そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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13 俺の事情

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現状を打破しようと起こした行動は、裏目に出てしまった。俺の顔色は、きっと蒼を通り越して白くなっている事だろう。
婚約も結婚も出来ない、親友以上には見られない。そう綴った手紙を読んで、俺の心境を知ったというのに、笑顔のまま穏やかさを崩さないサイラスが怖い。いっそ怒りを表される方が良かった気がする。その場合は、怒りに対する謝罪で何やかや話は進められるだろう。しかし、ニコニコしながら『時間が必要なんだよね』なんて…現時点ではこちらの主張は一切聞き入れる気が無いと言う事に他ならない。

(しかし、待てよ…?)

俺はふと考えた。
ものは考えよう。サイラスの言うように時間をかけて良いのなら、現時点では無理でも、持久戦で俺の言い分を受け入れさせるチャンスが生まれる奇跡も起こりうるのでは?

冷静に考えれば、サイラス相手に俺がそんな逆転劇を起こせる筈が無いのだが、人間というものは追い込まれると針の先ほどの可能性にも縋りたくなるものらしい。
そして、そんな1ミクロンの希望に活路を見出した俺は、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。
しかしその割りに口から出てきたのは少々頓珍漢な言葉だった。

「…勉強が遅れるのは困るな…。」

それにサイラスはニコッと微笑んで返してくる。

「相変わらず真面目だな、アルは。まあ、そんなところも好ましいんだが。
大丈夫、それくらいは私がカバーできるから何時ものように一緒に勉強しような」

「…それはありがたい」

自分を軟禁しようとしている相手に対して間の抜けた返答を返しながら、俺は思い出した。
そう。サイラスの成績は毎回トップ。専門の家庭教師も付いているし、学園で教わるレベルの学問などは全て履修済みなのかもしれない。というか、案じなければならないのはそこじゃない。

やはり俺、冷静さを取り戻してはいなかった。

「大丈夫、アルには何も不自由なんかさせない」

サイラスはテーブルの上、ティーカップの横に置かれた俺の右手の甲に自分の左手を重ねてきた。俺より少し大きな手。長い指の腹で俺の手の筋を辿り出っ張った骨を撫でる。俺はそうされると背筋がゾクゾクして苦手なのだが、どうやらサイラスはこの行為が好きらしい。

「アル。改めて言うのは気恥しいけれど、君を愛してる」

「…ありがとう、でも、」

「アル」

でも受け入れる事はできない、と続けようとして、名前を呼ばれて遮られた。それに目線を上げると、サイラスの静かな瞳。取り込まれそうほど、深く熱い碧。それを見た瞬間、思った。

(ああ、やはり俺では彼を説き伏せるのは無理かもしれない)

何故なら、俺と違ってサイラスは始終冷静だ。俺の手紙を読み突飛な事をしたと思ったが、思いつきの行動にしては御者への指示もスムーズだった。俺の断りに頭に血を上らせたゆえの言動ではなく、実は想定していた事なのではと思うほど。

「アル、私はね。君にあんな手紙を書かせてしまった自分が腑甲斐無いよ。
エリスとの件を早く処理する事に気を取られ、成してしまえば事後処理に追われ、君に求婚したにも関わらず、話す時間をロクに確保出来なかった。その所為で要らぬ不安ばかりを抱かせてしまったのは私の手落ちだ。事を急ぎ過ぎたと反省しているよ。
本当に申し訳無かった」

端正な顔の形良い眉を哀しげに寄せて視線を落とすサイラスに、俺は慌てた。断りたいのはやまやまだが、実際に彼のこんな顔を見てしまうと胸に無数の針が刺さったように痛む。
だって、普段サイラスはそんな風に表情を崩したりはしないのだ。喜怒哀楽で言えば、怒と哀は表情に乗せない。胸の内はともかく、マイナス感情は表に出さない事を徹底している、流石のトップオブ貴族なのである。いや俺も貴族の端くれなのでその辺は気をつけているし、アルカイックスマイルを会得して常にフラットでいる事を心がけてはいるのだが、それでもサイラスとは比較にならない。
だから見慣れないのだ、サイラスのそんな哀しげな顔は。自分の所為でこの美しい親友に哀しい顔をさせてしまったという罪悪感で喉が詰まってしまう。
同じ感情ではなくとも、目の前の彼は、俺の最も大切な人の一人には変わりないのだから。

自分が哀しませているのだと思うと何と言葉をかけて良いのか余計にわからなくなる。結局何も言えずにいると、またサイラスの方が口を開いた。

「私はね、アルには傍で笑っていてくれるだけでも良いと思ってる。」

椅子から立ち上がり、俺のもとに歩み寄って来た。肩が揺れてしまう。

「でも、アルがそれだけには留まらない有能な人である事も知っている。だから、私は君を公爵家に相応しくないとは思わない」

俺の足元に片膝をつき、視線を合わせながらキッパリと言い切ったサイラス。まさかそんな風に評価していてくれたとは。社交辞令にしても嬉しい。

「…買い被りだ」

照れてしまってそう返すと、サイラスは小さく首を振った。

「いや、そうは思わない。その証に君はこの5年、私に最も近い人間だっただろう。序列や逆境を跳ね返すほどの勤勉さと聡明さを、君自身がもって示しているじゃないか」

「いや…そんな」

言われて、まあそれはそうなのだが、と思う。実は俺の成績は、サイラスの次点をずっとキープしてきていたからだ。しかしそれには、そうならざるを得ない切実な理由があった。

ご存知、俺の実家は没落寸前の極貧貴族。本来なら、長男である兄はともかく、次男の俺まで街中にある学園に通わせるのは経済的に負担だった。だが、どんな事にもそれなりに救済措置というものがあるようで、この学園には入学試験で5位以内であり、且つ希望者には学費免除の特例が存在したのだ。だがしかし。首尾よくそれで入学出来たとしても、その後の試験毎にも査定はある。
つまり、常に5位以内をキープ出来れば学費は免除されるが、途中で成績を落とせばペナルティとしてその学期分の学費が請求されてしまうという頭痛のするようなシステムだった為、俺は常に上位成績者でなければならなかった。
という訳で、サイラスの言う俺の勤勉は、単なる実家の経済的事情なのである。

当然ながらそんな成績を取れば、最初は同級生達の嫉妬や不況を買う事もあった。ちゃちな嫌がらせを受けた事もある。しかし俺の実家の境遇が広まるにつれ、それは下火になっていった。俺自身が、成績以外の部分では地味で目立つ事を好まない性格だと周知されると、嫌がらせは完全になりを潜めた。サイラスの友人の立場を得た事も大きかったかもしれない。

「私はアルを尊敬している。君は私が出会った中で、最も尊く素晴らしい人だ。結果を出し続け、けれど驕らず、常に努力して。そんな君を、いつしか支えたいと思うようになっていた…」

「サイラス…」

「愛している。共に生きて欲しい。支えたいし、支えて欲しい。何時か天に召されるその時まで、私の隣に居てくれないか」


俺の右手を両手で包んで言うサイラスの瞳は、熱っぽい。




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