45 / 54
45 美形は変態でも許される(?)
しおりを挟む
サイラスの俺に対する変態的な溺愛は、様々な場面で思い知らされていて慣れたつもりでいたのだが、興奮で鼻血まで出すのは初めて見た。新たなるドン引き。
しかしまあ、曲がりなりにも婚約者の醜態を放置も出来ず、サイラスに駆け寄ってハンカチーフを差し出す。
「大丈夫か」
「ありがとう…私のアルは優しいな」
「いや、鼻血垂れ流しながら俺の顔を凝視するんじゃなく鼻を押さえろ」
ハンカチーフを受け取り、うっとりした表情で俺を抱きしめてこようとするサイラスの胸に両手を突っ張って阻止する。鼻から流血したままそんな事をしたらとんだスプラッタになるだろうが。
俺の言葉でやっと鼻血を押さえたサイラスに、やれやれと溜息を吐いて兄の方を見る。目が合った兄は、何とも物言いたげな表情で俺を見ていた。(わかっちゃいたけど、お前も大変だな)とでも言わんばかりの憐憫の篭った瞳に、複雑な気持ちになる俺。
取り敢えず、(そうなんです、大変なんですよ)とアイコンタクトで答える。まあ、この状況になるよう助長したのは父上と、父上を止めてくれなかった兄さんの所為も多少はあるんだけどな?
俺がサイラスの気持ちに応えられるような心境になれたから良かったものの、気が変わらなかったら大変どころじゃない、只の悲劇だった。
幸いサイラスの鼻血は、間も無く止まった。凄いなサイラス。神に愛された男は粘膜すら強靭だというのか。うらやま。
「これは私が汚してしまったから、今度新しい品を贈ろう。私とアルのイニシャル入りのものを100枚ほど」
「そんなのもらっても持ち歩けん」
「何故だ?私は持ち歩いてあらゆる場所で見せびらかして欲しいが」
そう言ったサイラスは、既にさっき妙な事で興奮して鼻から血を噴出したなんて事は微塵も感じさせない、悠々たる美青年に戻っている。いやもう本当に凄いな。顔が良ければ変態でも許されるという見本だな。
「皆様、旦那様と奥様がお待ちですので、そろそろ広間の方へ…」
少し離れて事の成り行きを見守っていたレイアードが遠慮がちに口を挟んで来る。
「広間?」
卒業祝いといっても、てっきり食堂でこじんまりと食事会程度かと思っていたのに、まさかの広間。いくら小さな屋敷の広間とはいえ、食堂に比べたら何倍も広いぞ。サイラスを入れても6人なのに、そんな広さ必要だろうか?
訝しむ俺に答えたのは、レイアードではなく兄だった。
「皆が一緒に祝いたいと言うのだよ。最近でこそ新たな使用人も増えたが、我が家は元々、古くから屋敷に居る使用人達ばかりだろう?苦しい時も、ずっと支えてくれた。家族のような者達ばかりだ」
兄の言葉は、レイアードを始めとした、幼い頃から慣れ親しんだ使用人達の顔を思い起こさせた。領地もろくに残らず、貴族というにはあまりにも貧しかった我が家。給料どころか、ろくに食わせてやれない時期だってあった。けれどこんな情けない主家を決して見放さずに働いてくれた彼ら。
俺達リモーヴ家が、汚泥に塗れながらも貴族として最低限の誇りを失わずに生きられたのは、どんな時でも彼らが主としての俺達の尊厳を守り、支えてくれたからだ。でなければリモーヴ子爵は、とうに離散し潰えていた。
だから俺は、兄の言葉に納得して頷いた。
「おっしゃる通りです」
しかし、それと広間になんの関係が?
兄の言わんとする事がまだわからず、首を捻る俺に、兄は続けた。
「なので、この際皆も共に立食パーティーにしようと、母上がな。使用人部屋を増改築してくださった事で公子殿に感謝を述べたいと言っている者も、ひとりやふたりではないのですよ」
最後の方はサイラスに体を向けてそう言った兄は、深々と頭を下げた。
「立食…使用人の皆も…」
兄の口から出た思いがけぬ話に、俺は驚いた。まさかそんな事を考えてくれていたとは。しかし、俺は嬉しくとも…と、チラリとサイラスの様子を窺う。
使用人達と家族のように暮らして来た俺達とは違い、普通の貴族は使用人とパーティーなんて事はしない。基本的に貴族は平民や農民を下に見ている。中には同じ人間だと思っていない者も居る。幼い頃から貴族と平民の間には歴然とした格差があるのだと植え付けられるのだから仕方無い。
普段は分け隔て無く親切でも、高位貴族であるサイラスは、受け付けてくれないのではと思った。
兄はサイラスに頭を下げたまま続ける。
「高位貴族であられるサイラス公子殿に、謝意とはいえ、平民の使用人達が直接口を利くなど失礼極まりないとはわかっております。ですが、受け取ってやってくださいませんか。皆、貴方に感謝しているのです」
サイラスはそれを黙って聞き、頷いた。それを見た兄はホッとしたような顔をして微笑む。
「私達兄弟の事を、生まれてからずっと慈しんでくれた者達です。ですが、アクシアン公爵家に入るアルがこの家に戻るのは…おそらく今日が最後になるやも知れません。ならばせめて最後に、主従の垣根無く、共に楽しいひとときを過ごさせてやりたいと、そう思っているのです」
兄が言い終わると、サイラスは兄と俺、そしてレイアードを順に見て、コクリと頷いた。
「異存はありません。私こそ感謝しているのです。アルのような素晴らしい人を育み育ててくれた皆に」
どうやらサイラスは、受け入れてくれるらしい。流石だ。
兄とサイラスの言葉を聞いていたレイアードは、手袋をした指で涙を拭っていた。
そして俺はと言えば。
(そうか…。もしかすると、これがこの屋敷に帰れる最後になるかもしれないのか)
なんて事を、今更ながらに考えていたのだった。
しかしまあ、曲がりなりにも婚約者の醜態を放置も出来ず、サイラスに駆け寄ってハンカチーフを差し出す。
「大丈夫か」
「ありがとう…私のアルは優しいな」
「いや、鼻血垂れ流しながら俺の顔を凝視するんじゃなく鼻を押さえろ」
ハンカチーフを受け取り、うっとりした表情で俺を抱きしめてこようとするサイラスの胸に両手を突っ張って阻止する。鼻から流血したままそんな事をしたらとんだスプラッタになるだろうが。
俺の言葉でやっと鼻血を押さえたサイラスに、やれやれと溜息を吐いて兄の方を見る。目が合った兄は、何とも物言いたげな表情で俺を見ていた。(わかっちゃいたけど、お前も大変だな)とでも言わんばかりの憐憫の篭った瞳に、複雑な気持ちになる俺。
取り敢えず、(そうなんです、大変なんですよ)とアイコンタクトで答える。まあ、この状況になるよう助長したのは父上と、父上を止めてくれなかった兄さんの所為も多少はあるんだけどな?
俺がサイラスの気持ちに応えられるような心境になれたから良かったものの、気が変わらなかったら大変どころじゃない、只の悲劇だった。
幸いサイラスの鼻血は、間も無く止まった。凄いなサイラス。神に愛された男は粘膜すら強靭だというのか。うらやま。
「これは私が汚してしまったから、今度新しい品を贈ろう。私とアルのイニシャル入りのものを100枚ほど」
「そんなのもらっても持ち歩けん」
「何故だ?私は持ち歩いてあらゆる場所で見せびらかして欲しいが」
そう言ったサイラスは、既にさっき妙な事で興奮して鼻から血を噴出したなんて事は微塵も感じさせない、悠々たる美青年に戻っている。いやもう本当に凄いな。顔が良ければ変態でも許されるという見本だな。
「皆様、旦那様と奥様がお待ちですので、そろそろ広間の方へ…」
少し離れて事の成り行きを見守っていたレイアードが遠慮がちに口を挟んで来る。
「広間?」
卒業祝いといっても、てっきり食堂でこじんまりと食事会程度かと思っていたのに、まさかの広間。いくら小さな屋敷の広間とはいえ、食堂に比べたら何倍も広いぞ。サイラスを入れても6人なのに、そんな広さ必要だろうか?
