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39 サイラスは最強夫婦を目指すつもりらしい
しおりを挟む憂慮していたような事もなく、平和な学園生活に戻ったかと思いきや、すぐに卒業試験が始まった。そして俺は、その卒業試験に今まで以上の気合いを入れて取り組んでいる。
つい先日サイラスと決めた、ある約束の為に。
さて、我が校では、成績優秀者の上位3名までは本人が希望すれば王立アカデミーへ推薦で進学できるという制度がある。しかも、学費は免除。
因みに王立アカデミーとは我が国に於ける最高学府のトップであり、国中から優秀な生徒達が集まってくる場所である。当然、財力があり高等教育を受けられてきた貴族の子弟が半数以上を占める事になるのだが、中には優秀さを見込まれて教会や篤志家の貴族や商人達に援助を受けてきた平民の学生もいる。そして彼らは学問に対して、貴族の子弟達よりもずっと熱心だ。
それは何故か。
王立アカデミー卒業という肩書きだけでも箔は付き、その後の人生はほぼ安泰だ。だが、更に優秀な成績での卒業となると…あらゆるところからスカウトが来る。そして、彼らの本命である官僚にも、道は開かれる。前途洋々、人生逆転だ。
そんな風に人生が掛かっているのだから、単なる学問好きでアカデミーに入学した、なんて動機の貴族連中とはハングリー精神が違う。
まあ、貧乏貴族に育った俺だって、以前は優秀な成績で学園卒業、に王立アカデミーに進学・卒業というスペックが加われば、何処にでも引く手数多だなあなんて考えていた。
しかしそれは、サイラスとの婚約話が持ち上がった事と、本当に婚約してしまった事で、悶々としつつも半ば断念した気でいたのだ。
しかし、そんな俺の迷いが払拭されたのは、実は冬休み最後の日の夜の事だった。
「私が行くのだから、君も行くのが筋だろう」
もはや習慣化した添い寝の為に俺のベッドに潜り込んできたサイラスは、キョトンとした顔でそう言った。何の気無さ過ぎるその言葉に、俺は驚いて眉を顰める。
「え…だって…良いのか?家庭に入れとか言わないのか?」
「何故だ?まさか、母上の仰った事を真に受けたのか」
今度はサイラスが眉間に皺を寄せた。
「真に受けた、というか…」
――これからは留守にしていても安心して療養していられるのね。アルテシオ様、此方の事はよろしくお願いしますわね――
俺の脳内には、公妃様の言葉が再生される。真に受けるも何も、そういう事じゃないのか?これからは安心とか、此方の事はよろしくとか…。
「公妃様のお言葉の端々から開放感みたいなものが感じられた気がして、てっきり本邸の管理は俺にお任せになるおつもりなのだと…」
首を捻りながらそう言うと、サイラスは笑いながら言った。
「やっぱりそうだったか。真面目な君の事だし、妙に気負っていたようだからそうなんじゃないかと思ってた」
「気負って…って…」
「母上が君にああ仰ったのは、別にいきなり全てを丸投げしようと思われての事ではないと思うよ。これからは自分に何かあってもアルが居てくれるからある程度の事は任せられると安心しされただけで…」
「え、そうなのか?」
「それに、父上はまだまだお若くてご健勝だ。私が爵位を継ぐのはまだ先だよ。という事は、は、母上だって同じ事だ」
「あ…そうか、そうだよな」
サイラスに言われて、ハッとする。そりゃそうだ。サイラスが学園を卒業したから、成人したからといって、働き盛りの公爵様がまだ青二才の息子に爵位譲って引退する筈がない。そして、その伴侶である公妃様だって。
俺が勝手に先走って気負っていただけだ。そうわかると急に恥ずかしくなった。
枕を背に、布団のシーツを摘んで俯くと、真横に居たサイラスが慰めるように肩を抱いてきた。
「とはいえ、母上はお体が強いお方ではないから、今以上に体調が悪化するようならば状況は変わるだろう。…それでも、アルひとりの肩に全てを背負わせるような真似は、私はしない」
「サイラス…」
頼もしい言葉に、俺はサイラスの顔を見つめる。するとサイラスも俺を見ていて、穏やかな表情でこう言った。
「だからね、卒業して結婚したからと言って、すぐに家の事だけに専念しなきゃならない事も、やりたい事を我慢する必要もない。
アル、君、勉強好きだろう?元々はアカデミーまで行って学びたいと目を輝かせていたじゃないか」
「あ、うん」
確かにそうだ。前々から将来はどうしたいかと話す時には、決まってアカデミーの話は出た。学園を卒業しても、共に進学して、当たり前のようにずっと席を並べて学ぼうと。
サイラスはちゃんと覚えていてくれたんだな。
「私との結婚の為に、アルが夢を諦める必要はないんだ」
「…ありがとう」
感動して少し胸が熱くなった俺の頬に、サイラスがキスをする。それから、にっこり微笑んで言った。
「まあそうなれば在学中に結婚する事になるが…良いじゃないか、夫婦でアカデミーに通う学生が居たって。私達は胸を張っていれば良い。
夫婦2人共にアカデミーを卒業した暁には、アンリストリア王国始まって以来の快挙なのだから」
「なるほど…」
「そうなれば我がアクシアン公爵家は名実共に無敵だぞ、アル」
それは、確かにな。
でもアカデミーには女性は入学出来ないから、そもそもがアカデミー出のご令嬢自体が存在しないというだけなんだけどな?俺とサイラスは数少ない同性婚の男性カップルの上、たまたま2人共に成績優秀者だからそうなる確率が高いというだけ。もしこれから先、王国が女性にも学問の門扉を開く時代が来たならば、それも変わっていくだろう。
だが、現時点では確かに俺とサイラスの2人が共に王立アカデミー出身高学歴夫婦になる可能性が高い。
それにしても…そうか、在学中に夫婦になるのか。何だか不思議な気分だ。
「だからな、アル。最後まで成績をキープして花道を飾って、揃ってアカデミーに行こう」
サイラスの言葉に、俺は力強く頷き――そして俺は、胸を張ってアカデミーへ進学する事を教諭に伝え、卒業試験に臨んだ。
結果は、やはりサイラスを抜く事は出来なかったものの、次点はキープ。
そして俺とサイラスは、揃って王立アカデミーへの推薦を手にしたのだった。
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