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38 奥歯に物が挟まったような言い方に突っ込みを入れたい
しおりを挟む登校途中にサイラスに拉致されて東ネールの屋敷で軟禁・懐柔→塔から脱走したシュラバーツ殿下の奇襲に備えて自宅に戻る予定を変更・一旦アクシアン本邸預かり→やっと帰宅→婚約式後、今度は正式な婚約者としてアクシアン公爵家に…という、短期間であまりにあまりな急展開に見舞われた俺は、すっかりトラブル耐性がついてしまった。
アクシアン公爵家も、入居初日にちょっとしたいざこざはあったものの、その後は取り立てて問題が起きる事も無く、俺は日毎にその環境に慣れていった。
これは、元より馴染んだ家だったというところも大きいが、(もう少々の事じゃ驚かないな…)と、メンタルが鍛えられたお陰だと思う。
かといって、全く違うレベルの貴族家に入るという事を甘く考えていた訳ではないぞ。屋敷内の事は別にしても、もっとサイラスのシンパみたいな連中やご令嬢方から横槍が入ったり、妬み嫉みイビりみたいな事があるかもと想定していたのだが、どうやらそんな事も全く無く。
まあ、考えてみれば…婚約後、すぐに婚家に入ってるって実質もう嫁…という感じで変に手を出せないのかもしれないな。
俺が女性なら、社交の場に顔を出して女同士のつき合いの中で嫌味くらいは言われるのかもしれないが、男だし。
サイラスの事だから、同性でも懸想してる人間はいそうだが…俺に手を出して公爵家の怒りを買いたい馬鹿はいないだろう。
とはいえ、気は抜かずアクシアン公爵家に相応しい品格を身につける努力をしなければならない事には変わりない。公妃様のように、将来は公爵を継ぐサイラスを支えられるくらいの器量を身につけねば。
途中までは確かに、『どうしたら婚約を回避できるだろうか』とか、『サイラスの為にもどうにか彼の求愛から逃げなければ』と考えていた筈なのに、いつしか真剣に向き合っている自分がいる。
まだ気持ちの内訳は 友情7、最近芽生え始めたなんとなく甘酸っぱい何か3なんだが、最初が友情10だったものがそう変化したのは、俺の中では凄い変化だ。これはひとえにサイラスの俺に対する努力によるものだと思うし、驕るわけではなく、サイラスのような完全無欠の男が俺なんぞにそこまで頑張ってくれてる事が素直に嬉しい。
…ま、やっぱり未だに、俺が女だったらもっと良かったんだろうけどな、と思う事もあるが…まあ、男で良いって本人が言ってんだから良いんだろう。
冬休みが明け、再び学園への登校が始まった。
婚約後、同じ屋敷からの初めての登校だ。教室に到着しサイラスと並んで席に着いた途端、2人揃ってたくさんの生徒達に取り囲まれた。
「ご婚約おめでとうございます!」
「サイラス様、良かったですね!長かったですもんね!」
「清貧の君、めちゃくちゃ鈍感でしたもんね!!」
「全然お膳立てにも気づいてくれませんでしたもんね!」
「ありがとう、君達のさり気ないサポートのお陰だ」
「おい待て」
次々に俺とサイラスに祝いの言葉を口にする生徒達と、それに礼を述べるサイラス、そして聞き捨てならない事を聞き突っ込む俺。
清貧の君呼ばわりの事はこないだサイラスに聞いたとして、鈍感って?何をお膳立てされてたの?そして、礼を言ってるって事はサイラスも了解済みだったの???
「どういう事だ、君」
見覚えのある顔だなとその中の1人を捕まえてそう質問すると、その生徒は何故か俺が捕まえている腕と俺の顔とを見比べながら真っ赤になった。
「あっ、いや、えっと…!」
「サポートとは?」
「あのっ、そのですね…、お2人でいらっしゃる場所から他の生徒達を退出させるよう誘導したり、清…アルテシオ様のお身の回りを彷徨く不逞の輩を人知れず更生させたり…」
「更生」
「せ…アルテシオ様を想う気持ちが本物ならば、サイラス様の恋…ご友情を応援して差し上げて、幸せを願うのが筋ではないかと洗の…教育を、少々」
「…」
いや、お気遣いなのかわからないが、もうそこまで言いかけるなら普通に清貧の君とか洗脳とか言ってしまえばどうだろうか。
それに、サイラス様の恋…ご友情、はあまりに苦しい。もう今この状況なのに、何故今更そこ気を使う?
というか、君はもしかして例の"清貧の君を愛でる会"の会員とやらじゃないだろうな?
俺は胡乱な目でサイラスを見たが、サイラスは俺ではなく俺が腕を掴んでいる生徒をじっとりとした笑顔で威嚇していた。俺より先にそれに気づいていたらしい生徒は、真っ赤だった顔が青ざめている。
それに気づいた俺はそっと生徒の腕を離し、解放。
サイラスは微笑みながら怒っていた。
この程度で嫉妬するなんて、君は何て面倒な男になってしまったんだ、サイラス。
「サイラス、君も知っていたのか?」
「ああ、まあね。皆、応援してくれていたしありがたく協力を仰いでいたんだけど、アルは純粋だから全く気づいてなくて手強かったなあ。そんなもどかしいところも良かったけれどね」
「…ほう、、、」
「とはいえ、私もまだあの彼女との婚約継続中だったからね…。想いを告げたいような、まだ気づかれたくはないような…ジレンマだったよ。だから逆にアルが鈍くて良かったかもしれない」
「…なるほど」
確かに1ミリも気づいていなかったが、好きな筈の俺をここまでハッキリ鈍感呼ばわりするのか君。
何とも言えない気持ちになる俺に、別の生徒がフォローの言葉を掛けてくれた。
「清ひ…アルテシオ様は真面目な方ですからね!」
「いいからもうハッキリ清貧って言いなよ」
とうとう突っ込んでしまった俺は悪くないと思う。
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