訝しむ俺に答えたのは、レイアードではなく兄だった。
「皆が一緒に祝いたいと言うのだよ。最近でこそ新たな使用人も増えたが、我が家は元々、古くから屋敷に居る使用人達ばかりだろう?苦しい時も、ずっと支えてくれた。家族のような者達ばかりだ」
兄の言葉は、レイアードを始めとした、幼い頃から慣れ親しんだ使用人達の顔を思い起こさせた。領地もろくに残らず、貴族というにはあまりにも貧しかった我が家。給料どころか、ろくに食わせてやれない時期だってあった。けれどこんな情けない主家を決して見放さずに働いてくれた彼ら。
俺達リモーヴ家が、汚泥に塗れながらも貴族として最低限の誇りを失わずに生きられたのは、どんな時でも彼らが主としての俺達の尊厳を守り、支えてくれたからだ。でなければリモーヴ子爵は、とうに離散し潰えていた。
だから俺は、兄の言葉に納得して頷いた。
「おっしゃる通りです」
しかし、それと広間になんの関係が?
兄の言わんとする事がまだわからず、首を捻る俺に、兄は続けた。
「なので、この際皆も共に立食パーティーにしようと、母上がな。使用人部屋を増改築してくださった事で公子殿に感謝を述べたいと言っている者も、ひとりやふたりではないのですよ」
最後の方はサイラスに体を向けてそう言った兄は、深々と頭を下げた。
「立食…使用人の皆も…」
兄の口から出た思いがけぬ話に、俺は驚いた。まさかそんな事を考えてくれていたとは。しかし、俺は嬉しくとも…と、チラリとサイラスの様子を窺う。
使用人達と家族のように暮らして来た俺達とは違い、普通の貴族は使用人とパーティーなんて事はしない。基本的に貴族は平民や農民を下に見ている。中には同じ人間だと思っていない者も居る。幼い頃から貴族と平民の間には歴然とした格差があるのだと植え付けられるのだから仕方無い。
普段は分け隔て無く親切でも、高位貴族であるサイラスは、受け付けてくれないのではと思った。
兄はサイラスに頭を下げたまま続ける。
「高位貴族であられるサイラス公子殿に、謝意とはいえ、平民の使用人達が直接口を利くなど失礼極まりないとはわかっております。ですが、受け取ってやってくださいませんか。皆、貴方に感謝しているのです」
サイラスはそれを黙って聞き、頷いた。それを見た兄はホッとしたような顔をして微笑む。
「私達兄弟の事を、生まれてからずっと慈しんでくれた者達です。ですが、アクシアン公爵家に入るアルがこの家に戻るのは…おそらく今日が最後になるやも知れません。ならばせめて最後に、主従の垣根無く、共に楽しいひとときを過ごさせてやりたいと、そう思っているのです」
兄が言い終わると、サイラスは兄と俺、そしてレイアードを順に見て、コクリと頷いた。
「異存はありません。私こそ感謝しているのです。アルのような素晴らしい人を育み育ててくれた皆に」
どうやらサイラスは、受け入れてくれるらしい。流石だ。
兄とサイラスの言葉を聞いていたレイアードは、手袋をした指で涙を拭っていた。
そして俺はと言えば。
(そうか…。もしかすると、これがこの屋敷に帰れる最後になるかもしれないのか)
なんて事を、今更ながらに考えていたのだった。
97
お気に入りに追加
2,941
あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる