。
皇子があの少年を好いているのならば、側室に迎えて寵愛すれば良いではないかと思う。
オディールは側室の10や20で目くじらを立てるような器の小さい皇后にはならないつもりだ。
皇后というものは可愛がられるだけの愛玩物に務まるものでは無いのだ。
世の中には、適材適所という言葉もある。

幼少の頃からお前は未来の皇后だと父に散々言い含められて育ってきたオディールは、今更皇后の座を諦めるつもりはなかった。

そして彼女は、数人の手駒を皇子の周囲に配置していった。

動向を探り、チャンスを窺う、その為に。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

処理中です...