そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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6 親友からのボディタッチはコミュニケーションかセクハラか

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 建物を出ると、アクシアン公爵家の馬車は既に店の前に待機していた。貴族専用店のこのカフェーには隣接した馬車の待機所がある為、アクシアンの馬車の用意も何時にも増して迅速だったようだ。素晴らしい。

「このまま家まで送ろうか?それとも我が家に泊まりに来ても良いぞ?」

 馬車に乗り込むと、サイラスが笑顔を浮かべながら冗談めかして聞いてくる。が、顔を見てみるとその目は全く笑っておらず、ゾクッと背筋に僅かな悪寒が走った。
 求婚相手を自宅宿泊に誘う…お前それ、家に行けば完全に手篭めコースだろうが。全然笑えないぞ。

 しかし俺も、一応は貴族の端くれ。動揺を笑顔で押し隠して返した。

「…それはまたの機会にな」

「そうか?残念だ。きっとだぞ」

「はは…」

 乾いた笑いで答えた俺の、膝に乗せた手にそっと手を重ねてくるサイラス。

…う、うぅむ…。

 いや、別に男に手を握られたからと嫌悪感などはない。他ならぬサイラスなのでな?しかし、嬉しい訳でもない。男色家ではない故な?

「アルの手指は筋張っているがしなやかで好ましいな」

「…そうか」

 俺の手の甲に浮き出た静脈などを指先でなぞりながら必要以上に密着してくるサイラス。お前の香水は何時もながら良い匂いだな。だからと言ってときめいたりはしないがな?と思っていると…。

「アルは本当に良い匂いがするな」

 耳や首筋にサイラスの温かい吐息がかかる。最近コイツは一気に距離を詰めてくるのでときめきはしないが心臓には悪い。

「…何も付けてはいないが」

 俺の言葉に、サイラスはシャツの襟から露出している首筋やうなじを犬のように嗅ぎながら言った。

「そうだな。私が贈った香りは気に入らなかったようだし。」

「それについては何度も言っただろう。試してはみたが、俺には華美過ぎたんだ」

 確かに以前、サイラスの香りを褒めたら、翌日俺にも同じ香水のボトルをくれた事があるが、つけてみると俺にはあまりにも華やか過ぎて、結局部屋の飾りになっている。その事を機に、俺は香りも人を選ぶのだと知ったのだったな…と思い出していると、再びサイラスが首筋に鼻を近づけて本格的にくんくん嗅がれる。

 だから…やめてくれないか。朝に湯浴みはしたが、もう半日以上経過して汗臭くない自信が無い。お前そんな上品な顔して、単なる男の体臭に何故そんなにも興奮しきり?

 抗議の視線でサイラスを見ると、上目遣いで見上げてきた彼とはたと目が合った。
 途端、ニヤッといやらしい笑い方をして言うサイラス。

「まあ、私としてはこちらの方が素のお前の匂いがしてそそられるから構わないが」

「…そうか…」

 どう返して良いのかわからず、やっと一言だけを返した。このやり取り、よもや御者に聞かれていたりはすまいな…。思わず遠い目になる。

――父上、尊敬する父上。
貴方は俺がサイラスに求婚されたのを、『でかした!』と仰いましたな。
 我が家のような弱小貴族がアクシアン公爵家と縁が繋がれるものと思われた故の言葉だったのでしょうが、あの瞬間から俺の貴方に対する尊敬に影が差しました。なのに父上は、

『サイラス公子は美しいから良いではないか』だの、『あれほどの方が浮いた噂一つ無い。実直にお前だけを愛してくださるぞ』だの、『男同士?愛があるなら良いではないか。要は慣れだ、慣れ』だのと。

 あまりに普通に仰るものだから、一瞬、そんなものかもしれないなと丸め込まれそうになりましたぞ。
 しかし私は貴方に問いたい。
 貴方は親友に体臭を嗅がれてそそられるなどと言われた事はあるのでしょうか。自分と同じほど、いやそれ以上に大きな同性の手で体を撫でられた事は?慣れだと言うからにはご経験がおありで?――

 血の繋がった息子の俺を嬉々として公爵家に引き渡しそうな勢いの父を思い出し、げんなりした。

 求婚以来、サイラスは人目の有る無しに関係無く、はっきりと好意を示してくるようになった。前にも増して大事に扱われているのがわかり、俺としては嬉しいというより複雑だ。何故なら俺は女性ではない。
 あの時手を取った事で、サイラスの中では俺が求婚に応じた事になっているのだろう。いや、それについては未だにそれを訂正も断る事もできない俺も悪いのだが。
 しかも今しがた聞いてしまったエリス嬢の53人斬りの話。アグレッシブだとは思っていたが、まさかあれほどだったとは。
 幾ら政略的な関係だったとはいえ、令嬢の異性関係を知った当初はショックを受けていたようだったサイラス。その後もエリス嬢のお遊びはとどまることを知らず、破棄を決断するまでには相当の懊悩があったのだと思う。極めつけは舞踏会の夜に大勢の前で最初のダンスをスルーされるという行為をされた為、堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 何一つ悪くない気高い親友が、エリス嬢とシュラバーツ殿下に侮辱されたあの瞬間を思い出すと、俺は今でも悔しくて涙が出てきそうだ。
…が、その親友の心情を慮ったばかりに今のような状況に陥っているのだから笑えない。
どうにかサイラスを傷つけずに断る術は無いものだろうか。それとも、世間のほとぼりが冷めるまではサイラスの立場を慮って、もう少し婚約者候補に甘んじるべきなのか。
 だが、先延ばしにするとサイラスがどんどんその気になってしまい、結局は俺も彼を傷つける事になりはしないだろうか…。

 街の外れの我が家へ向かうごとに道が悪くなっていくのを馬車の車輪のガタつきに感じながら、俺は頭を悩ませるのだった。

 あと、サイラス。太腿をさするな。










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