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28 婚約成立……
しおりを挟むそれから3日経った今日、俺はサイラスと婚約した。
朝、俺を迎えに来たアクシアン公爵家の馬車は、今まで見て来たものより数段グレードが上だった。
ピッカピカに黒光りする車体にアクシアンの紋章が金で入った四頭立てのコーチ。しかもそれが3台。前の馬車はサイラスと俺が乗り、後ろの2台は俺の家族を乗せる用だと。
いや、要るか?3台。
父上、母上、兄上、妹。
1台で十分では?と思いはしたものの、そこは公爵家の面子やらそういう兼ね合いがあるのかもしれないと思い何も言わなかった。
しかし、こんなの今どき冠婚葬祭や公式行事でもなきゃお目にかかれない代物だ。最近は我が国でも他国に倣い、スマート且つスムーズに街中を行き来出来る一頭立てのチャリオットが主流だ。サイラスの普段使いの馬車もそうだし、ウチのボロ馬車もそうだ。四頭立てのコーチなんてめちゃくちゃ場所を取るからな。
そんな馬車で迎えに来られてしまうと、気後れ以上に本当にもう公爵家の一員になるのだと実感せざるを得ない…。
俺達がそれぞれ乗り込むと、馬車は一旦アクシアン公爵家に向かった。アクシアン公爵と公妃様…サイラスの父母、要するに俺には義両親になるお2人に、婚約の許しをいただく為である。しかしこれは事前に了承を得ているので形だけの事だ。ま、儀礼的な一環だな。それでもやはり、改めてお会いしたアクシアン公爵閣下と公妃様にご挨拶する時には緊張した。思っていたより歓迎ムードだったのは意外だった。
その後また馬車に乗り、アクシアン公爵家からほど近い場所にある教会に向かう。そこで、司教の前で諸々の契約書にサインし、指輪交換を行った。とはいえ、俺の実家は経済的にアレなので、諸事にかかる費用は全てアクシアン公爵家持ちなのだがな。
まあ、サイラスもアクシアン家も、ウチが貧困貴族なのは承知の上での事なので俺も今更気にしない事にした。だって、それでも良いと言って強く望んだのはサイラスなのでな?俺は何度も思いとどまるように説得したゆえな?固辞したのでな?それでもお宅のきかん坊がグイグイ来たのでな?クレームは息子さんにお願いします。
もう俺は完全に開き直っていた。
そして現在、アクシアン公爵家に戻る馬車の中。俺の左手薬指にはネールの屋敷で見た、あの青い貴石の指輪が嵌められている。指輪のアーム内側に彫り込まれたアクシアンの名は、正式にアクシアン公爵令息の婚約者になった証だ。
う~ん…これでもう逃げられない感がすごい。万が一まかり間違って俺の方から婚約を反故にでもしようものなら、我がリモーヴ子爵家は多額の慰謝料という負債を負う事になり跡形も無くなるだろう。…いや、今更そんな怖ろしい覆しをする気はないが。
あの夜から、出来れば求婚が無かった事にならないかと曖昧にして引き伸ばしてごねていたが全て無駄だった。しかし今ならそれも当然だと思える。何故なら、サイラスはあの婚約破棄と俺への求婚に至るまでに何年もの準備期間を経ていた。その数年の間に、サイラスは俺の家族の信頼も得ていて、以前にも言った通り、外堀はガッチガチに固く埋められてしまっていたのである。俺が気付かぬ内に。
そして、気の迷いだろうなんてとても言えないような熱意と執念で俺を説き伏せて、退路を断ち、サイラス以外の誰かとの未来を諦めさせた。と言うと聞こえが悪いが、実は俺もサイラスの居ない未来を想像出来なくなっていたからお互い様なのだがな。
とうとうここまで来てしまったな、と今更ながら思う。
ガタゴトと揺れる馬車の中、気が張って少しばかり疲れた俺は、サイラスの肩を借りて一息ついていた。
これからアクシアンの屋敷に戻ったら、そこで待つ皆に無事婚約が成立した事の報告をして、その後は身内だけでのささやかな婚約パーティーが催される予定だ。まだまだ時間がかかる。だが、祝ってもらう立場で疲れたなどと言ってはいけないな。…しかし、慣れない事はやはり疲れるものだ。
サイラスはどうなのかと顔を上げて見たら、彼は疲れなど感じさせない穏やかな笑顔で俺を見つめていた。
「サイラス、大丈夫か?」
俺が聞くと、サイラスは「ん?何が?」と微笑んだまま少しだけ首を傾げる。
「疲れていないのか?司教様の前で緊張したりはしなかったのか?俺はサインを間違えたりしないか、受け答えでとちったりしないかとヒヤヒヤしていたのに」
そう言うと、それを聞いたサイラスはプッと吹き出した。
「わかってた、見てたからね。アル、面白かったな。何時もは冷静な顔を保っているのに、あんなに1人で百面相しちゃってさ」
「気づいていたのか…」
「そりゃあ、ずっと横にいるんだから」
どうやら俺の戸惑いや焦燥は全てサイラスに目撃されていたようで気恥しい。
「みっともなかっただろう、すまなかったな」
そう言うと、サイラスは笑いながら首を振って言った。
「そんな訳あるものか。私は幸せだ」
「何故だ?」
「私の為に見せてくれる君のどんな表情も、みな愛おしい」
相変わらず臆面も無くこんな言葉を口にするサイラス。素手で口説き文句なのが怖いわ。
思わず赤面して黙り込む俺の肩に手を回し、頭をくっつけながらサイラスは言った。
「私は嬉しいんだ。ようやっと君と婚約出来て。
親友という枠を越えた今、私は誰はばかることなく君に肩入れ出来る。リモーヴ子爵家を立て直す手助けも出来る」
「サイラス…」
「もう私がアルを助ける事は当たり前の事になったんだ。君は遠慮なく私を頼って良いし、私も全身全霊で君に尽くすよ。
アクシアン公爵家の名にかけて」
「嬉しいけど最後がちょっと重いな??」
そう答えながら、サイラスが俺の実家の立て直しを真っ先に言ってくれた事が嬉しかった。
う~ん、俺って打算的。
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