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14 提案は受け入れられなかった

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そんな目で見つめられると、ますますどうしたら良いものか困ってしまい、俺は視線を逸らして俯いた。元々、サイラスに対しては多大な恩がある。無下にはできない。

俺の順調な学園生活は、自助努力のみではなく、サイラスに助けられて成り立っていた。しかもサイラスはそれを恩に着せるような人間ではない。俺を下に見ているから恵むという事ではなく、親しい友人だから力になりたいのだというスタンスだった。
最初の頃に通学に使っていた、いつ寿命が来るかと危ぶんでいた唯一の馬車が壊れてしまった時。新しい馬車の車体を買う費用が工面出来るとも思えない我が家の窮状を思い、溜息が出た。明日からの通学はどうしようか、往復の辻馬車代は捻出できるのだろうか、などと思い巡らせた胸は、鉛を飲んだように重くなった。せっかく始める事ができた学園生活にさっそく暗雲が垂れ込めてしまった事に泣きべそをかいていたかもしれない。だから、そこを通りかかったサイラスに救われ、更には毎日の送迎までしてくれると申し出てくれた時には、彼は俺を哀れんだ神が遣わされた天使に違いないとまで考えた。そこから始まり、どれほど彼に助けられてきた事か。だから将来、身を立てられるようになった暁には、彼にこの恩を返すのだと心に決めていた。が、俺如きが多少出世して成功したとしても、返しきれるものではないとも思っている。
だからといって、彼の望むように婚約し結婚する事でその恩が返せるとも思えない。
だって、俺だぞ?
執拗いようだが、俺はごく普通~の平凡~な地味男なのだ。華奢な美少年でもなく、すらりとした美青年でもなく、本当に凡庸な。
容姿ひとつ取っても、美しいサイラスの伴侶としてはそぐわない。
それに結婚して夫婦ともなれば、大抵は体の交わりも伴うのだろうが、俺の固く筋張った体などでサイラスを満足させられるとはとても思えん。そもそも、彼は本当にそこまで望んでいるのだろうか。…まあ、口づけは情熱的だったが。
…いや待て。学業で結果を出している俺に感銘を受けたような事を言ってくれていたな。という事は、将来的に仕事の片腕として欲しいというオファーなのでは?もしそちらの方向ならば、誠心誠意務めるつもりはある。自分で言うのも何だが、このままいけば学園は成績優秀者で卒業となる予定だ。高位貴族の家に就職するのに不足は無い筈。

しかし、どちらにしても、結婚などせずとも可能な事なのでは?
そう思いついた俺は、おそるおそるサイラスにお伺いを立ててみた。

「あの、気持ちはとても嬉しいんだが…。それにはどうしても婚約や婚姻の形を取らねばならないだろうか?」

俺の言葉に訝しげに問い返してくるサイラス。

「…ん?どういう事だ?」

「いや…君が俺を好意的に評価してくれたり、好いてくれているのはとても嬉しい。その気持ちにできうる限り報いたいとも思う。だが、家格に格差のあり過ぎる男の俺を生涯の伴侶にというのは…。やはり相応の家のご令嬢を正妻に娶るべきだと思う。
そんな形を取ってくれずとも、俺は君が望むならずっと傍で支えるつもりでいるし、…何なら愛人としてくれても構わない」

俺としてはできる限り言葉を尽くして感謝と提案を口にしたつもりだったのだが、聞いていたサイラスはみるみる無表情になっていく。あれ?すごく不機嫌…。怒らせた?俺は何かしくじったのだろうか?

思っている間に、部屋の中は耳が痛いほどの沈黙に陥ってしまった。

暫くいたたまれない時間が流れた後、サイラスが気落ちしたように口を開いた。

「…アル。私はそんなに伝えるのが下手なんだろうか?」

「え?」

「ストレートに尊敬と愛を告げたつもりだったのだが、わかりにくかったかな?」

「え、いや…そんな事はない。十分に伝わったぞ」

「なら何故そんな残酷な事が言えるのかな?他の誰かを娶れだの、君を愛人にして良いだの。
私は君の体や能力だけを求めていると思われているのだろうか?」

「あっ、いやそういう意味では!!」

しまった。なるほど、そういった取り方をされてしまったのか。俺としてはサイラスの立場を考え、受けた恩義を鑑みて体の関係も受け入れた提案をしたつもりだったのだが。

「君は大公爵家の後継者だから、立場があるだろうと…」

モゴモゴそう言ったら、呆れたような溜息が聞こえてきた。

「そうだった。君は何時でも私の身を慮ってくれるんだよな。失念していた。
ついでに、君の思考があさってな事も忘れていた」

「あさって?」

「君は聡明なのに、何故か私の事になるとポンコツ振りを発揮するよな。君ほどの人が、何故そんなにも自己評価が低いんだ?何故、自ら安い扱いに甘んじようとする?」

「ぽ、ポンコツ…」

えらい言われようである。

「別にそんなつもりは」

「でなければ、何故愛人としても、などと?私が最愛の人をそんな不安定な立場に置いておく人間だと本気で思っているのか、君は」

「あ、いや…」

切れている。サイラスが静かに、淡々と切れている。

どうやら、藪蛇。
俺を愛しているらしいサイラスにとって、俺の提案は望む形では無かったようだった。さっきまで熱を内包しつつも穏やかだった目が据わっている。

「…ゆっくり受け入れてもらうつもりだったけど、気が変わったよ」

言うが早いか、サイラスは俺を椅子から抱き上げた。この歳で抱っこやらお姫様抱っこやら、今日はよく抱えられる日だな。いや腰が抜けてたからなんだが。
しかし、今は何故抱き上げられたのか。

抱き上げられた俺の視界は、サイラスの頭頂と流れるように煌めく金髪だけだ。表情は見えない。だが、何となく不穏な気配だけはわかった。

「サイラス?怒らせてしまったのなら、」

「それはもういい」

とりあえず謝罪を口にしようとしたのに、遮られる。

ひぇ…
こんなサイラスは見た事がない。謝罪さえ許されないのは怖いぞ。
戦々恐々としている俺を抱えて部屋の端にある扉に向かいながら、彼は平坦な声で言った。

「君には体にわかってもらう方が早そうだ。さっきの口づけのようにね」


幾ら疎い俺にでも、それが不穏な言葉だという事は理解できた。












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