そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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48 アルのお部屋探訪

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 俺とサイラスは、先に用意された客間に向かった。いくら修理しても隙間風が半端ないという理由で、やはり物置きとして使われていたその部屋は、今では隙間風って何でしたっけ?といわんばかりのしっかりした窓枠に変わり、その上暖炉まで備えたピッカピカの部屋に生まれ変わっていた。アクシアンの手配した大工と職人、優秀過ぎない?
 ビフォーアフターに慄きながら、部屋にいくつか置かれたランタンのひとつを持つ。ワクワク顔のサイラスに後ろに張り付かれ、いざ隣の俺の部屋へ。

 以前なら夜は真っ暗だった廊下にも、今は所々火の灯ったオイルランプが置いてあり、足元が危ないという事もない。節約の為にさっさと明かりを消していたあの頃が嘘のような贅沢だ。まあ、サイラスが泊まる今日だけの事かもしれないが…なんて思いながら自室のドアノブを握った。
 俺の部屋には鍵が無い。いや、それは語弊があるか。実際は、以前はあったが数年前に壊れてからは直してない、だ。ウチはアットホームな家とはいえ、突然ドアを開ける無礼者は居ないから、特に修理する必要性を感じなかったのだ。ゆえに、久々の自室にもすんなりと入れるという訳だ。
 
 数ヶ月振りに戻った俺の部屋は、それほど空気も淀んでいないし埃臭くもなかった。使用人の誰かがマメに掃除に入ってくれている証拠だ。ありがたいな。
 ランタンを翳してみた限りでは、まだ改装が行われた様子は無い。小汚い壁といい、古いチェストや椅子といい、記憶の中の見慣れた部屋と全く変わらん。足元を照らしてみて、障害物が無いかの確認。床に余計な物を置いていた覚えは無いが、万が一という事があるからな。よし、窓際にある書見台まで障害物無し。
 ルートの確認が済んだので再びランタンを上に翳すと、サイラスがキョロキョロしているのが見えた。

「どうした?」

「あ、いや。アルの部屋、初めて入るから…」

「ああ…そうだったな。びっくりしたろ」

「ずっと入れてもらえなかったから嬉しいよ」

 そうなのだ。実は俺は、サイラスを部屋に入れた事が無かった。サイラスが寄ってくれても、通すのはいつも客間か父の執務室。どちらも公爵家の令息を通すには不似合いな、質素な設えの部屋だ。それでもそこが、その当時のリモーヴ邸では最も良い…というか、精一杯マシな部屋だった。
 でも別にその時の俺は卑屈になっていたつもりではなくて、ただただ、贅沢な良い物ばかりに囲まれて生きているサイラスの目を汚すのは失礼かと思っての事だった。まあ、他人はそれを卑屈だと取るのかもしれないが、俺にとっては単なる気遣いである。

 窓辺に向かって歩き、辿り着いた古い書見台の上にランタンを置く。蝋燭の灯りに照らされて浮き上がるインクの瓶、使い古したペン軸、立てられずに置きっぱなしになった本。前回この部屋を出る時には、どうせまだ近々帰るからと思っていたから気を抜いてしまっていたのだと思い出した。必要な筆記用具も書籍も、行く先々でサイラスが揃えていてくれたから、愛用品だったそれらを敢えてこの部屋に置いて出たんだっけ…なんてしみじみ考えていると、サイラスに呼ばれた。
 
「アル」

 声の聞こえた方を見れば、背後に居た筈のサイラスがいつの間にやらベッドの方に移動している。そればかりではなく、寝ている!!
 俺は焦った。だいぶ前にも話したと思うんだが、俺の使っていたベッドは簡素に組んだ木の上に、藁や古布やらを詰めた袋を敷いたもの。そのまま体を横たえれば布と服越しにすらチクチク痛い。だから更に厚手の布を掛けてはいるのだが、その布だって年季の入った古いものなので、高位貴族であるサイラスから見れば、およそベッドには見えない粗末な代物である筈なのだ。洗濯しても匂いが取れなくなってたしさ。要するに、注視されるとやや恥ずかしいブツってわけなのだ。

「ちょ、サイラス!起きろ!」

「だってアルはここに毎晩寝てたんだろ?」

「そうだけど…よくこれがベッドだと識別出来たな」
 
「いや、それくらいわかるだろう。君、私の事を何だと思ってるんだ?」

「…」

 まあ、確かに部屋中見渡してみてベッドらしき物はそれだけだものな。一応それっぽい形状ではあるから、わかるか。いや、それにしたってだな。
 俺はサイラスの寝ているベッドに駆け寄り、横にしゃがみ込んで彼に起きるよう促した。
 
「いや、やめろって!臭うだろ、埃もかぶってるかもしれないし」

「書見台にもインク瓶の蓋にも埃なんか見えなかった。ベッドだって大丈夫さ。君の家はいつ来ても清掃が行き届いているじゃないか」

「それは、まあ…」

 うぐぐ。サイラスのやつ、流石の観察眼。確かにウチは貧しいながらも、いや貧しいからこそ清潔には気を使っている。しかし、清潔にしているからと物の基本性能は変わらない。藁ベッドはふかふかベッドにはならないんだぞ!

「君みたいな人がそんなとこに寝たら肌傷めるぞ。」

 俺は何とかサイラスを起こそうとしたが、逆に腕を引っ張られて抱き寄せられた。古い木組みが軋みを上げて、壊れまいかとヒヤヒヤする。

「サイラス!!」

「アル、静かに」

「あ…」

 力強い両腕に抱きしめられて、唇を奪われる。熱い唇から、微かにさっき飲んだワインの味がした。ランタンの灯りだけの薄暗い部屋の中、微かないやらしい水音がいやに耳につく。

「ん…ぅ」

 たっぷり数分貪られて酸欠でクラクラになった俺。そんな俺の耳元で、サイラスは甘い声で囁いた。

「このベッド、君の匂いがしてすごく興奮する。もっと早く入れてほしかったな」

「…」

 変態め。


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