そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

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5 立て板に水で相手をディスる我が友

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 俺の首から腕を解き、席の横にすっと背を伸ばして立ったサイラス。ちょうどテーブルを挟んで立っているエリス嬢とは対峙する形となった。

「いや、新聞というのは実に上手く言うものだ。全くもってその通りじゃないか。」

「何ですって?」

 笑いながら言ったサイラスに、ムッとしたように聞き返すエリス嬢、君は本当に豪胆なのか馬鹿なのか。

「先ほどから聞いていると、令嬢は今回の件は私の捏造だとおっしゃりたいのですか?」

 サイラスが頬を指で掻きながらエリス嬢に向かって首を傾げると、彼女は

「すっ、全てが偽りだとは申しませんけど…」

と、先ほどまでの勢いとは打って変わって歯切れ悪く答えた。それに左の眉をピクリと吊り上げたサイラスは、ヤレヤレというように溜息を吐き、口を開く。

「いや、シュラバーツ殿下を含む男性5人と同時進行していたのは紛れもない事実の筈ですが、提示した証拠では足りませんでしたか?何なら関係者全員、今ここで呼びましょうか?それとも名誉毀損案件として裁判所で争いますか?その場合なら証人として呼ぶ事になりますから、伏せていたシュラバーツ殿下以外の方々の身元も明らかになってしまうでしょうね。となると、彼らの婚約者も巻き込む形になるでしょうが、タウナー家としてはその覚悟はおありか?ああ、貴女に身に覚えが無くあくまで清廉潔白だと言われるのならばそれは杞憂でしょうか。その際には再び陛下にもご臨席していただく事になるでしょうが、その御前でも今しがたの主張をなされるのだな?

令嬢がご自身のなさった事を省みる気が無く結果に不服と仰るのならば、裁判で白黒つける事も私は一向に構いませんよ。」

「うっ…」

 淡々淡々…と、立て板に水を流すようにエリス嬢に告げるサイラス。いや長い。長いぞ、もう少し加減してやれ。
 その一方、裁判や証人、名誉毀損に陛下…という不穏なワードにみるみる顔が強張っていくエリス嬢。

 だからやめておけば良かったものを…。君のすっから脳みそでは何をどうしたってサイラスを相手にするのは無理だ。
 嘘でも8年、婚約関係にあったのならば、サイラスの性格くらいは把握しておきたまえよ。せめて、そんな難癖が通用する相手かどうかくらいは。
 サイラスは普段は紳士的で優しく、滅多に苛立ちや怒気を表したりはしないが、一旦感情のゲージが振り切れると、どんな手段を用いてでも相手をとことん追い込む性質なのだ。しかも、かなりの粘着質。勿論、滅多に発揮される事は無く、俺も過去に二度ほどしか見た事はないが…正直、彼の顔とアクシアン公爵家に泥を塗る真似をしてあの程度の制裁で済んでいるのは、一応は感情を抑えて情けをかけてくれたのだと見えていたのだがな。だって断罪された片方のシュラバーツ殿下は、既に北の塔に軟禁中だろう?北の塔といえば、その昔は罪過を犯したり気のふれた王族を死ぬまで幽閉したと有名な所だ。王族が入るというのに環境は劣悪、冬などは身が凍るほど冷えると専らの噂。
 王子であるシュラバーツ様がそんな措置を取られているのに、同罪である筈のエリス嬢が何食わぬ顔で出歩けているのが情けの証に他ならないと思うのだが、まさか自らそれをぶち壊すつもりなのだろうか?であるとすれば、なんたる馬k…いや、見上げた気骨。

 それだけの気骨をお持ちならば、これから起こるであろうサイラスのネチネチタイムにもきっと自力で耐え抜くだろう。頑張れエリス嬢。

 俺は完全傍観を決め込む事にして、給仕された茶を飲み焼き菓子を摘んだ。
 うぅむ、ヘーゼルナッツの香りが香ばしい。エリス嬢の言動も香ばしい。


「53人」

「え?」

 一時的に静まり返った店内に、再びサイラスの声が響いた。不意に出た謎の数字に、俺とエリス嬢、居合わせた全員が首を傾げる。そしてサイラスはまた淡々と続きを語り出した。

