そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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8 案じていたのはそこではなかったのだが

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 とりあえずはサイラスを屋敷の一番良い(マシな?)客間に通す。ソファに座ってもらってメイドに茶の用意を申し付け、テーブルにカップが並び始めたところで、扉越しの廊下から忙しない足音が聞こえてきた。

「ようこそサイラス様!」

 扉を開けて入って来たのは父上、その後ろからレイアード。父上は満面の笑顔だがレイアードはめちゃくちゃ息切れしてる。何時もの澄ました顔を維持できないくらい息切れしてる。よほど急いで伝えに行ってくれたんだろう。たまにお茶に寄ってくだけの時とは事情が違うものな。無理させてすまん。
 父上が来た事でサイラスも立ち上がり、笑顔で挨拶を返す。

「暫くぶりです、義父上。本日は急に寄ってしまいまして申し訳ございません。もっと早くご挨拶に伺いたかったのですが…」

 あっ、コイツまた『ちちうえ』って言った。
 俺が慌てて父上の様子を窺うと、父上は満更でもなさそうな顔をしている。
 あいたたた。駄目だ、もう父上はその気だ。

「いやいや、なんの。例の件で色々と立て込んでらっしゃる事は聞き及んでおりますゆえ。
こちらにはいつでもよろしかったのですぞ」

 サイラスにそう返す父上の顔もニッコニコだ。完全に俺を嫁に出す気だ。未来のアクシアン公爵の義父になる気満々だ。
 万が一俺がサイラスと結婚したとしても、跡継ぎを産める女性ではないのだから立場としては微妙になるというのに。浮かれてないで少しは冷静に考えて欲しい。……いや、違うぞ?跡継ぎを産めないのを残念に思っているとかそういう事ではないからな?


 稀少な特級ワインを贈られた父上はものすごく上機嫌で、茶を飲みながらサイラスと談笑。2人の会話が弾み過ぎて、サイラスの隣に座っている俺は殆ど口を挟む事が出来なかった。
 だが、いよいよ話が核心に迫ってくると、黙ってはいられなくなる。

「今週中には正式な婚約の申し入れを予定しております」

と言ったサイラスに、俺はおずおずと話しかけた。

「あの、さ…。公爵様は何て仰ってるんだ?流石に公妃が子も産めない男はー、とか反対されてたり…」

 実父がアテに出来ない俺は、サイラスの父である現アクシアン公爵に一縷の望みをかけたのだ。
確かに我が家では同性婚も許容されてはいる。だが、実際にそれをしているのは、後継者問題とは直接関係無い立場の者である場合が殆ど。或いは、家同士を結びたいが、片方に適齢期の異性が居ないといった場合に同性同士で形だけの婚姻をさせられる事もある。前述のケースは相思相愛だが、後者は完全な政略結婚だから死ぬまで恋愛感情は生まれずお互い愛人を持つ事も多いらしい。 だから跡継ぎはそれなりの貴族家から迎えた妾が産む事になる。恐らく、俺と結婚したらサイラスにも妾があてがわれる事になるだろう。
 しかし、ここで非常にナーバスな問題が出てくる。
 本妻の俺が子爵家の出であると、子爵以上の爵位を持つ家が娘を妾に出す事を承知するとは考えにくいのだ。だが、アクシアン公爵家は王家に連なる由緒正しい高位貴族家。あまりに低い爵位の家の血を入れる訳にもいかない。故に、サイラスの妾探しは難航するだろうと予想される。

 自分で言うのも何だが、俺という存在が公爵家に何一つメリットを齎さないのは明らかなのだ。メリットを享受するのはただただ俺の実家であるリモーヴ子爵家だけなのである。
 そんな結婚を、あの厳格そうなアクシアン公爵が容認するとは思えなかった。

 しかし…。

「ああ、父上とはもう話がついている。陛下もアルの事はお認めになったからな」

「えっ?」

 話がついている…?

 その言葉に訝しく思い、俺はサイラスに聞き返した。

「ど、どういう事だ?妾に来てくれる令嬢にアテがあるのか?」

「妾?何の事だ」

「だって、跡継ぎである君は子供を作らなきゃいけないだろう」

「アル、君、そんな事を心配していたのか」

 若干焦りを隠せなくなってきた俺と、俺を見て表情を蕩けさせるサイラス。

 やめろ。俺をそんな目で見つめるのはやめろ。

 そうして父上の前で俺の頬を愛おしげに撫でたサイラスは、信じられない言葉を吐いた。

「安心してくれ。私は浮気はしない。妾など持たない。生涯アル一穴主義を貫くと誓う」

「いや、そういう事ではなく…えっ?お、俺一穴主義?!」

「そう。生涯この腕に抱くのも私の性器を挿入するのもアル一人だという事だ」

「………」

 貴様はそんな大天使みたいな麗しい顔で何という言葉を放つんだ。恐ろしい奴め。そして俺は浮気の心配などは一切していない。アクシアンの血筋を繋ぐ心配をしているのだが、サイラスには上手く伝わってはいなかったようだ。
 で、やはり抱かれるのは俺なのか。薄々わかってはいたが、再確認してしまうとダメージが深い。

 しばし息を整えて、俺は再びサイラスに質問した。

「今回の件や俺の件、公爵は何と仰っているんだ?」

 大体、エリス嬢との婚約破棄から俺との婚約までも早すぎるのでは?実は俺との事はサイラスの暴走で、公爵は止めていらっしゃるのでは?

 そんな僅かな期待。


「大丈夫だ。父上には俺がエリス嬢に手酷く裏切られて重度の女性不信になったと言ってあるし、それに…」

「それに?」

 ごくり、と唾を飲み込む俺と父上、父上の後ろに控えているレイアード。
 そんな俺達を見回し、サイラスは笑顔で言った。

「もしアルとの事に反対するようなら、家を出てアルと一緒に修道院に入るか心中すると言ってある」

「しゅう…しん…」

 曇りなき笑顔のサイラスに、俺はもう言葉が出てこなかった。
 唯一の跡取り息子にそんな事を言われ、彼の目を見た公爵は感じ取ったのだろう。その言葉が、単なる脅しではない事を。

 何故ならサイラスは、口にした事は全て成し遂げてきた有言実行の男だからである。


 あっ……俺、詰んだ…。











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