そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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46 リモーヴ家の遺伝子

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 父母と妹、使用人達がスタンバイしていた広間に場所を移し、卒業祝いパーティーが始まった。実際には卒業の事だけではなく、先ほど兄が言っていたようにアカデミー進学と婚約とリモーヴ邸改築祝いも兼ねているカオスなパーティーなのだが、皆がそれぞれに俺とサイラスに祝いの言葉を告げに来てくれたりして、終始和やかな雰囲気だった。
 リモーヴ家の広間は、屋敷の規模に見合ったかなりアットホームな規模の広間である。しかし以前は広間というより、殆ど物置き部屋として使っていた。何故なら、その年その年を生き抜くのに精一杯で、長年社交界とはほぼ断絶状態だった極貧リモーヴ子爵家は、お客様を迎えてのパーティーなんて小洒落たイベントとは無縁だったからだ。となれば、広間などはただただ無駄なスペースでしかなく、いつしかそこは広い物置きと化していたのである。俺なんか、先ほど見るまでここが広間だという事も忘れていたくらいだ。 まさか家を空けていたほんの数ヶ月の間に、埃だらけの物置きスペースが、本来の輝きと用途を取り戻していたなんて思ってもみなかった。
 そして、やはりここにもシュワロフシュキー。玄関ロビーに設置されていたものより数倍大きな広間用のシャンデリアが煌々と輝いていた。質素倹約は何処へ。

「…」

 その圧倒的存在感に無言になってしまう俺。窓の外は夕暮れなので、シャンデリア既に火が入っている。煌々と広間全体を照らしている様は本当に素晴らしい。でも正直、ちょっとこの屋敷には分不相応ではと思うのだが、隣で100%善意の笑顔で広間全体を眺めているサイラスにそれは言えないのだった…。

「うん、やはり素晴らしい。デザインにも拘った甲斐あって、リモーヴ子爵家に相応しい出来栄えになっている。これからは我が家(アクシアン公爵家)との縁家として、訪問者も増えると思うから、これくらいの品は必要だろう」

「はは…そうだな、ありがとう」

 答えながら、なるほどと思う。俺は、サイラスが俺の実家の事に大金を使ってくれる事に恐縮ばかりしていたけど、彼は何も悪戯に金を注ぎ込んでいる訳ではないのだ。ウチ(リモーヴ邸)の状態を放置しておけば、心無い連中は「公爵家子息の縁家なのに軽んじられている」などと噂する。支援しないアクシアン公爵家とリモーヴ子爵家との間に問題でもあるのかと勘繰られるし、そうなればサイラスも俺も、俺の家族も肩身の狭い思いをする。 両家にとって良い事はひとつも無い。以上の事を鑑みれば、サイラスの行動は妥当なんだろうと思った。
 自家よりずっと格上の家と縁を持つってのはそういう事なんだなあ、なんて納得してシャンデリアを眺めていると、

「アル、ほら」

 と胸の前に差し出されるワイングラス。俺がボーッと天井を眺めている間に、サイラスが取って来てくれたらしい。

「ありがとう」

 礼を言って、ステムを摘んで受け取る。シャンデリアに向けて翳してみると、濃い赤紫色だった液体が光を通して澄んだピンク色に見えた。リムに口を付けると、ふわりと繊細且つ芳醇な香りが鼻腔を擽る。そして舌の上を通過する、程良い酸味と甘さ。

「…すごく美味い」

思わずそう呟くと、それを聞いたサイラスが嬉しそうに言った。
 
「嬉しいな。これ、前にお義父上に差し上げた叔父の領地の品だよ(7話参照)。義兄上に今日のパーティーの計画の手紙をいただいてからすぐに発注を掛けたんだ。ウチの貯蔵庫に残ってる分では心許なくてね」

