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49 君が悪いと言われても

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 頼りない蝋燭の灯りのもと、幼少期から苦楽を共にした自室の古~いベッドの上で、親友から婚約者になったサイラスと一緒に横たわって抱きしめられている。…何だか不思議な気分だ。
 
此処で過ごしていた頃には全く想像すら出来なかった、今という未来。勉強と家業の手伝いとに追われていて、とにかく毎日が目まぐるしかったあの日々。でも、嫌だった訳じゃない。家族の事も、家族同然の使用人達の事も大好きで、大切で、そんな彼らの将来を少しでも安泰にしてやる事こそが俺の使命だと考えていた。だからその為に努力するのは当然だと思っていたし、その努力が順調に成績に反映されていくのを見ているのは嬉しかった。
兄も優秀で優しい人だったけれど、兄1人で出来る事には限界がある。でも、2人なら。兄弟2人力を合わせればリモーヴ家の道は拓ける。優秀な成績を維持し続ける事で1歩1歩とその未来に近づいているのだと思うと、やり甲斐しかなかった。
 とはいえ、学園に通い始めて最初の1年ほどはテストが返って来る度に、どうしてもサイラスに敵わない事を悔しく思った夜もあったけれど、それもいつしか誇りに変わった。あのサイラスの次点をキープしている。サイラスがあまりにチート過ぎて嫉妬もクソも出来なくなったという事もあるが、親しくなっていく毎に彼の内面の素晴らしさ、あたたかさに触れた事が何より大きかったと思う。彼からは学ぶ事も多く、俺はサイラスと同じ時代に生まれて同じ学舎で学ぶ機会に恵まれ、あまつさえ親友になれたという神の配剤にどれだけ感謝したか知れない。
 …まあ、あの婚約破棄&断罪劇直後にプロポーズされた時と、実は巨根なのだというのを知った時には若干出会いを後悔したりもしたが。
 しかし紆余曲折あって、結局サイラスの気持ちを受け入れた今では、やはり出会えて良かったと思う。後継を設け、血筋と家系を守る事が何よりも求められる貴族家において、子を成せない男同士の結婚など不毛ではないかとの思いは今でも捨てきれない。けれどサイラスと過ごしていると、そればかりが結婚ではないのだろうと思えるようにもなって来た。後継問題は大切だ。些末な事ではない。だが、そればかりが人と人生を共にする意味では無い。大切に想い合える相手と過ごし、支え合い、豊かな気持ちで日々を過ごす事も、十分に価値ある生の筈だ。
 いや、そういうものにしてみせる。

「サイラス」

 俺はサイラスの胸に抱かれて目を閉じたまま、彼の名を呼んだ。室内には暖炉も無く隙間風の入る寒い筈なのに、くっついているとあたたかくて、このままではうとうとと寝入ってしまいそうだ。

「どうした?」

 サイラスが応えてくれたので、俺は最近よく思っていた事を言葉にする事にした。

「俺を、ずっと好きでいてくれなくても良い」
 
 「は…?」

 少し怒ったような、訝しげな声にやや焦る。だが、ここで言っておかねばと俺は続けた。

「いや、最後まで聞いてくれ」

「…わかった」

 サイラスは、不満気な、不安気な声で返事をして口を閉じ、俺の次の言葉を待ってくれている。俺は、そんな彼の胴に回した腕に力を込めて抱きしめる。俺からこういう行動を取る事が少ない所為か、頭の上でサイラスが息を飲んだのがわかった。きっと驚いてるんだろうな。来る時の馬車の中での事といい、今日は珍しい事が重なると思ってるんだろう。
 しかし俺だってやる時はやるぞと思いつつ、口を開く。

「俺は、人の感情がずっと同じ熱量で続くとは思っていない。そんな事は不可能だとわかっているし、また、一度永遠の愛を誓ったからと言ってそれを強要するつもりも無い。人は変わるものだ。それを責めるつもりは更々無い」

「…」

 サイラスの顔に、何か言いたげな、苦しげな表情が浮かぶ。けれどなにも言わず黙っているのは、最後まで聞いてくれという俺の言葉を尊重してくれているからだ。それに安心して、俺は続きを話す。

「だからと言って勘違いしないでくれ。君自身を疑っている訳ではない。君がコロコロと翻意するような気の多い人間だとは微塵も思っていないからな」

「……」

「つまり俺が言いたいのは…
 万が一、君が心変わりをしたとしても、俺を手放さないでくれって事だ。他の誰かに恋をしても、愛を与える日が来たとしても。俺に対する恋が消えても、俺を突き放す事だけはやめて欲しい。
 君が思っている以上に、俺は君の事が好きだから。突き放すくらいなら友人でも仕事の片腕としてでも良いから、最後までそばに置いてくれ」

 話している途中から、俺を抱きしめているサイラスの腕の力も強くなっていて、やや痛い。仮定の話をしたのが気に触っただろうか。

「俺はどんな関係であろうと、最後まで君の隣に居たいんだ。――以上。」

 よし、言ってやった。
 そんな気持ちで目を開いて顔を上げると、サイラスの顔は蝋燭の揺れる灯りですらわかるほどに赤くなっていた。気の所為か、蒼碧い瞳が潤んでいるよう、な…と見つめていたら、サイラスが久しぶりに喋った。

「アル…。それ、無自覚に言葉にしてるのなら、君って相当タチが悪いよ」

 そう言い終えたサイラスは、さっきよりもずっと熱烈に唇を重ねて来た。そしてそれが終わると、俺はおもむろに抱き上げられて、先に通された隣の客間のベッドに放り投げられた。

「君が悪い」

 そう言いながら夜通し体中を愛撫されたその夜を、俺は生涯忘れないだろう。

 いくら何でも実家は気不味かったという思い出として。








 

 

  
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