21 / 54
21 贅沢は短期間で覚えてしまうもの
しおりを挟む俺に激甘なサイラスと暮らす日々は、思っていたより悪くなかった。
実は、幾つも持っている別邸の中でもサイラスが幼い頃からお気に入りなのだというこの屋敷には、彼の趣味の反映された書庫や書斎もある。そこには学園の図書室や蔵書室などでもお目にかかれないような珍しい本もあったりして、此処に来た翌日からはそれらを繰るのが俺の日課になった。
親友だけあって、サイラスと俺は趣味がほぼ被っている。だから置いてあるどの書物も興味深く楽しいのだ。それらを読んで、時にはチェスをしながら古代の戦の戦術などの議論を交わしたり、またある時は夜空を見上げながらホットワインを飲みつつロマンティックな星座の神話にケチをつけたり。
そんな暮らし、はっきり言って楽しい。
(こんなに大事にしてもらえるならサイラスとの結婚も悪くないかも…)
こんな感じで俺の気持ちは結婚に傾いていた。なんてゲンキンな奴、と思われていそうだが、人間そんなものではないか?
全ての自由を奪われて閉じ込められている訳でもなく、過分な贅沢且つ快適な環境を与えられ、毎食美味しい食事が出てくる。しかも気心の知れた友人が話し相手になってくれるから退屈もしない。
まさに至れり尽くせり。
生まれて17年間、清貧に甘んじてきた俺は、僅か1ヶ月足らずでまんまと贅沢を覚えさせられ懐柔されてしまった。
これについては完全に、俺の性格や実家の内情を知り尽くしたサイラスの作戦勝ちだ。最近では夜の戯れにも抵抗が薄れてきているし、婚約式までにはそれらしく振る舞えるようになるだろうと思っている。
「来週辺り、家に送って行こう。正式なご挨拶もその時にしようと思うのだが、どうかな?」
何時ものように部屋で差し向かいに夕食をとっていると、サイラスがそんな事を言い出した。
正式に婚約を受けて腹が据わった俺は、最近では平素の落ち着きを取り戻している。それを見てサイラスも安心したんだろう。とりあえず軟禁生活は1ヶ月で終了の運びとなりそうな雰囲気である。やれやれ。
「そうか。では父上にも報せておかないとな」
俺が兎肉のパイ包みに舌鼓を打ちながらそう答えると、サイラスはワインを傾けながらにこりと頷いた。それにしても此処に来てから、新鮮な肉しか出て来ない。調理法は様々なんだが、一度も塩漬け肉が出て来た事が無い事に、さりげなく驚いているぞ。実は俺、家庭の経済状況ゆえに野菜や豆しか食べつけていないというのもあるが、他家のお呼ばれなどで供される塩漬け肉が死ぬほど苦手なのだ。何故なら臭いから。でも周りは平然と食べているし、肉を出すのは客へのもてなしだと知っているから俺も顔に出さずにいただくんだが、絶対その後で腹を下す。きっと普段の俺の食生活が貧しいからだろうな、と何時だったかサイラスにこぼした事があり、彼はそれを覚えていてくれたのだと思う。だから日々、種類の違う新鮮な肉を出してくれるんだろう。そういう気遣いをしてくれるところも心憎いし、性別の事は置いといて、巨根以外は最高の相手に違いないんだよな…。どんなに完璧な人間にも何かしら欠点(?)があるもんなんだななんて思ったら、ある時からサイラスに同情心も生まれてきた。
サイラスの巨根を見る以前まで俺は、男に生まれた以上はペニスは小さいよりは大きい方が良いものだとばかり思っていた。しかし、知ってしまった今となっては、過剰よりは不足が良いなんて言葉が頭を過ぎるようになってしまった。勃起時にあそこまでになってしまうと、普通の女性は恐れをなして俺と同じように失神してしまうか、拒絶するだろう。サイラス可哀想。そういう意味では百戦錬磨だったであろうエリス嬢は、ある意味良い取り合わせだったのかもしれないな。数多の男性を渡り歩いて来た彼女なら、不可能を可能に出来たかもしれん。
まあその前に、サイラスが萎え萎えかもしれないが…。
そんな事はともかく、サイラスが提案してきた俺の帰省に異存は無い。婚約式が済めば、その日からまた俺の身柄はアクシアン公爵家の預かりとなるとサイラスが決めてしまったし、そうなれば実家にも早々戻れなくなる。せいぜい名残を惜しんでおかねばな、なんて思いつつ、久々の実家帰省に胸を弾ませる俺。
「久々に父上達の顔が見られると思うと楽しみだ」
「私もだ。義父上は何が好物なのだろうか」
そんな会話で和やかに夕食の時間は過ぎていったのだった。
ところが、それから3日もしない内に。
とある事件が起きた事により、その予定は覆される事になる。
その日は珍しく、サイラスは午前中出かけていた。昼過ぎに帰ってきて、少し遅くなった昼食を一緒に取ったのだが、その時彼は言い辛そうにこう言った。
「アル。すまないが、リモーヴ家への帰省は見送って欲しい」
え、と首を傾げる俺。
「え、何故だ?」
するとサイラスは、少し躊躇するような様子を見せたが、暫くして口を開いた。
「実はな……」
サイラスの口から告げられたのは、想像もしていなかった事だった。
105
お気に入りに追加
2,941
あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる