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26 去り行く君に白百合を
しおりを挟む非業の死を遂げたシュラバーツ殿下の葬儀の事もあり、俺とサイラスの婚約は、やはり少しばかり延期する事が決まった。と言っても、一ヶ月ほどだ。結婚という訳ではなく、あくまで婚約だからな。
まあ…サイラスにとってはごく近い親戚なのでそりゃそうなるだろう。小さな頃から良い思い出は無く鬱陶しい相手だったとはいえ、こうなってしまってはな。サイラスも心做しか、少し言葉数が減ったようだ。
発見されたごく一部の遺体と花を棺に納めて執り行われた葬儀は、王族のものとしてはごく簡素だった。生前の本人の言動や亡くなり方を考えれば致し方無い事なのかもしれないが、城から寺院への葬列も、場所を聖堂に移してからの葬儀参列者の数も、一国の王子を弔う為のものにしてはかなり寂しい。そこには道ならぬ恋仲だった筈のエリス嬢や取り巻きだった貴族の子弟達の姿も見つけられなかった。殿下にあれだけ媚びていた癖に薄情なものだ。
あまりご兄弟仲が良くなかったと言われていた他の殿下方も今日ばかりは沈痛な面持ちで、あれだけお怒りだった陛下も目に見えて気落ちなさっている。何時もは威風堂々として年齢よりもお若く見えるお方なのに、今日は目の下にクマを拵えて憔悴して見えた。
まあ、なあ。
オイタして罰を与えていたら反抗して家出しただけだと思っていた素行不良の息子が、まさかの死亡エンドではな。出来の悪い四男だったとはいえ、陛下はそれなりにシュラバーツ殿下の事を気にかけていたらしい。馬鹿な子ほど何とやら、というやつだろうか。
1年の服役…じゃない、北の塔生活で反省して少しでもマトモな人間になって欲しいと考えていたらしいが、まさか脱獄…じゃない、脱走されてその先で獣に襲われて命を落とすとは想定外だものな。お気の毒だ。
シュラバーツ殿下の母君であるユーリン様もショックで伏せってしまったらしいし、死者に鞭打つようで何だが、本当に最後まで親不孝なお方だと思ってしまった。
俺は、シュラバーツ殿下は決して劣ったお方ではなかったと思っている。寧ろ容姿は人並み以上には美しかった。突出した才を発揮した訳では無かったが、それなりではあった。ただ、王族に生まれるという事は、それだけで特別で、高いスペックや優れた結果を期待されてしまう。おまけに、同年代の一番近い従兄弟には才に富んだサイラスが居て、それが彼の不幸だったのだと思う。サイラスと比べてしまえば、誰だって見劣りしてしまうからだ。
もし彼が王子ではなく、せめて貴族に…または平民に生まれていたなら。サイラスのようなチート人間と比較されない環境で育っていたなら。彼はあんなにもひねくれずに、そこそこに自尊心の満たされる良い人生を送れたのかもしれない。
まあ、そんな事は神にしかわからない事なのだろうが。
それにしても、シュラバーツ殿下は塔を脱して何がしたかったのだろうか?発見時、殿下の遺体の周りには仲間と行動を共にしていたらしき痕跡は無く、単独行動だったらしいと聞いた。
外部から脱獄を手助けした者は確かに居た筈だ。その者達は何処へ行ったのか。単純に脱出させるだけが請け負った仕事だったのだろうか?何故シュラバーツ殿下は満足な装備も無く一人きりで森を抜けようとしたのだろうか。武器になりそうな殿下の持ち物は、血に塗れた短剣1本だけだった。落ちていた宝飾品は、指輪とネックレス。そのどれもに王家の紋章が刻印されていたお陰で、遺体の身元は明らかだったという。
最後に花を納める時に見た棺の中には、当然あの小憎たらしい笑みの主は居らず、白百合を始めとする花々で埋め尽くされていて、まるで花を弔う葬儀のようだと思った。
「…変な話だと思うだろうが、まだ信じられない」
葬儀から帰る馬車の中で、隣に座ったサイラスがぽつりと呟いた。伏せられた睫毛の下で碧い瞳が深く翳っている。
「うん。そうだな、俺もだ」
きちんとした遺体を見ればまた気持ちも違ったのだろうが、生憎俺を始めとする殆どの参列者達は、無惨に遺されていたという頭部を見ていない。報せを受けた後に王宮に向かったサイラスは目にしたらしいが、それでも生前の姿を残す事の無い骨と肉片だけの頭部に衝撃は受けたものの、ソレがシュラバーツ殿下だとは実感しにくかったと言っていた。きちんと遺体が残っていないと、そんなものかもしれない。
「殿下がこんな最期を遂げられたのは、私の所為だろうか。私が皆や陛下の前を選んで告発をしたから、殿下は北の塔へ押し込められる事になった。だから不本意に思われて、無理に外に出ようなどと…」
「サイラス」
陰鬱な表情で急に自責し始めたサイラスを、俺は制した。
「それは違う。陛下がシュラバーツ殿下に対してそういった措置を取られたのは、エリス嬢の件だけの事ではなく、それまでの悪行の数々も重なっての事だ。自業自得だ、君の所為じゃない」
「そうだろうか、しかし」
自分が起こした断罪劇が彼の命運を左右してしまったのではないかと、サイラスは気に病み始めたようだが、俺は強い口調で反論する。
「サイラス、思い出せ。陛下は何も、シュラバーツ殿下に一生塔に入っていろと仰った訳では無い。たった1年だ。1年間、外界と遮断される事で自分自身と向き合い内省される機を与えられたのだ。
その機を潰し、外に出る選択をなされたのは、シュラバーツ殿下ご自身だ。その先に何が起きようと、それはただ、殿下の運命だろう。冷酷なようだが、俺はそう思う」
「アル…」
「何度でも言おう。君の所為ではない。君は迷惑を被った被害者だ。原因を作ったのは殿下ご自身だった」
その言葉に、サイラスはやっと小さく頷いた。それにホッとして、俺は彼の肩を抱きしめる。
「気に病むなと言っても、今は無理かもしれないが…」
「いや、ありがとう。君が私の人で良かった」
抱きしめ返してきたサイラスの手に何時もの力強さは感じられない。それどころか少しだけ震えているようだった。彼もこの件で傷ついたのだ。
俺はそんなサイラスの耳に、ただ静かに囁いた。
「今はただ、殿下のご冥福を祈って差し上げよう」
こうして、幾つかの謎と後味の悪さを残したまま、シュラバーツ殿下の事件は静かに幕を閉じたのだった。
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