「私が貴女と婚約して4年目頃から始まった貴女のお遊びの相手の人数です。把握しているだけでも、53人。漏れがあるとしても、大した数だ。貴族のみならず、商人の息子や庭師、馬丁などなど…。そりゃあ人目にもつくし噂にもなるでしょうね。貴女は見た目だけは人目を引いて目立ちますから。いやはや、恋多き事で。」

 ふっ、と嗤いながら言い終えた彼の目は全く笑ってはいなかった。よくもそれだけコケにしてくれたな、覚悟は良いかの目である。

 サイラスの言葉に、ほう、感嘆なのか溜息なのかわからない小さな溜息が店内のあちこちから漏れ聞こえてきた。改めて見回すと、新たな客が数組入って、先ほどよりもギャラリーが増えている。その中には男性客も数人見え、わかり易くザワついている。

『53…』『すごいな…』

 おお…これは明日の朝刊の一面はまたエリス嬢が独占かな。

 それにしても…と、俺は考える。
サイラスがエリス嬢と婚約したのが8年前。4年目頃からというと、浮気が始まったのは4年前からか……。
 えっ?では4年で53人を相手にしたという事か?年数と人数からして、今回みたいに複数進行だよな。

……いやいやいやいや無理。俺でも無理。
サイラスでなくともこんなの無理だろう。

 エリス嬢のおツムと下半身のやんちゃっぷりにげんなりと食欲が失せる俺。
 貴族だけならいざ知らず、身分の低い平民の男相手にも体を開くような節操の無さ。あまりに並外れた色狂いは男でも問題視されるものなのに、まさかうら若き未婚の令嬢がそうとは前代未聞の事である。
 これがまだ一人の男性との真剣な関係だったならば、また見方も変わったのだろうが…。定められた婚約者は居ても、所詮家や親が取り決めたもので、幼かった本人は納得していないという事はよくある事だからだ。そんな彼ら彼女らが、滅多に顔を合わせない婚約者より近くにいる異性に恋心を抱いてしまったとしても、一概に責められない。

 しかし、エリス嬢のコレはそうではない。

 顔を真っ赤にしたり青くしたりしながら俯き、悔しそうに俺とサイラスを睨みつけてくるエリス嬢。まだ心が折れないらしいのは天晴だが、
 こういう部分も含め品位に欠ける彼女は、間違いなく次期アクシアン公爵夫人には相応しくない人物だったのだろう。

 そしてサイラスは、未だ恨みがましく自分を睨むエリス嬢に禁断の一言を言い放った。


「令嬢がどういうおつもりで今更仕掛けてきたのかは存じませんが…私は元々、他人の使い古しのぼろ雑巾を伴侶にする気は無かったのですよ」

「お、おいサイラス…」

 使い古しのぼろ雑巾はいくら何でも…と思った俺のフォローは間に合わず、ドレス姿のエリス嬢は膝からくずおれた。

 決着は、サイラスの圧勝であった。
 そりゃそう。そりゃそうだ。
 脳みその代わりにおが屑が入っているような女の浅知恵をねじ伏せる事など、サイラスには赤子の手を捻るが如し。勝負ははなから見えていた。

 後から着いてきて廊下に控えていたらしい侍女が彼女に駆け寄ってその肩を支える。その様子を冷たい目で見下ろした後、サイラスは座っている俺に向いて笑顔になった。

「ああ、茶を飲み終えたんだな。では、帰ろうか」

「え、あ、うん…」

 思わず頷くと、椅子を後ろに引き、手を取って立たせてくれた。やめろ。俺に対し紳士ぶりを披露するのは。

 そんな令嬢と侍女の傍をすり抜けざまに小さな声で、

「次は無いぞ」

と囁いたサイラスの声は、まるで地獄の魔王のようだった。







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