14 / 54
14 提案は受け入れられなかった
しおりを挟むそんな目で見つめられると、ますますどうしたら良いものか困ってしまい、俺は視線を逸らして俯いた。元々、サイラスに対しては多大な恩がある。無下にはできない。
俺の順調な学園生活は、自助努力のみではなく、サイラスに助けられて成り立っていた。しかもサイラスはそれを恩に着せるような人間ではない。俺を下に見ているから恵むという事ではなく、親しい友人だから力になりたいのだというスタンスだった。
最初の頃に通学に使っていた、いつ寿命が来るかと危ぶんでいた唯一の馬車が壊れてしまった時。新しい馬車の車体を買う費用が工面出来るとも思えない我が家の窮状を思い、溜息が出た。明日からの通学はどうしようか、往復の辻馬車代は捻出できるのだろうか、などと思い巡らせた胸は、鉛を飲んだように重くなった。せっかく始める事ができた学園生活にさっそく暗雲が垂れ込めてしまった事に泣きべそをかいていたかもしれない。だから、そこを通りかかったサイラスに救われ、更には毎日の送迎までしてくれると申し出てくれた時には、彼は俺を哀れんだ神が遣わされた天使に違いないとまで考えた。そこから始まり、どれほど彼に助けられてきた事か。だから将来、身を立てられるようになった暁には、彼にこの恩を返すのだと心に決めていた。が、俺如きが多少出世して成功したとしても、返しきれるものではないとも思っている。
だからといって、彼の望むように婚約し結婚する事でその恩が返せるとも思えない。
だって、俺だぞ?
執拗いようだが、俺はごく普通~の平凡~な地味男なのだ。華奢な美少年でもなく、すらりとした美青年でもなく、本当に凡庸な。
容姿ひとつ取っても、美しいサイラスの伴侶としてはそぐわない。
それに結婚して夫婦ともなれば、大抵は体の交わりも伴うのだろうが、俺の固く筋張った体などでサイラスを満足させられるとはとても思えん。そもそも、彼は本当にそこまで望んでいるのだろうか。…まあ、口づけは情熱的だったが。
…いや待て。学業で結果を出している俺に感銘を受けたような事を言ってくれていたな。という事は、将来的に仕事の片腕として欲しいというオファーなのでは?もしそちらの方向ならば、誠心誠意務めるつもりはある。自分で言うのも何だが、このままいけば学園は成績優秀者で卒業となる予定だ。高位貴族の家に就職するのに不足は無い筈。
しかし、どちらにしても、結婚などせずとも可能な事なのでは?
そう思いついた俺は、おそるおそるサイラスにお伺いを立ててみた。
「あの、気持ちはとても嬉しいんだが…。それにはどうしても婚約や婚姻の形を取らねばならないだろうか?」
俺の言葉に訝しげに問い返してくるサイラス。
「…ん?どういう事だ?」
「いや…君が俺を好意的に評価してくれたり、好いてくれているのはとても嬉しい。その気持ちにできうる限り報いたいとも思う。だが、家格に格差のあり過ぎる男の俺を生涯の伴侶にというのは…。やはり相応の家のご令嬢を正妻に娶るべきだと思う。
そんな形を取ってくれずとも、俺は君が望むならずっと傍で支えるつもりでいるし、…何なら愛人としてくれても構わない」
俺としてはできる限り言葉を尽くして感謝と提案を口にしたつもりだったのだが、聞いていたサイラスはみるみる無表情になっていく。あれ?すごく不機嫌…。怒らせた?俺は何かしくじったのだろうか?
思っている間に、部屋の中は耳が痛いほどの沈黙に陥ってしまった。
暫くいたたまれない時間が流れた後、サイラスが気落ちしたように口を開いた。
「…アル。私はそんなに伝えるのが下手なんだろうか?」
「え?」
「ストレートに尊敬と愛を告げたつもりだったのだが、わかりにくかったかな?」
「え、いや…そんな事はない。十分に伝わったぞ」
「なら何故そんな残酷な事が言えるのかな?他の誰かを娶れだの、君を愛人にして良いだの。
私は君の体や能力だけを求めていると思われているのだろうか?」
「あっ、いやそういう意味では!!」
しまった。なるほど、そういった取り方をされてしまったのか。俺としてはサイラスの立場を考え、受けた恩義を鑑みて体の関係も受け入れた提案をしたつもりだったのだが。
「君は大公爵家の後継者だから、立場があるだろうと…」
モゴモゴそう言ったら、呆れたような溜息が聞こえてきた。
「そうだった。君は何時でも私の身を慮ってくれるんだよな。失念していた。
ついでに、君の思考があさってな事も忘れていた」
「あさって?」
「君は聡明なのに、何故か私の事になるとポンコツ振りを発揮するよな。君ほどの人が、何故そんなにも自己評価が低いんだ?何故、自ら安い扱いに甘んじようとする?」
「ぽ、ポンコツ…」
えらい言われようである。
「別にそんなつもりは」
「でなければ、何故愛人としても、などと?私が最愛の人をそんな不安定な立場に置いておく人間だと本気で思っているのか、君は」
「あ、いや…」
切れている。サイラスが静かに、淡々と切れている。
どうやら、藪蛇。
俺を愛しているらしいサイラスにとって、俺の提案は望む形では無かったようだった。さっきまで熱を内包しつつも穏やかだった目が据わっている。
「…ゆっくり受け入れてもらうつもりだったけど、気が変わったよ」
言うが早いか、サイラスは俺を椅子から抱き上げた。この歳で抱っこやらお姫様抱っこやら、今日はよく抱えられる日だな。いや腰が抜けてたからなんだが。
しかし、今は何故抱き上げられたのか。
抱き上げられた俺の視界は、サイラスの頭頂と流れるように煌めく金髪だけだ。表情は見えない。だが、何となく不穏な気配だけはわかった。
「サイラス?怒らせてしまったのなら、」
「それはもういい」
とりあえず謝罪を口にしようとしたのに、遮られる。
ひぇ…
こんなサイラスは見た事がない。謝罪さえ許されないのは怖いぞ。
戦々恐々としている俺を抱えて部屋の端にある扉に向かいながら、彼は平坦な声で言った。
「君には体にわかってもらう方が早そうだ。さっきの口づけのようにね」
幾ら疎い俺にでも、それが不穏な言葉だという事は理解できた。
115
お気に入りに追加
2,923
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる