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41とうに心は傾いていた
しおりを挟むガタゴトと車輪が砂利道を進む。
以前は蹄鉄の摩耗具合いくらいしか気にならなかったその道に、こんなにも胸躍らせる日が来ようとは。
そわそわと窓の外に目をやると、そこにはまだ白い花がまばらに残る木々が並んでいる。そうか、まだ春の終わりだもんな。そしてもう暫く進むと木立ちを抜け、今度は一面の菜の花畑が姿を現した。これも以前なら毎年見慣れた光景で、何の感慨も湧かない景色の筈なのに、今はいやに美しく思える。
…ま、この花畑は観賞用じゃなく採油用なんだけどな。
そうしている内に、また木々のアーチに入る。そして次にそれを抜けた時に広がったのは、青々と風に波打つ麦畑とその向こうに見える風車だった。
これがあと1、2ヶ月もすると穂首が黄色味を帯びて頭を垂れ始める。そうしてもうそろ刈り入れかというそんな時期、日が暮れかける時間に見る麦畑は、オレンジ色の夕陽に照らされて黄金色に美しく輝くのだ。
それはひととき貧しさを忘れてしまうような、豊かで幻想的な光景だった。
だが、それも今年からはおそらく見られないんだろうと思うと、少し残念な気もする。
じいっと外の景色に見入っていると、横からサイラスの声が聞こえた。
「ああ、今年も順調そうだな」
「うん、そのようだ」
そう返しながら、ああそうかと思う。5年もの間、リモーヴ家と学園までの往復の送迎をしてくれていたサイラスにもまた、この道沿いから見える四季は目に馴染みのあるものなのだろうな。
…そういやコイツ、毎年夏季休暇中も何故かウチに日参してたな、パンに色々挟んだものや菓子なんかを持って。農作業で疲労して腹が減った頃にジャストタイミングで現れては、一緒にそれを食してすぐに帰っていった。あれは本当にありがたかったな。
そんな事をつらつらと思い出していたら、ふわっと後ろから抱きしめられた。
「サイラス?」
どうした事かと俺の左肩に顔を埋めてきたサイラスに呼びかけると、サイラスはくぐもった声でぼそりと言った。
「…恨んでいるか?半ば強引に君をこの素晴らしい場所から連れ出した私を」
「え…」
驚いた。
常に威風堂々として自信に満ちたサイラスの、別人のように頼りない声と言葉。しかし、それは真摯な問いかけだ。
俺はその問いを受け、暫しの間自問してから答えた。
「まあ確かに、君には様々な手段で外堀を埋められはしたが…それでも俺が本気で嫌がる事はしなかった」
「…」
「だから、最終的に君の手を取ると決めたのは俺自身だ。後悔なんかしてないし、恨んでもいないさ」
「アル…」
いや本当に。強がりでも何でもなく、俺は自分の状況を受け入れている。
どんなに優れていようが親友だろうが同性なんて対象にはならないと思っていた心は、いつしかサイラスに傾いていた。それはたぶん、口だけではないサイラスの献身と、包み隠しもしなくなった溢れんばかりの恋情にあてられたからだろう。
何度も同衾を重ねる中、サイラスは決して俺に無理強いはしなかった。体格で劣る俺なんか、その気になれば有無を言わさず組み敷いて、いくらでも好きにできた筈なのに。彼はそうはしなかった。
互いの昂りを慰めあう中でゆっくりと慣らそうとしてくれていたし、それだって俺の気が向かなかったり躊躇を見せた時にはすぐにやめた。彼自分のペニスがどれだけ硬くそそり立っていても、気にするなと笑って朝まで俺を抱きしめるだけで静かに眠った。一旦昂ったものを押し殺すその自制心。俺だって淡白気味とはいえ同じ(まあ規模は置いといてだな…)ブツがついているのだから、それがどれだけの精神力を伴うものかくらいはわかるつもりだ。
サイラスが中途で止めて、ただ俺を腕に囲って眠る度。暗がりに慣れてきた目で、すぐそばにある瞼を閉じた長い睫毛の寝顔を見つめる度。俺は自分が如何に大切にされているのかを思い知らされた。
そんな男、いつまでも好きにならない訳が無いだろう。
「俺は君が好きだよ」
そう言いながら、頬を擽ってくる絹糸のような金の髪を撫ぜる。すると突然、弾かれたように顔を上げるサイラス。首を横に向けてサイラスの顔を見ると、その顔には驚愕の色がありありと浮かんでいた。…どうした?
「…アル?今…」
「え、何だ?」
「いや、今…私を好きだと言って、触れた…」
「それがどうかしたのか」
「それがどうかって…だって君の方から私に触れた事なんて、今まで…」
「あー…うん、そうだったかな」
すっ惚けた風を装って答えながら、俺はやはりサイラスは気づいていたのだと思った。無理もない。途中までの俺は、顔には出さないようにと努めながらも乗り気ではない事は隠しようが無かったしな…。
それでも、サイラスの心に呼応するように俺の覚悟もゆっくりと定まっていったのだ。ただ俺は、サイラスのように素直に愛情表現を出来る人間では無いから、今の今までそれが伝わっていなかったんだな。
少し反省していると、斜め下から掬い上げるように唇を奪われた。
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