「ああ、あの…。何から何まで、ありがとう」

 何故サイラスが今日の事を知っていたのかと思っていたが、なるほど。兄が知らせていたのか。最初から、あのボヤッとした父がこんなパーティーを?という違和感はあったのだ。兄が発案者で母が企画、サイラスが協賛という事なら全てに合点がいく。というか、スポンサーに頼りすぎじゃね?まあ、今更なんだが。
 それにしても美味いワインだ、とくぴくぴ味わっていたら、横からサイラスに袖を引かれた。

「アル、義兄上が…」

「兄さんが?」

 兄がどうした、とサイラスの視線の先を見れば、先ほどまで会場出入口の辺りで来訪客の相手をしていた筈の兄が、ニコニコしながらこちらへ歩いて来る。しかも今度は、誰かと連れだって。兄は俺とサイラスの前まで来ると、「楽しんでるか?」と聞いてくれた後、伴って来た男性を紹介してくれた。

「アルテシオ、紹介しておこう。かのアガッティ商会の会頭のご子息で次期後継者でもある、カルロだ」
 
「お初にお目にかかります、アルテシオ令息、アクシアン公子殿下」

 紹介されるのと同時に、兄の横に立っていた男性が俺達に礼をした。赤毛を首元で束ねていて、随分と背が高い。兄やサイラスよりも明らかに大きく、おまけにがっしりとした体躯。これで商人?船乗りの間違いじゃないのか…。
 若干気圧されながら男性と握手を交わす俺とサイラス。それを見ながら兄が続ける。

「実はカルロは僕の学園時代の友人なんだ。卒業後に彼が国外に修行に出て以来交流が途切れていたんだが、数ヶ月前に再会してね。調度や使用人部屋の備品の購入検討で相談に乗ってもらいがてら、旧交を温めているところだよ」

「ああ、義兄上の同期の方でしたか。では我々の先輩ですね」

 サイラスが笑顔でそう言うと、カルロも精悍な顔に笑顔を浮かべて頷いた。

「そうなりますね、光栄のいたりです。」

 笑った顔を見て思う。体躯にばかり目がいってたけど、この人、よく見たらエキゾチックな顔立ちの、かなりの男前だ。異国の血が混ざっているんだろうか。まじまじと見つめてしまっていると、カルロの方も俺をじっと見ていて、感心したように口を開いた。

「驚きました。アルテシオ様は、学園時代のジョアキーノ君そのものですね。本当によく似ていらっしゃる。実に愛らしいです」

「へ?」

 言い忘れていたが、ジョアキーノは兄の名である。…って、それはさて置き。
 愛らしい…。180センチ手前の男に、愛らしい?
 思わず固まる俺。笑顔のままさり気なく俺の前に立って、カルロと遮断せんとするサイラス。しかし俺ガチ勢のサイラスがカルロを敵認定する前に、カルロの口から思いもかけない言葉が出た。

「いや失礼。あまりの血の奇跡に感動が止められず。しかし、今の程良く育ってくれたジョアキーノ君も素晴らしいです。長く育てた情熱を注ぐには、器も耐久性が無くては…」

 最後の方は声を潜めての呟きに近かったが、俺とサイラスにはしっかり聞こえた。兄はよく聞こえなかったのだろう、キョトンとしながらも笑顔は変わらず。そして何故かカルロとガッチリ握手を交わすサイラス。何かが通じ合ってしまったらしい。
 
「なんだ、カルロ。まだ挨拶しかしていないのに公子殿と意気投合か?妬けるなあ、あっはっは」

「いやあ、アクシアン公子殿下とは何かと気が合いそうで嬉しく思います」

「私もですよ、カルロ殿」

 能天気にそんな事を言って笑っている兄。俺は忘れていたのだ。兄が俺以上の鈍感者である事を。
 そして思った。

 父上、早く何とかしないと兄上以降のリモーヴの跡取りは妹頼みになってしまいます。
 この赤毛、兄上ガチ勢です。
















 





 



 

 
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