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4 懲りない令嬢、元婚約者にクレームをつける
しおりを挟む「サイラス様」
聞き覚えのある声に目線を向けると、俺達の座っているテーブルの前に、淡い金髪に青い花柄のドレス姿の、若い美貌の女性。
それは、先日サイラスに婚約を破棄されてホヤホヤのエリス・タウナー伯爵令嬢だった。
あれ…シュラバーツ殿下は謹慎という名の実質幽閉状態なのに、エリス嬢は自由に出回っているのか?てっきり自宅謹慎程度のお咎めくらいは言い渡されたものかと思っていたのだが…。そう思いつつ横目でサイラスの様子を窺うと、僅かに眉を寄せていた。珍しく動揺しているようだ。しかしすぐに気を取り直し、流石の紳士然とエリス嬢に言葉をかけるサイラス。
「…ごきげんよう。2日ぶりだな、エリス嬢。どうしてここに?」
だが一方のエリス嬢はそれに挨拶すら返さず、サイラスの腕に囲われている俺をちらりと一瞥しながら言った。
「ひどいですわ、サイラス様。この私との婚約をあんな風に破棄して、本当にそんな方と?」
そんな方というのが俺の事だというのは明らかなので当然カチンとは来たが、女性の"何気無い失言"に即座に目くじらを立てるほど、俺は狭量ではない。気に留めない風を装って、取り敢えずは微笑んで挨拶を口にしようとした。…のだが…、サイラスは違った。
「…口の利き方に気をつけたまえ」
聞いた事もないような低く平坦な声でそう言ったサイラスに驚いて顔を見るが、やはり無表情のまま。日頃穏やかな表情を崩さないサイラスのそんな様子に、エリス嬢はやっと自分の失言に気づいたようだった。が、青ざめながらも唇を引き結んで俺に謝罪する事はしない。逆に、ギロリと俺を睨みつけてきて、何だか面倒な予感がする。
以前会った時にも感じた事なのだが、エリス嬢のすごさは、たった一言で相手を苛立たせる才能にあると思う。父親からの遺伝だろうか?普通は思ってすぐには口から出さないものだ。特に貴族間では悪口でも婉曲して表現するし、露骨な言葉を使わず語彙力でマウントを取り合う。…ま、見苦しい事には変わりないんだがな。
そういう点で言うならエリス嬢はよく言えば率直、悪く言えば馬鹿だ。なまじ美しく生まれた故に盛大に甘やかして育てられたらしいが、育てた親のタウナー伯爵を見れば納得の仕上がりではある。
それにしても、と俺がエリス嬢をまじまじと眺め始めると、フンとそっぽを向かれてしまった。
(なんか、すごいな…)
普通、婚約破棄などされたなら、男女の別なく意気消沈したり、羞恥で外を出歩く事すらままならないと思うのだが…目の前の彼女は頗る元気そうだ。
しかも、破棄されるに至った理由が自分の不始末(複数の異性関係による不貞)だというのに悪びれる様子も無く、まるでサイラスに一方的に捨てられたかのような口ぶりである。
厚顔無恥、強し。
流石は『せめて解消に』と食い下がったタウナー伯爵の娘だと妙な感心をしてしまった。
しかし、彼女は悪い意味で顔が知れた有名人である。一体どんな思惑で被害者面をしているのだろうか。少しでも立場を挽回しようという魂胆なのか?
確かに今の状態では、国内でまともな嫁ぎ先は無いだろうしな。
話し合いの時は父親の横でしおらしく俯いていたというが、おそらく国王陛下がいらっしゃったからポーズを決めていただけで、実際には反省していた訳ではないんだろうな。…という俺の推理の正しさは、次に彼女が発した言葉が証明してくれた。
「やはり前々から男性であるその方に心移りされてらしたのね。だから私を捨てたかったのでしょう?
まるで私を多情な淫婦かのように仕立て上げて…!」
わけがわからん。
これには俺もサイラスも、客の令嬢達も給餌に出てきていた店の従業員もポカーン。そりゃそうだろう。仕立て上げるも何も、事実。
エリス嬢の身持ちの悪さは有名な話だ。彼女が色んな男と親密にしている場面は至るところで目撃されている。物陰で口づけをしたり、顔をベールで覆っただけの簡易な変装で男と連れ立って宿屋に入るのも見られている。この件については、実は俺達の同級生にも数人彼女の浮気相手になった奴もいて、本人達からの証言も取れている。
今回の婚約破棄騒動の事の顛末は先週いっぱい新聞の紙面を賑わせたが、それ以前から国中の人間が彼女の浮気癖を知っていた。
だからこそ皆が最初からサイラスに同情的だったし、婚約破棄も『とうとうやったか!』という勢いで、喜ばしい事かのように大々的に報道された訳だ。…ついでにサイラスが俺に求婚した事も知られてしまったんだがな?
昨日の朝刊なんか、
『不実な婚約者に悩まされていたアクシアン公爵令息を支え続けた親友・リモーヴ子爵令息。
~お二人の間に生まれた友情以上の熱い想い~』
『悪辣な婚約者の非道の陰で育まれていた、令息同士の美しく秘やかな絆――
~私が君を幸せにする~』
という、暑苦しかったり妙に悩ましかったりするタイトルをつけられた特集記事まで掲載されており、それを無言の父から手渡された俺は見出しを見ただけで天を仰いだ。
完全にあやしの恋として認識されとるやないかーい。
執拗いようだが、サイラスはともかくとして俺には生まれてないからな、友情以上の熱い想いとやらは。秘やかな美しい絆とはどんな絆だ。普通の友情の絆も美しいぞ。
「昨日と今日の新聞記事なんかひどいものでしたわ。まるで私だけに原因があるかのように書き立てて。何時までも婚約者の座に縋り付いてお二人の邪魔をしていた魔女のような。」
新聞記事を思い出し、思わず苦虫を噛み潰したような顔になってしまった俺と、何故か上機嫌になったサイラス。しかし機嫌が良くなっても、その口から出た言葉は容赦の無いものだった。
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