そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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37 例の件の舞台裏

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公妃様と、公妃様の侍女に首根っこを引っ掴まれたカリアンが出て行くと、部屋は安堵の溜息に包まれた。  

「やれやれ…」

疲れたようにそう呟いたサイラスに、俺はボソリと言った。

「まさか公妃様が足をお運び下さるとは…」

「ああ、私もだ。流石は母上、耳がお早い」

本当に、と頷きながら、何れはあの公妃様の役割りを俺が引き継がなければならないんだよな、と肩に鉛でも乗せられたようだ。
う~ん、今更ながら荷が重い!

「それにしてもあやつ、私の次はアルの傍に付きたいなどと…。あんな嫌がらせをしておいて厚顔無恥もいいところだ。腹立たしい」

「まあまあ。最終的には公妃様の下で叩き直して下さる事になったんだから良いじゃないか。ありがたい事だ。俺ではどうしても甘くなったろうからな」

正直、実家のリモーヴ家では皆長く仕えてくれていて、出来た使用人ばかりだったし、罰を与える必要も無かったから、果たして俺がカリアンを預かっても、厳しくできたかどうか。
大きな目を潤ませながら改心すると俺の手を握ってきたカリアンは、本来は甘え上手な人間なのかもしれない。そんな彼に手のひらを返して素直に懐かれてしまった時、俺はきちんと手心を加えず指導出来ただろうか。
サイラスは俺を優しいと言うが、そうではない。俺は多分、懐に入れた者に甘いだけなのだ。しかしこれからはそればかりでは通用しないという事もわかっている。普段はどうあれ、いざという時に毅然とした対処ができない主は舐められてしまうのだから。
そして、俺にはその辺りの気構えが不十分な事が今回の件ではっきりわかった。
俺の方こそ、統治者の心構えを学ぶべく、明日から公妃様に着いて回るべきなのだが、残念ながらあと数日もすれば短い冬休みが終わり、学園への登校が再開してしまう。そうなれば、卒業に向けた試験勉強に取り掛からねばならない。
ここ暫くは婚約や引越しで少し忙しなくしていたから、そろそろ本腰を入れなければ。そして、そうしている内に公妃様はまた療養先の別荘に戻られてしまうだろう。今度はそこに、カリアンも連れて。
しかし年の半分は別荘で暮らしているにも関わらず、常に本邸の状況を把握して、人員管理もおざなりにされていないのは凄い。
公妃様ご自身が聡明だから、その周りにも優秀な人達が集まって仕えてるって事なんだろうな。そんなお方に婚約式の後、

『これからは留守にしていても安心して療養していられるのね。アルテシオ様、此方の事はよろしくお願いしますわね』

と言われてしまったから手始めにと張り切ったというのに、結局は公妃様に解決していただいたのは格好つかないが、仕方ない。


「結局、公妃様にお手を煩わせてしまったなあ。自力で解決出来ず、未熟さを晒してしまっただけに終わった」

と、苦笑しながら俺が言うと、それを聞いていたジェンズが首を振った。

「いえ、とんでもございません。使用人達への冷静な対応、お見事でございました」

「ありがとう、気を遣わせるな」

俺が礼を言うと、今度はロイスが口を開く。

「奥様は、アルテシオ様をとても大切に思われていると感じました。きっとアルテシオ様のお振る舞いを好ましく思われたからだと思います。
エリス様の時は、何度か此方にいらした時も1度たりとも姿をお見せになりませんでしたから」

「ロイス」

「…失礼を」

「いや、良いんだ。2人ともありがとう」

ロイスはエリス嬢の事を口にした事でジェンズに窘められたが、俺はかまわないと微笑んだ。
ここでジェンズがメイド達に、仕事に戻るように告げ、彼女達は丁寧にお辞儀をして部屋から出て行く。彼女達が出て行くのを見届けると、今度はサイラスがロイスの言葉の続きのように呟いた。

「いや、ロイスの言う通りだ。
母上はエリスをいたく嫌っていらした。口にはせずとも、態度で示されていた。
まだ婚約関係にあった頃、彼女は何度かこの屋敷を訪れた事があったが、その時の使用人達に対する横柄さには目に余るものがあった。
母上は"人"を大切にするお方ゆえ、自分が手塩にかけて育てた使用人達をぞんざいに扱われた事が、まず許せず、自分の留守中にずかずかと上がり込まれた事もお気に召さなかったのだろう。しかし、婚約は父上が決められた事だったので否定的な言葉は飲み込まれていたのだと思う。
その内、エリスの醜聞が聞こえ出すと、母上は別荘から戻られる度に私と彼女の婚約を解消すべきだと父上に抗議して下さった。だが、父上は多忙なお方。それゆえ、面倒な家の事は後回しにしがちだった。だからこそ私は、自分とアクシアン公爵家の将来を守る為に、強硬手段に出ざるを得なくなったんだ」

「そうだったのか」

「だから母上は最初から彼女との婚約破棄に協力的だった。アルとの事を相談した時も賛成してくださっていた。
母上がアルに好意的なのは、私が説明するより先に、アルの人となりがアルと接した使用人達から伝わっていたからだ。その上で、私の伴侶に相応しかろうと判断されたのだと思う」

サイラスの口から次々に語られる、あの婚約破棄劇の意外な舞台裏。想像してみた事すらなかったその話に、俺はただ聞き入るしかなかった。












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