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30 実は目星はついている
しおりを挟む俺は長椅子に座り、サイラスはその前を何度も忙しなく行ったり来たり。
「まったく…どうなっているんだ」
と苛立ちを隠しもしない。俺を軽く扱われた事に憤慨してくれるのは嬉しいのだが、この後の事を思って一応釘を刺しておく事にする。
こほん、と小さく咳払いをすると、それに気づいてこちらを向いた彼と目が合ったので手招きで呼ぶ。眉を寄せたまま不思議そうな表情になりながら隣に腰を下ろしたサイラスに、俺は言った。
「サイラス、俺を気にかけてくれる気持ちは嬉しいが、そうカリカリするな。君がそんなんだと、これから集まってもらう皆が萎縮してしまって真意を引き出せなくなる」
「アル…」
「悪いが、ここから先は俺に任せてみてもらえないか」
「…君がそう言うなら」
「ありがとう」
碧い瞳に気遣わしげな色を浮かべ、それでも俺の申し出に頷いてくれるサイラスにニコリと微笑む。ぱあっと笑顔になって抱きついてこようとするのを躱したところで、ノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼致します、ジェンズでございます」
扉を開けて入って来たのは家令のジェンズだった。その後ろには執事のロイスも見える。
「お呼びと伺いましたが…」
と言いながら、先ずサイラスに視線をやり、次いで俺にも目礼をするジェンズとロイス。呼ばれて来たのにサイラスが黙ったままなので訝しく思っているのか、僅かに表情を強張らせている彼ら。流石に何かを察するのが早いなと、俺は口を開いた。
「呼んだのは私だ。」
今のは俺である。公爵家に入るにあたり、使用人の前では一人称を改める事にしたのだ。一人称を変えたからいきなり威厳が身につくものでもなかろうが、形から入るというのも大事だろうと思ったのだ。
「アルテシオ様でございましたか、失礼致しました」
ジェンズとロイスは俺に向かい、丁寧に頭を下げた。それを受けて、俺は頷く。
「うん、良い。頭を上げてくれ」
「はい」
2人が顔を上げるのを待ち、俺は先ず、礼を言った。
「部屋の用意をありがとう。急な事で大変だったろうに、よくやってくれた」
「「恐縮でございます」」
綺麗に揃った返しで、2人はまた礼をした。だが、単に労われるだけに呼ばれたのではない事はとうに察しているらしい2人の表情は少し固い。ならば本題に入ろうじゃないか、と俺は2人に微笑みかける。彼らの頬が少しひくついたように見えた。
「この部屋を整える指示を出したのは、誰だろうか?」
俺の問いに2人が顔を見合わせて、ジェンズが答える。
「私がロイスに命じまして、ロイスがメイドを数名選び作業をさせましたが…何か不都合がございましたでしょうか?」
平静を装っているが、声の調子は何時もと違う。ジェンズやロイスとは、最初にアクシアン公爵家に招かれて寄った時からかれこれ5年来の顔馴染みだ。サイラスの親友として出入りしていた頃から良くしてもらっている彼らを、こんな事で責を問わねばならないのは気が引ける。だが、もうあの頃とは立場が違う。俺も主家の人間として、使用人達に対する言葉遣いや態度を改めた。そして、これからはそれで慣れていかねばならない、お互いに。
「…そのメイドの名は?」
「はい。マリー、メラ、エミルでございます。後は、サイラス様付きのカリアンを伝達役に」
「…そうか」
カリアンと聞いて、先ほどの少年の姿が脳裏に浮かんだ。
「それで、ここの仕上がり確認は、誰が?」
「私でございます」
執事のロイスが手をおずおずと上げる。ロイスは40絡みの壮齢の男性だ。朗らかで実直。最近は白髪も混ざってきて、整った顔立ちに落ち着いた品の良さが備わってきたそんな彼に、青年のように不安げな表情を浮かべさせるのは気が引けた。
「そうか、わかった。では、とりあえず2人で隣の寝室を確認してきてくれないか。それから私に思った事を聞かせてくれ」
回りくどいようだが、俺は最初からただミスを指摘して叱責するような真似はしたくない。元々の主従関係ならばそれでも良いかもしれないが、俺はサイラスの伴侶として途中からアクシアン家に入った人間だ。新たに主の一族に加わった俺が、いきなりまくし立てたとて、要らぬ反感を買うだけかと思うからだ。
ゆえに、取り敢えずは自分達の目で何が要因かを確認した上で、納得して叱責を受けてもらおうと思ったのである。まあ、貴族としてはまだ甘いのかもしれないが。
「かしこまりました」
ジェンズとロイスは会釈をしてから隣の寝室の扉へ向かって歩いて行き、中に入った。そうしてサイラスと共に長椅子に座ったまま暫く待っていると、2人が血相を変えて戻ってきた。
「申し訳ございません!」
「うん、わかったか?」
「寝具は直ちにお取替えを」
「それは勿論なんだが、何故あんな事に?
私はこの家の色々なしきたりにはまだ疎いので、サイラスが気づかねば見過ごすところだった」
俺の問いに、ロイスが答える。
「申し訳ございません。アクシアン家の皆様の寝具の全ては特注で誂えたもので統一する決まりでございます」
「そうらしいな」
「アル様の寝具も、婚約が決まりました時から既にサイラス様がご手配を命じられ、取り敢えずは10セット仕上がっております」
10セット。取り敢えずという事は更に用意する準備があるという事か。一体何セットあるのが標準なのかは知らんが、今はそこじゃない。既に用意があるにも関わらず、それが使われていないのは何故なのかが問題なのだ。
「うん、なるほど。それで?」
ロイスの話には何か続きがありそうだったので、俺は先を促した。彼は少し首を傾げながら話す。
「言い訳になるのは存じておりますが、最終確認の時には確かに全ての寝具は整っておりました。私がこの目で全てを確かめたのです。それが何故今、ベッドがあの状態なのか…」
真実、途方に暮れているようなロイスの様子に嘘は無いように感じた。
しかし、という事はだ。
最初確認の後に、わざわざ一族用セットから客用セットにベッドメイキングし直した誰かが居るという事だよな。つまり、明らかな故意。嫌がらせだ。
俺を歓迎していない誰かの仕業だと確信。そしてそれが出来るのは、目の前の2人以外には、この部屋を整える為に出入りを許されたメイド達と小間使いだけという事になる。
まあ、サイラスは優しくて美男子の若様だ。当然、若い使用人達の間ではさぞかし人気があるだろう。そんな若様の新たな婚約者が、寄りによって冴えない男だなんて受け入れられないと思う者達が居ても全くおかしくはないと思うのだ。
因みに、実は俺の中では最初からジェンズにもロイスも嫌がらせ要員からは外れていた。良い歳で立場もある彼らに、そんな事をする理由もメリットも無いからだ。
「…では、手数だがメイド達4人を呼んでくれるか」
「かしこまりました」
俺の言葉に、急いで部屋を出ていく2人の表情はとーっても険しかった。因みに俺の言いつけ通り、横で人形のようにじっと座っていたサイラスの顔も険しかった。
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