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43 劇的ビフォーアフター
しおりを挟む馬車が停まり、御者が扉を開ける。サイラスが先に降りて、続いて降りようとする俺に手を差し伸べてきた。淑女ではない俺に手助けなどは不要だと何度言っても聞きやしない。大真面目な顔で『女性扱いしているのではなく、大切な人として扱っているんだ』などと言われてしまえば、満更でもない俺は二の句など告げられなくなる。
そんな訳で、既に抵抗感すら奪われ消え失せた俺はすんなりとサイラスの手に自分の手を預けながら馬車から降りる。そして、眼前に広がる景色に首を傾げた。
「...あれ?」
そこには、確かに記憶の中にある慎ましやかな我が実家の門扉があったのだが...何だろうか、この違和感は。そう思っていた俺の耳に、懐かしい声が飛び込んでくる。
「おかえりなさいませ、坊っちゃま。お待ち申し上げておりました、公子様」
声の方に視線をやれば、それはリモーヴ家自慢の家令・レイアードだった。数人の使用人達と共に門の前で待ち構えていたらしき彼は、俺とサイラスにゆっくり歩み寄って来て、畏まった様子で頭を下げた。冷静沈着を装っているけれど、口元の笑みが隠し切れていないぞ。
「ただいま、レイアード。久しぶりだな。皆元気そうで何より、だ...ん?」
言ってから、先ほど感じた違和感の正体に気づく。レイアードと一緒に立っている使用人達の顔に見覚えが無いのだ。貧困ゆえにアットホーム貴族の名を欲しいままにしているリモーヴ子爵家では、俺が知る限り、使用人の入れ替えや新規雇用などは皆無だった。だというのに、今レイアードの後ろに控えている、きちんとお仕着せを着た3人の若い男女は一体...。
「...レイアード、使用人の顔ぶれが変わったか?」
そっと耳打ちすると、返事の代わりににんまりと笑みを深くするレイアード。何なんだ。
訝しく思っている俺を尻目に、レイアードは使用人の一人に向かって指示をした。
「先に行って、アルテシオ坊っちゃまがご婚約者のサイラス公子様とご一緒にお帰りだと旦那様にお伝えを」
命じられた、おそらく俺やサイラスと同年代くらいの男性の使用人は「かしこまりました」と頷き、俺達に一礼をしてから屋敷に向かって足早に歩いて行く。それを見送りながら、レイアードは俺とサイラスに体を向き直し、促した。
「さあ、参りましょう。皆様、今か今かと首を長くなさっておいでです」
「あ、ああ...」
促されて屋敷の方へ。ご存知の通り、狭小貴族屋敷である我が実家。門扉から屋敷までは知れた距離なのだが、たったそれだけ歩くだけでもわかった事がある。門扉を始めとして、敷地内の至る所が地味に手入れされているのだ。垣根や農具入れにしている小屋の入口の金具や板など、今まではとても金も手も回せなかった箇所が修理され、或いは新しい物に替えられて、本当に地味~に綺麗になっていた。そして屋敷の外観も、腐った窓枠を無理矢理修繕した跡が消え、新しい枠が嵌め込まれていたり、近くで見ると格段に綺麗になっている。数ヶ月前に帰って来た時には相変わらずのボロボロ状態だったから、俺がアクシアン邸に戻った後からか。
「...随分、手を入れたようだな」
キョロキョロと観察しながらそう呟いた俺に、今度はレイアードも頷いた。
「坊っちゃまと公子様のお陰様でございます。お屋敷も、私ども使用人の住む部屋も増築していただきまして...新たな人手も十名ほど雇い入れる事が出来ました。これで収穫期にも安心だと、若様などはそれはもうお喜びで...」
それを聞いて、俺はハッと横のサイラスを見た。サイラスは俺の視線を受けて、にこりと微笑む。どうやらサイラスは早くもリモーヴ家の立て直しに力を貸してくれていたらしい。
「すまない。ありがとう、サイラス」
礼を言うと、首を振られた。
「何を水臭い事を。伴侶の家族は私の家族だ。家族を助けるのは当然だろう」
「式もまだだというのにか」
「少々遅いか早いかなんて誤差じゃないか、どうせ婚約式は済ませたのだし」
「ああ、なるほど...」
どうやらサイラスは、婚約式の後に言っていた言葉を早々と有言実行してしまったらしい。
「しかし、義父上も義兄上もアルに似て謙虚な方達だ。私はこの際屋敷を立て替えましょうと進言したのに、そこまでお世話になる事はと固辞されてしまったんだ。だから仕方なく、増改築と修繕止まりに...。」
屋敷の見違えるようなビフォーアフターに感動している俺に対して、やや不満顔のサイラス。仕方なく増改築と修繕止まりって何だ。これだから高位貴族のボンボンは...。
「こんな微々たる事であまりに恐縮なさるから、こちらの方が心配になってしまったよ。今日、義父上にお会いしたら是非アルからもこれからは何もご遠慮なさらないようにと言ってくれないか」
「ああ、うん...はは...」
微々たる。
何故か俺よりサイラスの方が、リモーヴ家立て直しに対する意欲がすごい。ノブレス・オブリージュにも程があるわ...いや婚約者相手だともうそうは言わないのか?なんて思いつつ、玄関前に到着。やはりというか、玄関扉も真新しく重厚なものになっていた。アクシアン邸には遠く及ばずとも、貴族の屋敷としては、まあまあ恥ずかしくないレベルだろう。周囲の庭木も整えられているし、体面は取り戻せているようだ。この屋敷がこれほど綺麗な状態を見るのは生まれて初めてで、まるで違う屋敷に来たみたいで落ち着かない。こんなに綺麗にされてしまったなら、他家に出た俺の部屋も修繕に乗じてもう無くされてしまったのかもしれないな。寂しいが、仕方ないか…などと思う。しかし、少しばかりセンチになった俺の気持ちは、レイアードが扉を開ける重たい音に打ち消された。
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