そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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23 シュラバーツ第4王子殿下について

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第3側妃ユーリン様を母君に持つ、王国第4王子シュラバーツ殿下。彼はある意味、エリス嬢よりも有名な人物だ。勿論、良い意味ではない。
シュラバーツ殿下の母君ユーリン様は、伯爵家の養女であり、元は豪商ヘンリ・サルタルの娘だった。要するに平民だ。若くして頭角を現し、金は唸るほど稼いだサルタルが、次に欲したのは家格だったらしい。しかも強欲なサルタルは、その辺の貴族に輿入れさせる事は考えず、最初から王室を狙った。上手くすれば手っ取り早く国の中枢に潜り込んで経済に影響を及ぼせるとでも思ったのだろうか。その為、ユーリン様はまず、サルタルに多額の借金をしていたメルチ伯爵家の養女にされた。そうして平民から身分を上げて、王の側妃となる資格を得た。メルチ伯爵家の娘として陛下に初の謁見を許された日、陛下の目を釘付けにした美貌は有名だ。
そう。ユーリン様本人は、傲慢狡猾な商人の娘とは思えないほどに、楚々とした美貌に嫋やかで物静かな性格の方だった。陛下の寵愛を受けるに相応しい女性だったと言われている。しかしユーリン様が産んだ息子は、外見以外は彼女や陛下よりも、祖父であるサルタルに似てしまったらしい。しかも残念な事に、サルタルの持つ豪胆さや知慮は受け継がず、他の兄弟姉妹に比べて、突出した何かの才も見受けられなかったという。
シュラバーツ殿下のもう一つの不運は、同年代の従兄弟に優秀過ぎるサイラスが居た事だろう。
幼い頃から比較され、劣等感を煽られ続けた。公爵家であるサイラスの方が臣下になるとはいえ、彼は王弟である父と、それに見合う侯爵家の娘であった母君の間に生まれた、王族と高位貴族のサラブレッドである。王の血を引いたとはいえ、元平民である母君から生まれた自分は半分平民なのだと、シュラバーツ殿下は自分の出自にも劣等感を持ちながら育った筈だ。兄弟姉妹多けれど、元平民を母に持つのは自分だけだったのだから。俺のような底辺子爵家次男で、生まれながらに平民とそう変わらない暮らしを送っている者でもわかる。貴族というものは血筋を重要視するものなのだ。そんな中にあって、平民の血が入った王子と囁かれるのはきっと辛く腹立たしかった事だろう。

その辺の事情を鑑みたとしても、サイラスに八つ当たりするなという気持ちは変わらないがな?

成長してからのシュラバーツ殿下といえば、遊び好きで女好き。王族という威光と金に群がる取り巻きを引き連れて、素性を隠す事も無く街へ繰り出していたのを俺の父も何度か見たと呆れていた。取り巻きになっていた連中は、当然というか爵位の低い貴族の子弟ばかりだったので、あの断罪劇の後からは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。しかも母方の祖父であるサルタル家も、陛下の怒りを買う事を恐れてシュラバーツ殿下とは距離を置いているという。思っていたより利用価値の無い孫をこの機に見切ったのかもしれない。

今やどこにも頼りになる味方が無く、父である陛下にまでとうとう見離されそうになってしまっているのは、サイラスの事だけではなく今までのツケが回って来た結果に思える。

張り合っても結果の出せない鬱憤が、婚約者を寝盗るという愚行に走らせたのだろう。
同情心が無い訳でもないが、やはりやって良い事と悪い事の分別くらいは持っているべき年齢だ。



「幼い頃からああだ、あの方は。他者を見下す癖に、妾腹の王子という自分の立場を妙に卑下しているところがある。屈折しているんだ」

サイラスの言葉に、荒々しく人を見下す品の無いシュラバーツ殿下の様子が思い出され、その通りなのだろうと納得した。
しかも、そういう愚昧さゆえに、不貞行為に対する反省はせず、皆の前で自分を追い込んだサイラスを逆恨みしているだろう事も容易に想像がつく。だから、その後サイラスが口にした言葉の数々に、考え過ぎだと異議を唱える事は出来なかった。

「殿下は私が告発した事を恨んでいる」

「そうだろうな」

「しかもあの方は非常に執念深い」

「その執念深さで何か一つくらいは極められたかもしれないのにな」

「努力は嫌いなお方なのだ」

憂鬱そうにそう言って、溜息を吐くサイラス。
なるほど。努力はしたくないが負けたくもないのか。面倒臭い性格だな。

「陛下の命を破ってまで塔を脱け出されるとは思わなかった。おそらくあの方の頭の中は私への復讐でいっぱいだろう」

「復讐?」

「あの方は執念深いとさっき言っただろう?
もし自分の意思で塔を脱け出したのなら、私への復讐心は大きな要因になった筈だ」

「いや、まあ言ってる事はわかるが…」

しかしアクシアン公爵家だって警備は厳重じゃないか、と言いかけて先ほど聞いた事を思い出す。あの北の塔の警備が、いとも容易く破られていたという話を。近年、そんな鮮やかな手口の賊の話など聞いた事が無い。
1年間大人しくしていれば再び外には出られたというのに、陛下の戒めを破ってまで牢を脱けた目的は一体何なのか。
それを考えた時、サイラスの危惧はあながち見当違いではないような気がした。

「…復讐か…」

もう食事どころではない。何故か喉がカラカラに乾いてきて、俺はテーブル近くに控えているサラに茶を入れてくれるよう頼んだ。サイラスはそんな俺を気遣わしげに見つめながら言った。

「私は暫く、シュラバーツ殿下の捜索に加わらねばならなくなるかもしれない。だから、アルにはより警備が厳重なアクシアンの本邸に移ってもらいたい。
捜索の進み具合によっては、婚約式も先延ばしにするかもしれない事を承知していて欲しい。
シュラバーツ殿下が何かをしてくるとしたら、私本人では無く、私が最も大切にしている"君"に対してだからだ」

最も大切、という言葉に思わずキュンとしてしまったが、そんな場合ではないとすぐ気を引き締めた。
サイラスは俺の身を案じてくれているのだろうが、俺はか弱いご令嬢ではないぞ。剣術だってサイラスほどではないがそこそこの腕前なのは知っているだろうに。
しかし、空気の読める男はそんな事は言わない。余計なアクションを起こす事は余計な心配の種になると知っているからだ。
だから俺は、素直に頷いた。







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