そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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21 贅沢は短期間で覚えてしまうもの

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俺に激甘なサイラスと暮らす日々は、思っていたより悪くなかった。
実は、幾つも持っている別邸の中でもサイラスが幼い頃からお気に入りなのだというこの屋敷には、彼の趣味の反映された書庫や書斎もある。そこには学園の図書室や蔵書室などでもお目にかかれないような珍しい本もあったりして、此処に来た翌日からはそれらを繰るのが俺の日課になった。
親友だけあって、サイラスと俺は趣味がほぼ被っている。だから置いてあるどの書物も興味深く楽しいのだ。それらを読んで、時にはチェスをしながら古代の戦の戦術などの議論を交わしたり、またある時は夜空を見上げながらホットワインを飲みつつロマンティックな星座の神話にケチをつけたり。
そんな暮らし、はっきり言って楽しい。

(こんなに大事にしてもらえるならサイラスとの結婚も悪くないかも…)

こんな感じで俺の気持ちは結婚に傾いていた。なんてゲンキンな奴、と思われていそうだが、人間そんなものではないか?
全ての自由を奪われて閉じ込められている訳でもなく、過分な贅沢且つ快適な環境を与えられ、毎食美味しい食事が出てくる。しかも気心の知れた友人が話し相手になってくれるから退屈もしない。
まさに至れり尽くせり。

生まれて17年間、清貧に甘んじてきた俺は、僅か1ヶ月足らずでまんまと贅沢を覚えさせられ懐柔されてしまった。
これについては完全に、俺の性格や実家の内情を知り尽くしたサイラスの作戦勝ちだ。最近では夜の戯れにも抵抗が薄れてきているし、婚約式までにはそれらしく振る舞えるようになるだろうと思っている。



「来週辺り、家に送って行こう。正式なご挨拶もその時にしようと思うのだが、どうかな?」

何時ものように部屋で差し向かいに夕食をとっていると、サイラスがそんな事を言い出した。

正式に婚約を受けて腹が据わった俺は、最近では平素の落ち着きを取り戻している。それを見てサイラスも安心したんだろう。とりあえず軟禁生活は1ヶ月で終了の運びとなりそうな雰囲気である。やれやれ。

「そうか。では父上にも報せておかないとな」

俺が兎肉のパイ包みに舌鼓を打ちながらそう答えると、サイラスはワインを傾けながらにこりと頷いた。それにしても此処に来てから、新鮮な肉しか出て来ない。調理法は様々なんだが、一度も塩漬け肉が出て来た事が無い事に、さりげなく驚いているぞ。実は俺、家庭の経済状況ゆえに野菜や豆しか食べつけていないというのもあるが、他家のお呼ばれなどで供される塩漬け肉が死ぬほど苦手なのだ。何故なら臭いから。でも周りは平然と食べているし、肉を出すのは客へのもてなしだと知っているから俺も顔に出さずにいただくんだが、絶対その後で腹を下す。きっと普段の俺の食生活が貧しいからだろうな、と何時だったかサイラスにこぼした事があり、彼はそれを覚えていてくれたのだと思う。だから日々、種類の違う新鮮な肉を出してくれるんだろう。そういう気遣いをしてくれるところも心憎いし、性別の事は置いといて、巨根以外は最高の相手に違いないんだよな…。どんなに完璧な人間にも何かしら欠点(?)があるもんなんだななんて思ったら、ある時からサイラスに同情心も生まれてきた。
サイラスの巨根を見る以前まで俺は、男に生まれた以上はペニスは小さいよりは大きい方が良いものだとばかり思っていた。しかし、知ってしまった今となっては、過剰よりは不足が良いなんて言葉が頭を過ぎるようになってしまった。勃起時にあそこまでになってしまうと、普通の女性は恐れをなして俺と同じように失神してしまうか、拒絶するだろう。サイラス可哀想。そういう意味では百戦錬磨だったであろうエリス嬢は、ある意味良い取り合わせだったのかもしれないな。数多の男性を渡り歩いて来た彼女なら、不可能を可能に出来たかもしれん。
まあその前に、サイラスが萎え萎えかもしれないが…。

そんな事はともかく、サイラスが提案してきた俺の帰省に異存は無い。婚約式が済めば、その日からまた俺の身柄はアクシアン公爵家の預かりとなるとサイラスが決めてしまったし、そうなれば実家にも早々戻れなくなる。せいぜい名残を惜しんでおかねばな、なんて思いつつ、久々の実家帰省に胸を弾ませる俺。

「久々に父上達の顔が見られると思うと楽しみだ」

「私もだ。義父上は何が好物なのだろうか」

そんな会話で和やかに夕食の時間は過ぎていったのだった。


ところが、それから3日もしない内に。
とある事件が起きた事により、その予定は覆される事になる。



その日は珍しく、サイラスは午前中出かけていた。昼過ぎに帰ってきて、少し遅くなった昼食を一緒に取ったのだが、その時彼は言い辛そうにこう言った。

「アル。すまないが、リモーヴ家への帰省は見送って欲しい」

え、と首を傾げる俺。

「え、何故だ?」

するとサイラスは、少し躊躇するような様子を見せたが、暫くして口を開いた。

「実はな……」

サイラスの口から告げられたのは、想像もしていなかった事だった。












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