48 / 54
48 アルのお部屋探訪
しおりを挟む俺とサイラスは、先に用意された客間に向かった。いくら修理しても隙間風が半端ないという理由で、やはり物置きとして使われていたその部屋は、今では隙間風って何でしたっけ?といわんばかりのしっかりした窓枠に変わり、その上暖炉まで備えたピッカピカの部屋に生まれ変わっていた。アクシアンの手配した大工と職人、優秀過ぎない?
ビフォーアフターに慄きながら、部屋にいくつか置かれたランタンのひとつを持つ。ワクワク顔のサイラスに後ろに張り付かれ、いざ隣の俺の部屋へ。
以前なら夜は真っ暗だった廊下にも、今は所々火の灯ったオイルランプが置いてあり、足元が危ないという事もない。節約の為にさっさと明かりを消していたあの頃が嘘のような贅沢だ。まあ、サイラスが泊まる今日だけの事かもしれないが…なんて思いながら自室のドアノブを握った。
俺の部屋には鍵が無い。いや、それは語弊があるか。実際は、以前はあったが数年前に壊れてからは直してない、だ。ウチはアットホームな家とはいえ、突然ドアを開ける無礼者は居ないから、特に修理する必要性を感じなかったのだ。ゆえに、久々の自室にもすんなりと入れるという訳だ。
数ヶ月振りに戻った俺の部屋は、それほど空気も淀んでいないし埃臭くもなかった。使用人の誰かがマメに掃除に入ってくれている証拠だ。ありがたいな。
ランタンを翳してみた限りでは、まだ改装が行われた様子は無い。小汚い壁といい、古いチェストや椅子といい、記憶の中の見慣れた部屋と全く変わらん。足元を照らしてみて、障害物が無いかの確認。床に余計な物を置いていた覚えは無いが、万が一という事があるからな。よし、窓際にある書見台まで障害物無し。
ルートの確認が済んだので再びランタンを上に翳すと、サイラスがキョロキョロしているのが見えた。
「どうした?」
「あ、いや。アルの部屋、初めて入るから…」
「ああ…そうだったな。びっくりしたろ」
「ずっと入れてもらえなかったから嬉しいよ」
そうなのだ。実は俺は、サイラスを部屋に入れた事が無かった。サイラスが寄ってくれても、通すのはいつも客間か父の執務室。どちらも公爵家の令息を通すには不似合いな、質素な設えの部屋だ。それでもそこが、その当時のリモーヴ邸では最も良い…というか、精一杯マシな部屋だった。
でも別にその時の俺は卑屈になっていたつもりではなくて、ただただ、贅沢な良い物ばかりに囲まれて生きているサイラスの目を汚すのは失礼かと思っての事だった。まあ、他人はそれを卑屈だと取るのかもしれないが、俺にとっては単なる気遣いである。
窓辺に向かって歩き、辿り着いた古い書見台の上にランタンを置く。蝋燭の灯りに照らされて浮き上がるインクの瓶、使い古したペン軸、立てられずに置きっぱなしになった本。前回この部屋を出る時には、どうせまだ近々帰るからと思っていたから気を抜いてしまっていたのだと思い出した。必要な筆記用具も書籍も、行く先々でサイラスが揃えていてくれたから、愛用品だったそれらを敢えてこの部屋に置いて出たんだっけ…なんてしみじみ考えていると、サイラスに呼ばれた。
「アル」
声の聞こえた方を見れば、背後に居た筈のサイラスがいつの間にやらベッドの方に移動している。そればかりではなく、寝ている!!
俺は焦った。だいぶ前にも話したと思うんだが、俺の使っていたベッドは簡素に組んだ木の上に、藁や古布やらを詰めた袋を敷いたもの。そのまま体を横たえれば布と服越しにすらチクチク痛い。だから更に厚手の布を掛けてはいるのだが、その布だって年季の入った古いものなので、高位貴族であるサイラスから見れば、およそベッドには見えない粗末な代物である筈なのだ。洗濯しても匂いが取れなくなってたしさ。要するに、注視されるとやや恥ずかしいブツってわけなのだ。
「ちょ、サイラス!起きろ!」
「だってアルはここに毎晩寝てたんだろ?」
「そうだけど…よくこれがベッドだと識別出来たな」
「いや、それくらいわかるだろう。君、私の事を何だと思ってるんだ?」
「…」
まあ、確かに部屋中見渡してみてベッドらしき物はそれだけだものな。一応それっぽい形状ではあるから、わかるか。いや、それにしたってだな。
俺はサイラスの寝ているベッドに駆け寄り、横にしゃがみ込んで彼に起きるよう促した。
「いや、やめろって!臭うだろ、埃もかぶってるかもしれないし」
「書見台にもインク瓶の蓋にも埃なんか見えなかった。ベッドだって大丈夫さ。君の家はいつ来ても清掃が行き届いているじゃないか」
「それは、まあ…」
うぐぐ。サイラスのやつ、流石の観察眼。確かにウチは貧しいながらも、いや貧しいからこそ清潔には気を使っている。しかし、清潔にしているからと物の基本性能は変わらない。藁ベッドはふかふかベッドにはならないんだぞ!
「君みたいな人がそんなとこに寝たら肌傷めるぞ。」
俺は何とかサイラスを起こそうとしたが、逆に腕を引っ張られて抱き寄せられた。古い木組みが軋みを上げて、壊れまいかとヒヤヒヤする。
「サイラス!!」
「アル、静かに」
「あ…」
力強い両腕に抱きしめられて、唇を奪われる。熱い唇から、微かにさっき飲んだワインの味がした。ランタンの灯りだけの薄暗い部屋の中、微かないやらしい水音がいやに耳につく。
「ん…ぅ」
たっぷり数分貪られて酸欠でクラクラになった俺。そんな俺の耳元で、サイラスは甘い声で囁いた。
「このベッド、君の匂いがしてすごく興奮する。もっと早く入れてほしかったな」
「…」
変態め。
107
お気に入りに追加
2,940
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる