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45 美形は変態でも許される(?)
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サイラスの俺に対する変態的な溺愛は、様々な場面で思い知らされていて慣れたつもりでいたのだが、興奮で鼻血まで出すのは初めて見た。新たなるドン引き。
しかしまあ、曲がりなりにも婚約者の醜態を放置も出来ず、サイラスに駆け寄ってハンカチーフを差し出す。
「大丈夫か」
「ありがとう…私のアルは優しいな」
「いや、鼻血垂れ流しながら俺の顔を凝視するんじゃなく鼻を押さえろ」
ハンカチーフを受け取り、うっとりした表情で俺を抱きしめてこようとするサイラスの胸に両手を突っ張って阻止する。鼻から流血したままそんな事をしたらとんだスプラッタになるだろうが。
俺の言葉でやっと鼻血を押さえたサイラスに、やれやれと溜息を吐いて兄の方を見る。目が合った兄は、何とも物言いたげな表情で俺を見ていた。(わかっちゃいたけど、お前も大変だな)とでも言わんばかりの憐憫の篭った瞳に、複雑な気持ちになる俺。
取り敢えず、(そうなんです、大変なんですよ)とアイコンタクトで答える。まあ、この状況になるよう助長したのは父上と、父上を止めてくれなかった兄さんの所為も多少はあるんだけどな?
俺がサイラスの気持ちに応えられるような心境になれたから良かったものの、気が変わらなかったら大変どころじゃない、只の悲劇だった。
幸いサイラスの鼻血は、間も無く止まった。凄いなサイラス。神に愛された男は粘膜すら強靭だというのか。うらやま。
「これは私が汚してしまったから、今度新しい品を贈ろう。私とアルのイニシャル入りのものを100枚ほど」
「そんなのもらっても持ち歩けん」
「何故だ?私は持ち歩いてあらゆる場所で見せびらかして欲しいが」
そう言ったサイラスは、既にさっき妙な事で興奮して鼻から血を噴出したなんて事は微塵も感じさせない、悠々たる美青年に戻っている。いやもう本当に凄いな。顔が良ければ変態でも許されるという見本だな。
「皆様、旦那様と奥様がお待ちですので、そろそろ広間の方へ…」
少し離れて事の成り行きを見守っていたレイアードが遠慮がちに口を挟んで来る。
「広間?」
卒業祝いといっても、てっきり食堂でこじんまりと食事会程度かと思っていたのに、まさかの広間。いくら小さな屋敷の広間とはいえ、食堂に比べたら何倍も広いぞ。サイラスを入れても6人なのに、そんな広さ必要だろうか?
訝しむ俺に答えたのは、レイアードではなく兄だった。
「皆が一緒に祝いたいと言うのだよ。最近でこそ新たな使用人も増えたが、我が家は元々、古くから屋敷に居る使用人達ばかりだろう?苦しい時も、ずっと支えてくれた。家族のような者達ばかりだ」
兄の言葉は、レイアードを始めとした、幼い頃から慣れ親しんだ使用人達の顔を思い起こさせた。領地もろくに残らず、貴族というにはあまりにも貧しかった我が家。給料どころか、ろくに食わせてやれない時期だってあった。けれどこんな情けない主家を決して見放さずに働いてくれた彼ら。
俺達リモーヴ家が、汚泥に塗れながらも貴族として最低限の誇りを失わずに生きられたのは、どんな時でも彼らが主としての俺達の尊厳を守り、支えてくれたからだ。でなければリモーヴ子爵は、とうに離散し潰えていた。
だから俺は、兄の言葉に納得して頷いた。
「おっしゃる通りです」
しかし、それと広間になんの関係が?
兄の言わんとする事がまだわからず、首を捻る俺に、兄は続けた。
「なので、この際皆も共に立食パーティーにしようと、母上がな。使用人部屋を増改築してくださった事で公子殿に感謝を述べたいと言っている者も、ひとりやふたりではないのですよ」
最後の方はサイラスに体を向けてそう言った兄は、深々と頭を下げた。
「立食…使用人の皆も…」
兄の口から出た思いがけぬ話に、俺は驚いた。まさかそんな事を考えてくれていたとは。しかし、俺は嬉しくとも…と、チラリとサイラスの様子を窺う。
使用人達と家族のように暮らして来た俺達とは違い、普通の貴族は使用人とパーティーなんて事はしない。基本的に貴族は平民や農民を下に見ている。中には同じ人間だと思っていない者も居る。幼い頃から貴族と平民の間には歴然とした格差があるのだと植え付けられるのだから仕方無い。
普段は分け隔て無く親切でも、高位貴族であるサイラスは、受け付けてくれないのではと思った。
兄はサイラスに頭を下げたまま続ける。
「高位貴族であられるサイラス公子殿に、謝意とはいえ、平民の使用人達が直接口を利くなど失礼極まりないとはわかっております。ですが、受け取ってやってくださいませんか。皆、貴方に感謝しているのです」
サイラスはそれを黙って聞き、頷いた。それを見た兄はホッとしたような顔をして微笑む。
「私達兄弟の事を、生まれてからずっと慈しんでくれた者達です。ですが、アクシアン公爵家に入るアルがこの家に戻るのは…おそらく今日が最後になるやも知れません。ならばせめて最後に、主従の垣根無く、共に楽しいひとときを過ごさせてやりたいと、そう思っているのです」
兄が言い終わると、サイラスは兄と俺、そしてレイアードを順に見て、コクリと頷いた。
「異存はありません。私こそ感謝しているのです。アルのような素晴らしい人を育み育ててくれた皆に」
どうやらサイラスは、受け入れてくれるらしい。流石だ。
兄とサイラスの言葉を聞いていたレイアードは、手袋をした指で涙を拭っていた。
そして俺はと言えば。
(そうか…。もしかすると、これがこの屋敷に帰れる最後になるかもしれないのか)
なんて事を、今更ながらに考えていたのだった。
しかしまあ、曲がりなりにも婚約者の醜態を放置も出来ず、サイラスに駆け寄ってハンカチーフを差し出す。
「大丈夫か」
「ありがとう…私のアルは優しいな」
「いや、鼻血垂れ流しながら俺の顔を凝視するんじゃなく鼻を押さえろ」
ハンカチーフを受け取り、うっとりした表情で俺を抱きしめてこようとするサイラスの胸に両手を突っ張って阻止する。鼻から流血したままそんな事をしたらとんだスプラッタになるだろうが。
俺の言葉でやっと鼻血を押さえたサイラスに、やれやれと溜息を吐いて兄の方を見る。目が合った兄は、何とも物言いたげな表情で俺を見ていた。(わかっちゃいたけど、お前も大変だな)とでも言わんばかりの憐憫の篭った瞳に、複雑な気持ちになる俺。
取り敢えず、(そうなんです、大変なんですよ)とアイコンタクトで答える。まあ、この状況になるよう助長したのは父上と、父上を止めてくれなかった兄さんの所為も多少はあるんだけどな?
俺がサイラスの気持ちに応えられるような心境になれたから良かったものの、気が変わらなかったら大変どころじゃない、只の悲劇だった。
幸いサイラスの鼻血は、間も無く止まった。凄いなサイラス。神に愛された男は粘膜すら強靭だというのか。うらやま。
「これは私が汚してしまったから、今度新しい品を贈ろう。私とアルのイニシャル入りのものを100枚ほど」
「そんなのもらっても持ち歩けん」
「何故だ?私は持ち歩いてあらゆる場所で見せびらかして欲しいが」
そう言ったサイラスは、既にさっき妙な事で興奮して鼻から血を噴出したなんて事は微塵も感じさせない、悠々たる美青年に戻っている。いやもう本当に凄いな。顔が良ければ変態でも許されるという見本だな。
「皆様、旦那様と奥様がお待ちですので、そろそろ広間の方へ…」
少し離れて事の成り行きを見守っていたレイアードが遠慮がちに口を挟んで来る。
「広間?」
卒業祝いといっても、てっきり食堂でこじんまりと食事会程度かと思っていたのに、まさかの広間。いくら小さな屋敷の広間とはいえ、食堂に比べたら何倍も広いぞ。サイラスを入れても6人なのに、そんな広さ必要だろうか?
訝しむ俺に答えたのは、レイアードではなく兄だった。
「皆が一緒に祝いたいと言うのだよ。最近でこそ新たな使用人も増えたが、我が家は元々、古くから屋敷に居る使用人達ばかりだろう?苦しい時も、ずっと支えてくれた。家族のような者達ばかりだ」
兄の言葉は、レイアードを始めとした、幼い頃から慣れ親しんだ使用人達の顔を思い起こさせた。領地もろくに残らず、貴族というにはあまりにも貧しかった我が家。給料どころか、ろくに食わせてやれない時期だってあった。けれどこんな情けない主家を決して見放さずに働いてくれた彼ら。
俺達リモーヴ家が、汚泥に塗れながらも貴族として最低限の誇りを失わずに生きられたのは、どんな時でも彼らが主としての俺達の尊厳を守り、支えてくれたからだ。でなければリモーヴ子爵は、とうに離散し潰えていた。
だから俺は、兄の言葉に納得して頷いた。
「おっしゃる通りです」
しかし、それと広間になんの関係が?
兄の言わんとする事がまだわからず、首を捻る俺に、兄は続けた。
「なので、この際皆も共に立食パーティーにしようと、母上がな。使用人部屋を増改築してくださった事で公子殿に感謝を述べたいと言っている者も、ひとりやふたりではないのですよ」
最後の方はサイラスに体を向けてそう言った兄は、深々と頭を下げた。
「立食…使用人の皆も…」
兄の口から出た思いがけぬ話に、俺は驚いた。まさかそんな事を考えてくれていたとは。しかし、俺は嬉しくとも…と、チラリとサイラスの様子を窺う。
使用人達と家族のように暮らして来た俺達とは違い、普通の貴族は使用人とパーティーなんて事はしない。基本的に貴族は平民や農民を下に見ている。中には同じ人間だと思っていない者も居る。幼い頃から貴族と平民の間には歴然とした格差があるのだと植え付けられるのだから仕方無い。
普段は分け隔て無く親切でも、高位貴族であるサイラスは、受け付けてくれないのではと思った。
兄はサイラスに頭を下げたまま続ける。
「高位貴族であられるサイラス公子殿に、謝意とはいえ、平民の使用人達が直接口を利くなど失礼極まりないとはわかっております。ですが、受け取ってやってくださいませんか。皆、貴方に感謝しているのです」
サイラスはそれを黙って聞き、頷いた。それを見た兄はホッとしたような顔をして微笑む。
「私達兄弟の事を、生まれてからずっと慈しんでくれた者達です。ですが、アクシアン公爵家に入るアルがこの家に戻るのは…おそらく今日が最後になるやも知れません。ならばせめて最後に、主従の垣根無く、共に楽しいひとときを過ごさせてやりたいと、そう思っているのです」
兄が言い終わると、サイラスは兄と俺、そしてレイアードを順に見て、コクリと頷いた。
「異存はありません。私こそ感謝しているのです。アルのような素晴らしい人を育み育ててくれた皆に」
どうやらサイラスは、受け入れてくれるらしい。流石だ。
兄とサイラスの言葉を聞いていたレイアードは、手袋をした指で涙を拭っていた。
そして俺はと言えば。
(そうか…。もしかすると、これがこの屋敷に帰れる最後になるかもしれないのか)
なんて事を、今更ながらに考えていたのだった。
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