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40 学園卒業
しおりを挟む卒業試験の結果が出、アカデミーへの推薦合格通知が来て暫く経った頃、サイラスと俺は5年間を過ごした学園の卒業式を迎えた。
壇上で総代として答辞を読み上げたサイラスは何時にも増して輝いていて、流石のカリスマ性を放っていた。
式典が終わると、別れを惜しむ卒業生や在校生達があちこちで固まって話したり、泣いたり、抱きしめあったり。卒業生達の進路は様々で、俺やサイラスのようにアカデミーに進学する者も居れば、これ以上の進学をしない者達も多い。この学園の卒業実績だけでも十分だからだ。学園に入る為に地方から来ていた生徒は、卒業を機にそれぞれの地元へ戻っていくし、そうなればもう一生会えない友人同士もいる事だろう。
サイラスも多くの同級生や在校生達に囲まれていたし、何故か俺も囲まれて、涙ながらの祝いと別れを惜しむ言葉をもらった。知った顔も、あまり馴染みのない顔もあったが、そんな事は関係なくみんな白目が真っ赤になるほど泣いていた。おそらく例の"清貧の君を愛でる会"メンバーも混じっていたのだろう。たくさんの花束を渡され、校門までは花道が作られていて、晴れやかな気持ちでその道を歩き、俺達は学園に別れを告げたのだった。
我が国では卒業式は少し早く、春の終わりだ。そして初夏から夏の終わりまでの長期休暇を挟み、秋が来ると他国と同じように新学期が始まる。夏季休暇が長いのは、アンリストリアの夏が周辺国よりも暑いからだと言われているが、外国の夏を知らない俺にはどうでもいい話である。
なんせ、休暇とは名ばかりで、アンリストリアの夏は忙しいのだ。貴族と言えど、長期休暇だ~なんて浮かれてバカンスへ行ったり遊び回るのはお気楽な子供の内だけで、それなりの年齢になれば領地管理などの家業を学んだりするのに多忙な季節になるのだから。
まあ、残った領地も小さくほぼほぼ平民(農民?)だった俺の実家の場合は、机上の管理業務よりも家族総出で田畑での作業に追われていた。
周辺国より夏と冬の寒暖差がやや激しいこの国では、春から夏の終わりまでの数ヶ月間が殆どの作物にとっての重要な生育期間だ。特に日々のパンを作るのに最も重要である小麦などは、夏真っ盛りに収穫して、秋にはまた翌年収穫する為に播種しておかねばならない。
他の貴族家とは違って貧しかった俺の実家・リモーヴ家にとっても、その収穫の結果がこの先1年の生活をダイレクトに左右する為、家の者達は主従の別なく皆必死で働いていた。
そういえばもうだいぶ見ていないが、今年のウチの畑の状況はどんなものなんだろうか。
(だがまあ、今年からは収穫作業の手伝いには行けそうにないなあ…)
なんせ今の俺は侯爵令息の婚約者で、実家にすら気軽に帰れない立場なのだから。
卒業式が終わった後、アクシアン公爵家へ帰る馬車の中から外の景色を眺めていると、横に座っていたサイラスが声をかけてきた。
「どうした?アル」
「あ、いや…5年とは意外にあっという間だったなと」
聞かれて咄嗟にそれらしい返答をしてしまうヘタレな俺。だってまさか、卒業の感傷に浸る事も無く実家の畑の様子が気になっていたなんて言えない。
畑どころか、最近は家族との近況報告も手紙のやり取りで知る状況なのだ。今日も帰ったら、無事に卒業したと父上や皆に手紙を書かねばなと考えている。
そんな俺の横でサイラスは、俺の言った言葉に一瞬何かを逡巡するように遠い目をした後、頷いた。
「そうだな。初めてアルに会ったのがつい昨日のことのようだ。本当に、瞬く間の5年間だった」
「うん…全くだ」
「新入生だった頃のアルは本当に愛らしかった。ひと際輝いていて、目が離せなくなるほどだったな…」
「……」
しまった。思いもよらず、サイラスの俺スイッチを押してしまったようだ。何たる不覚。
しかし、己の失態を悔いる俺の胸中を知る由もないサイラスの俺語りは続く。
「あれはめっきり涼しくなった秋の初めだったな…。なまっ白い同級生達ばかりの中、健康的な小麦色の肌をした君は、ひとりぼっちで置いてけぼりをくった夏の妖精のようだった…」
……ゾゾッ。全身に鳥肌が立つ。
やや斜め上を向いて、何かに浸るように目を閉じたサイラスは、口から出た言葉も斜め上だった。夏の妖精て何だよ。
小麦色の肌はお察しの通り農作業焼けである。普通の貴族は農作業なんかしないし移動は基本的に馬車だしで日焼けなんぞしないから、その中にあって目立っていたのは確かだろう。
因みに、その日焼け肌は真冬を迎える頃にはすっかり周りと同じような普通肌に戻っていた。
「小麦色の肌に明るい茶色の髪、利発そうな澄んだ瞳の涼やかな顔立ち。小柄だったのに存在感が際立ってて、目が離せなくなった。
思えばあの時から、私はアルの虜になっていたんだな」
「…そっかあ~…」
…なるほど、物は言いようだ。あっさりした地味な造りを涼やかと表現するか…。君は本当に凄い奴だな、サイラス。歯が浮くようなセリフがそんなにもスラスラ出てくるなんて。
皮肉でも揶揄でもなく本心から言ってるのがわかるから、もう突っ込むまいと諦めてはいるが…正直これを長々聞かされるのはきつい。
何なら、これがつい数時間前まで凛々しく総代を務めていた最優秀生と同一人物だと思うと、実に複雑な気分である。
なんとも言えない気分で黙ってサイラスの話を聞いていた俺だったが、ふとある事に気づいた。
走る場所の窓から見える景色が、ここ数ヶ月のものとは違っている。これは街中の整備された広い通りを走れば着く、アクシアン家に戻る道ではない。
家並みが途切れ、風に揺れる木々が現れ、馬車の車輪が砂利を踏んでガタつきだす。木々のアーチを抜けてしまえば、青青とした田園風景が左右に広がり、空の色まで変わったよう。
「なあ、サイラス…これは…」
窓にへばり付いて外を見つめながら、俺が呟くように言うと、少し間を置いてサイラスが答えた。
「なんだ、もう気づいてしまったのか。せっかく驚かせてやろうと思ったのに」
さっきまでとは違う調子の声に振り返ると、サイラスは何時になく悪戯っぽい表情で笑っている。
「皆、君の卒業を祝う為にお待ちだそうだ」
「サイラス…ありがとう」
久々に通る懐かしいその道は、学園から俺の実家であるリモーヴ子爵家への一本道だった。
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